もぐもぐキューカンバー011
「おかえり、アリクイ君にモグリちゃん。どう?進展はあったかな?」
顔が青ざめていたんだろう、自分でも血の気が引いてる感触があった。訝屋は目を細め、さてと、と勿体ぶり老人のようにゆっくりと腰をあげる。
「ごめんね、モグリちゃんはちょっと席を外して貰えるかな。ちょっとアリクイ君と河童の件で大事な話があるんだ」
「はい」と小さく返事をして、皿谷潜は重くなった空気に耐えられないかのように、そそくさと隣の部屋へと避難する。数時間前までの明朗快活な少女の姿はそこにはなく、怯えた小動物にさえ見える。
「調べた結果は、もしかしてアリクイ君には、刺激が強い内容だったんじゃないかな」
と、まるでコチラが何をして何を知ってきたかまで把握していると言わんばかりの怪しい口ぶり。この男は、もしかしたら最初から知っていたんじゃないかという疑念が浮かぶ。
「依さん、貴方は何処まで知ってたんですか」
拳に力が入る。それでも訝屋さんの過失は何も無い。〝怪異〟に触れてきた彼が話すタイミングを考えていたのだろう、しかし苛立ちが勝る。必死に苛立つことで、意識を逸らしている。そんな実感さえある。
「そもそも君だって本気で信じてた訳じゃないでしょう?だから少年は真っ先に警察を頼ろうとした。」
薄々そうじゃないかとは思っていた。思考の中でさえ避けていた。それでも先程の電話で知り得た真実は、現状から目を背けることを許さなかった。
「ケツだけ浮かせて川流れてる人間が、どうしてそのあと普通に喋って歩くと思う?しかも後遺症が記憶障害だけ。都合良すぎる、とは思わないかい」
「それは…… でも、だって、息してたじゃないですか」
他に。言い返す言葉が見つからなかった。言葉尻が消えそうになる。
「それに、だったら何故あの時皿谷は僕と一緒に襲われたんですか、窒息してたなら俺より前に襲われてた可能性も高いでしょ。」
「少年は人間同士の仲間割れが無いとでも言いたいのかね、若いくていいねぇ」
何も言えなかった。
「でも今回はそうじゃない。そして皿谷 潜は君の幼なじみであるあの黒い手に襲われてなんか居なかったんだよ。」
「そんな馬鹿なこと言わないでください、現に僕は一緒に」
声が詰まった。厳密には一緒に、じゃない。掴まれていたのは僕の足であって、黒い手が水底へ引き込もうと狙ったのは僕だけだ。皿谷 潜が浮いていたのが、何よりの証拠だった。黒い手は最初から皿谷 潜を襲ってなどいなかった。
「餌だったんだよ。君を引き寄せるための」
〝皿谷 潜 当時13歳 4年前に届けが出されて2年前に打ち切り取り下げになってるよ〟確かに電話越しに聞いた。わかっていた、肩を抱き上げたあの感触は生者のそれじゃなかった。持ち上げたときは軽すぎた。呼吸の音だけが、やけに大きかった。全部、最初からおかしかった。震える手で口元を抑え、訝屋の次の言葉を注視する。もう、聞きたくなかった。
「皿谷 潜は 4年前の4月に、既に亡くなっている」
これでもかとヒントを喉に押し込まれた後の答え合わせ。それでも僕の思考を奪うには十分だった。静寂を破ったのは、後方からのガタンという大きな物音だった。「あちゃーこりゃやっちゃったねぇ〜」と訝屋が漏らす。聞き耳を立てていたのだろう、皿谷ちゃんが飛び出したんだと、すぐに分かった。
「まぁ、だいぶ趣味の悪い話ではあるよね。アリクイ君が傷心中なのはわかるんだけど、それでも人を襲った〝怪異〟が事実を知って逃げ出した以上は、今から河童狩りに行かなきゃいけない。」 君はどうするんだい?と彼は俺に問う。
「僕は……」
皿谷ちゃんの顔が浮かぶ。どうしていいのか、分からなかった。
「これ以上被害が出てからじゃ遅いしね、俺はこの件を片付けるためにやってきたんだ」
冗談を言う時の声じゃなかった 。その声だけで分かった。この人は、何度もこういう場面を見てきたんだ。
彼は出ていく前に肩を叩き「待ってるよ」とだけ言って去っていった。




