第27話 可能性はいっぱい
2022年7月 Vandits field本陣 <中嶋 由衣>
試行錯誤が続きます。もう一度、もう一度。もっと速く、機敏に。休憩のホイッスルが鳴ると私はその場に寝転がりました。私のもどかしい気持ちとは正反対なくらいに気持ちの良い青空が、藻掻く私を笑っているようでした。真っ青な空に汗をかいたペットボトルが現れました。
「水分補給は大事。」
優さんです。お礼を言って受け取り、グッと流し込むと「ゆっくり噛むように飲みな。」と言われました。優さんは晴れない私の表情に呆れながら、隣に座って一緒に空を見ています。
「どうだった?やってみて。」
「調子に乗りかけていたんだなって言うのが嫌と言うほど分かりました。ありがとうございます。」
そう言った私の頭をぐしゃぐしゃっと掻き撫でる優さん。すると近くにいた皆も少しづつ集まり始めます。うちのチームでは良くある風景です。優さんと葵さんが休憩の時に誰かに声をかけていると、他の選手がそれを共有する為に話を聞きに来るんです。
「ちょっと由衣はあまりに結果が上手く出過ぎてたからさ。今のうちに修正しとかないと将来困ると思って。」
それは昨日の練習終わりでした。優さんが監督とコーチに掛け合って、私の最終ラインへの裏取りと飛び出しの集中練習をさせたいと話したんです。しかもディフェンスメンバーはほぼレギュラー組。こちらのオフェンス側は試合でもあまり出場機会の無い選手ばかりでした。
私は全くタイミングも連携も掴めず、オフサイドやDFのプレスに潰されるばかりでした。今までの試合での好調さが本当に影すら見せなくなったようなプレイに私はいっちょ前に凹んでいたんです。
「これさ、私達の藤枝でもあった事なんだ。私達が卒業した後。」
「えっ....」
あの無敗女王だった藤枝女子が葵さん達の世代が卒業した後、すこし結果が低迷した時期があった事を思い出しました。低迷と言っても全国準優勝やベスト4なんですけど、二年以上無敗だった藤枝が優勝を逃した時には、その当時高校女子サッカー界では結構なニュースになったんです。「女王陥落」みたいな感じで。
「皆が葵ともう一人サイドバックでクロスも巧かった華のパスに慣れ過ぎてたんだよ。だから、どうしても技術的に劣る選手が入った時に全くそのパスに自分のプレイが合わせられなくなったの。葵たちのポジションに入った子達も下手な訳じゃないんだよ。藤枝のレギュラーなんだから。でもね、さすがに葵や華に比べるとね。」
神門華さん。言わずと知れたなでしこジャパン不動の左サイドバック。常勝藤枝女子を支え、葵さんの卒業生の中では一番順風満帆なサッカー人生を歩んでいる選手だと思います。一度、練習の見学にも来てらっしゃったと聞きました。私は仕事の関係でその日の練習は参加出来なかったんですが。
シルエレイナ高知は全18節のうち15節を終了した時点で首位をキープ。11勝3分1敗。戦績だけみればぶっちぎりに思えそうな成績も、2位との勝ち点差はわずかに2。そんなに安心出来る状況でもありません。
ただ得失点差では他の追随を許さない状態のシルエレイナ。2位の静岡レディースSCの+22に対して、シルエレイナは+41。50得点9失点。リーグ得点王は早苗(八木)さんの14得点。私は9得点で得点ランキング3位に付けています。
私の中でも信じられないこの結果に私は自分の中に無敵感のような感覚が芽生えていました。しかし、それを優さんはしっかりと「違う」と釘を刺してくれたんです。
「私はさ、ずっと見てきたから。自分と同い年のあまりに実力がかけ離れた友達を。」
優さんの周りに集まっていた皆の目が少し離れた場所で同じように集まって休憩を取っている葵さんのグループに向けられます。
「色んな上手い選手とチームも組んだし、対戦もした。それでも葵以上のキャプテンシーとパス技術、戦術の組み立てを見せてくれる選手には高校を卒業するまで出会えなかった。あの子が復帰出来ると分かった時に、嬉しい気持ちと同時に一番不安だったのは葵の技術がもう今の女子サッカー界では通用しないんじゃないかって事だったの。」
不安そうに見えた優さんは空を見ながらふぅ~っとため息をついて苦笑いしました。
「そんな心配が馬鹿らしくなるくらい葵は葵のまましっかり実力も頭の中もアップロードとヴァージョンアップしてくれてた。私には葵に「あんたは私がリハビリしてた時にどれほどの努力を積んでたの?」って聞かれてる気がした。決してサボってたつもりはないし、あの子よりも厳しい環境にいたつもりだった。でも、あの子の話を聞いて私の覚悟は全然甘いって分かったの。私は今のままならあの子の足を引っ張るGKになりかねない。だから、今以上の努力が必要なの。それはきっとあなた達も同じ。」
優さんが私達の顔を見回します。皆の表情が神妙になっていきました。
「忘れないで。あなた達が普段練習で、試合で受けているパスは日本女子サッカーのトップレベルであるって事。そして壊されないで。自分の努力する心を。諦めない心を。それほどの才能の塊と私達は一緒にプレイしてる。あのパスに、発想に、それに引っ張られて出せた自分のプレイに、決して酔わないで。溺れないで。」
途中から葵さんの事では無い事は皆が分かっていました。葵さんの横で屈託ない笑顔を見せる女の子に皆の視線が集まります。
「あの子は間違いなく日本サッカー界でも稀有な存在の選手だと思う。どこのクラブユースにも所属せず、高校でも公式戦に出場すらしてない選手が、なでしこリーグに突如現れて才能を開花させる。注目されない訳がない。間違いなく来年には世代別の強化選手になるだろうし、合宿にも呼ばれるようになるよ。」
普段の引っ込み思案なあの子からすれば、そんな選手には誰も見えないと思います。でも一度プレイしてみれば理解る。あの子は私とは違う目でフィールドを見てる。
「本当に厳しい事を言ってるのは分かってる。でもね、圧倒的才能の前に「私なんて」って諦める事はしないで。あの子は才能だけに溺れてない。努力を必死に愚直に出来る子。でも、あなた達にもその大きな可能性はあるの。だから努力を続けて欲しい。それはチームにとって大きな力になるから。」
私も含めてこのチームのほとんどの選手が学生時代に公式戦経験の無かった選手ばかりです。そんな私達が葵さんや彩羽はもちろん、優さんや早苗さんのようななでしこリーグで活躍している選手と一緒に試合をして、リーグでも注目されるチームにいられる事が不思議に感じる事もあります。
でも葵さんは常に練習中も試合中も、そして普段の何気ない会話の中でも私達に話してくれる事があります。
『皆の可能性は皆ですら分からない。だから他人にそれが分かる訳も無いし、決められる訳が無い。だからまだまだ自分には可能性がいっぱいって思って毎日練習しよう。』
私がチームに入った時に言われたこの言葉があったおかげで、自主練を始め、ヴァンディッツのフィジカルトレーニングにも参加させて貰ってチャレンジを自分なりに続けています。
でも、たまに絶望しそうになる時はあるんです。なでしこで、世界で活躍する選手は葵さんや優さん、彩羽のような選手なんだろうなぁって。自分の実力の無さにツラくなる時期もありました。だからこそ今のこの結果に私は舞い上がりかけていたんだと思います。
優さんは言葉にしてくれる。「お前はまだまだだ。舞い上がるなんて早すぎる。」と叱ってくれます。私は本当に恵まれている。試合どころか女子同士での練習すらままならなかった学生時代からは想像出来ない場所でプレイさせて貰っています。
だからこそ、溺れてはいけません。驕ってはいけません。私はまだまだ。可能性はいっぱい。いつかテレビで憧れの眼差しで追い続けたあのブルーのユニフォームを着て....
可能性はいっぱい。




