もぐもぐキューカンバー001
「ケ、ケツだ!!!!」
自らの目を疑った。水面に浮かぶのは、どう見たって人間の臀部だった。……いやまて。どうしてだ。
桃ならまだわかる、一体全体何をやからしてしまったらケツが流れてくるに至るのか。ギャグ漫画じゃないんだぞ、なんなんだよ。
小振りだ。……いやそういう問題じゃない。
冷静になれ。状況を整理しろ。ケツが流れている=今人が流されてる。顔は見えない。この河川は山側だ。深い。流れもある。……死人が出た川。
「つまり、ケツを吟味してる場合じゃねぇ!!」
飛び込んでみれば、脚がつかない程に深いものの、幸運な事に流れはまだ穏やかな方だった。冷たい。……こんなもんだったか?。それでも、流されているその人影に向かって一心不乱に水を掻き分ける。水膨れした服がまとわりつき不快だ。クソ、脱げばよかった。悪態をつきながら、早る気持ちとは裏腹に徐々にしか距離は詰まらない。
やっとの思いで掴んだその腕は、ケツから想像したよりもずっと細く、手繰り寄せて見ればそれはとても華奢な体躯だった。
「おい!大丈夫か!」
声が震える。子供だ。細い。肩を揺らして何度も呼び掛けても反応がない。医学を齧ったことも無い素人だけれど、息をしていないのは火を見るより明らかだった。血の気が引いていく。しかしここで動じてしまっては何も状況は好転しない。それだけは理解できた。必死に少女の肩を抱き寄せ岸に向かって泳ぐ。
あと10数m、大したことない頭で岸に上がった後の手順を必死に組み立てる、人工呼吸が先か?肺に入った水を出さなければならないのかもしれない。往来自分は他人を助けるような性格ではない。もっといえばここ1年で他人が死のうが死ぬまいがもうそう興味も無くなったと思っていた。何度だって後悔した、その度に淡い妄想をした、最悪の既視感だった。それでも、いざ目の前にそんな状況となってしまえば話は全く別だ。ここで死なれちゃ、面倒だ。
もう少しで岩場に腕が届く、その時だった。
水面が視界を飲み込んだ。予想外だ。いやありえない。右脚に違和感、ロープか網か、何かに足をひっかけてしまったのか。このままでは僕も溺れかねない。いやいや土左衛門なんてごめんだぞ。
水を吸った衣類が邪魔で大きく消耗していた。正直もう限界が近かった。一刻も早くこの文字通り足を引っ張る何かを解かないと、共倒れしてしまう。意を決して再度潜り水中で精一杯目を見開いた。そして歪んだ視界に目を凝らして僕は対峙する。
足首に何か纏わり着いている。手だ。黒い手が掴んでいた。
理解ができない。何故どうして疑問符が頭を埋めつくしていく。背筋を這うような恐怖が全身を支配する。外れない。得体が知れないこの黒い手は川底まで僕を沈めようとしている。そんな最悪を想像せずにはいられなかった。
「━━ッ、」
必死の思いで水面から顔を突き出し必死に叫んだ。手を伸ばす、誰でもいいもう少しで岸に手が届くんだ。
「元気がいいねぇ少年」
その声と共に、今度は右腕から強く陸へと引っ張り上げられた。多少痛いがそんなことどうだっていい。見上げれば、対岸で釣りをしていた男性だった。助かった。冷めた岩の温度を顔で感じる。疲労の限界だ、泳ぎ疲れた、噎せ疲れた。運動器も呼吸器もレッドランプで肺から血の味さえする。
男性はそれほど筋肉質には見えないが人2人分を引き上げる力が何処から湧いているのか、最低でも100kg一体どうやって。いや、今はそんなことはどうだっていい。
右を見やる。僕の右腕はちゃんと少女を抱えている。それだけで良かった。安心した。
落ちた。
これが僕と、少女〝皿谷 潜〟(サラガイ モグリ)そして収集家〝訝家 依〟(イブヤ ヨリ)の出会いだった。




