第28話 お願いと提案
2022年8月 Vandits field クラブハウス <冴木 和馬>
5月から完全に業務を新クラブハウスに移した(株)Vandits。今まで安芸市内のgarageで2つの会社(正確には一つは子会社だが)の社員達が入り乱れて働いていた。まぁ、仕事の共有などには非常に効率的だったが、これだけ会社として大きくなってくるとさすがに手狭になってきていた。
そのなかで作られたクラブハウス。3階建てのオフィスに選手達のミーティングや取材対応にも使える部屋はもちろん、今までサブグラウンドで練習した場合はスタジアムまで歩いて行って浴びていたシャワーは、クラブハウスが出来た事によってサブグラウンドから50m歩けばクラブハウスに辿り着いてシャワーが浴びられるようになった。
1階には対外用の会議室や取材室・接客スペースなどを集中させ、2階に選手達が使えるスペース、3階にオフィススペースを集中させた。3階からはサブグラウンド2面(天然芝・人工芝一面づつ)の様子が一望出来るようになっている。
3階のオフィススペースは基本的にgarageと同じ利用法。個人の机は設けず、フリーデスクで仕事を行う。唯一個人で用意しているとすれば椅子くらいだろうか。椅子だけは個人個人で好みがある為、椅子を3階オフィス入り口のスペースに集めていて、そこから始業時に好きな場所へ持っていって仕事するスタイルだ。面倒なようにも思っていたが、意外に皆には好評だ。
ところがまだ(株)Vanditsとしてはまだまだオフィススペースで働く職員は少ない。なのでかなり広いオフィスに15名分くらいの机しか構えられていないので、余計に広さを感じてしまう。
オフィスで昼休憩中に誰もいないサブグラウンドを見下ろしていると、後ろから「冴木さん」と声をかけられる。振り返ると司が立っていた。
司も選手を引退して以来、仕事中は俺の事を「冴木さん」、真子の事を「真子さん」と呼ぶようになった。何となく司なりの心境の変化のようだ。
「おっ。どうした?こっちになんか用事か?」
「あの....これ、宜しくお願いします。」
妙に緊張した様子で一通の封筒を差し出す。見た目で分かる。決まったか。
「そうか。決まったか。いつだ?」
「二人で悩んだんですが..」
「これはプライベートの誘いだろ? いいよ。普段通りで。」
照れたように頭を掻いて司は言葉を続ける。
「最初は今年中にって考えたがやけど、やっぱり選手の皆にも参加してもらいたくて。二月にする事にした。」
俺達の会話が聞こえていた池と柿倉が「結婚式、決まったんですか!?」「いつですか?」と俺達の周りに近付いて来る。それが聞こえた皆がなんだなんだと集まりだした。
「皆にも後日ちゃんと案内状渡させて貰うけど、最初は冴木さんにって思ってさ。来年の二月に結婚式する事になったから、ぜひ一緒に祝って貰えたら嬉しい。」
「「「おめでとうございますぅ!!」」」
やはりテンションが高いのは女性陣だ。断る理由などないだろう。それにその日は恐らく相当な事が無い限りは全社員休みにする予定だ。創業メンバーは当然全員が参列させてもらうとなれば、管理職は全員いない事になる。それならば業務を休んでしまった方がいいだろう。ホテルや宿泊施設は今からその日だけ予約を受けないようにすれば良い。
越権・贔屓など言わせておけ。これだけは流石に譲れない。皆に囲まれて祝福されている司を見て、やはりこのクラブを立ち上げて良かったと感じていた。
・・・・・・・・・・
2022年8月 高知市内某所 <常藤 正昭>
今日は高知市内にある矢ノ丸さんの事務所に秋山くんと和馬さん、そして設計部の高瀬君と共にお邪魔しています。打ち合わせのお約束をさせていただいていました。社長の矢野さんと重役の方々が対応していただいています。
実はまだ何のお話かはお伝えしていません。「矢ノ丸様との今後のお付き合いの中で非常に重要なご提案をさせていただきたい」とだけお伝えしています。
「本日はお忙しい中、皆様にお時間を頂戴しまして誠にありがとうございます。」
「いえいえ、冴木君とも久しぶりに会えたし、高瀬選手にスタジアム以外でお会い出来る事もそうそうありませんから。後でうちの広報とお話して貰って写真とサインをいただけないかな?」
「嬉しいです! ありがとうございます。(高瀬)」
ここで「構いません」「大丈夫です」ではなく、「嬉しいです」と言える事は高瀬君、言葉のナイスチョイスですね。そう言った事を言っていただける事が光栄だと相手に伝えれば相手への印象も良くなります。日頃の社員としての生活はもちろんですが、クラブでの取材対応などの勉強会も役に立っているようですね。
「実は弊社よりご提案させていただきたい内容と言うのが、矢野様は以前に譜代衆の皆様での食事会の中で話題として上がった事と思いますが、芸西村のVandits fieldの敷地内、詳しく言えば新たに造成工事で広げたエリアの立体駐車場北側になる場所に新たにホテルを建設する事になりました。」
重役の方々が「おおっ....」と驚きの声を上げてくれます。矢野さんはさすがにそのうちにと思ったらっしゃったのでしょう。驚かれている様子はありません。
「クラブとしても企業としても順調で羨ましい限りですね。と、言う事は我々もそのお話に加えていただけると言う事ですか。」
「はい。ホテルの敷地内にクリーニング施設とリネン室、ボイラー室などは構えさせていただきます。その管理を矢ノ丸様にお願い出来ないかと。もちろんですがホテル客室と弊社の関わるテナント内で使用されたシャツやシーツ・タオル類などの洗濯・クリーニングは全て矢ノ丸様にお願いする形になります。」
またここで今度は嬉しそうな反応を皆様からいただけました。私達からすれば設備を構えてそれを使える人間を雇い入れる・指導する事の手間とリスクを考えれば、設備を用意し委託してしまう方が安心です。
「それは非常に有難いご提案ですね。規模はどれほどになるかお判りでしょうか。」
高瀬君がイメージ画ですがその数枚を取り出し、皆様に見ていただいています。客室は今の所110室前後、基本的には一室一室がゆったりとした広さの設計になっています。ただ我々の提案はまだ終わっていません。
「そしてホテルの事ももちろんなんですが、ホテル開業前、出来れば来期から(株)Vanditsに所属するトップチーム2チームのユニフォーム類のクリーニングも矢ノ丸さんにお願いしたいと考えています。今まではヴァンディッツのユニフォームをこちらがお願いした時のみクリーニングしていただいていましたが、今後は週に一回クラブに取りに来ていただいてクリーニングしたものを届けていただく形でお願いしたいと思っています。」
「....なるほど。」
驚いていただいているようです。
「今期はその形でお願いして2月くらいまでに一回に回収していただく数などを矢ノ丸様にご判断いただいて、来期からの契約の金額を詰めて行けたらと考えています。」
「有難いお話ですね。もちろんお受けします。末永いお付き合いとなれるようにこちらも良い条件を提示できる様に努力致します。」
「ありがとうございます。当然ではありますが、ホテルが完成してクリーニング施設が完成した場合には新たに契約の見直しをさせていただいて、その後は出来れば芸西村に矢ノ丸様の運営されるコインランドリーもしくはクリーニング店をオープンしていただけたらと思っています。コインランドリーの場合はfield内に敷地を構える事もご提案出来ます。そうすれば本陣の方で今使わせて貰っているランドリースペースも見直しが出来ますし。その場合は当然店舗の建設費用などもご協力出来ると思います。」
「重ね重ね有難いですね。申し訳なく感じてしまいます。私共ばかりが良い想いをしているのでは無いですか?」
「はっきり申し上げて我々がそれを自分達で構えようと思えば、まずは知識からとなります。それをホテルで遜色ないレベルにまで高める時間と労力を考えれば、矢ノ丸様にお願いする方が安心と言うモノです。ただ、もしお構いなければホテル完成後に譜代衆としての更なるご協力をお願い出来ればと。」
私の言葉に矢野さんは体をのけ反らせて大きな声で笑われました。「それこそお任せください。共に大きく成長していきましょう。」と力強いお言葉をいただきました。




