もぐもぐキューカンバー013
誘われた水底はとても静かで、減衰された赤い夕焼けが柔らかく広がり、それは神秘的な景色だった。黒い手が、僕の腕を引く。強引で、ちょっと強く。記憶が溢れてくる。そうやって何年かぶりに幼なじみの手引きで連れられたのは、対岸にひっそりと口を開けた洞窟の入口だった。
「空気がある……」
それほど広くはなく2畳ほどの空間に、ソレはあった。白く光る球体。ソレを囲うようにして細い柱が四隅にあり、それらはしめ縄で互いを結んでいた。そっと触れてみれば、この球体からは皿谷 潜の気配がした。少女のあの明朗快活で優しい雰囲気、それと同時にどす黒い希死念慮が流れてくる。
幼なじみの手からは、もう敵意なんて感じ取れなかった。いや最初から僕にそんなものは向けていなかったのかも知れない。
「ここに連れてきたかった、それだけだったんだな」
黒い手は親指を立てる。それは懐かしい彼女の癖だった。彼女の腕を抱きしめる。少し驚いたように跳ねたが、彼女は優しく頬を撫でた。あぁ、そうだった。彼女は、甘やかすのが上手な人だった。
「戻ろう、訝屋さんや皿谷ちゃんが心配だ」
意を決して、今度は僕から彼女の手を取る。生前は1度だって出来なかった。僕は振り回されてばかりで彼女の手を求めなかった。
けれど、今やっと、僕は。僕から彼女の手を取ることができた。
水面から顔を出すと、丁度訝屋が川に突き落とされるところだった。慌てて彼を受け止める。彼女の腕は訝屋への追撃はしないようだった。僕を信用してくれたのだろう。徐々に活路が見えてくる。
「訝屋さん、ちょっとこれ貰えますか」
「おいおい、たった今川に突き落とされたいんですかた人間に対する第一声にしては遠慮がないじゃないか。まったく、アリクイ君は人使いが荒いね」
それでも白く光る球体を見せれば流石の訝屋も、これはこれはと目を細めた。多分訝屋さんが今日昼から探していた、皿谷ちゃんに纏わる情報、その最奥。
「なるほど、これがね……。よくやったよアリクイ君。これで俺達の勝ちだ」
彼はそう宣言する。
皿谷潜と黒い人影が岩場からこちらを見下ろしている。明確な殺意とも取れる冷たさが籠る眼光。しかし、それは呆気なく決壊してしまう。
訝屋は高らかに叫ぶ。白く光る球体をもった僕の右腕を握り掲げる。口角は釣り上がり、治安の悪い笑顔がまたお出ましになる。
「交渉しようか、皿谷ちゃん♡」
「な、な、な」
彼女は慌てて顔を抑え屈み込む、意を決したようにこちらに視線を戻したかと思えば、今まででいちばん大きな声で叫んだ。
「なんでそれを持っているんですか!!!!返してください!!」
赤面し睨みつけてくる少女を、中年はニヤリと見つめ返す。事案である。




