第26話 見えない壁
2022年7月 静岡県 Honda都田サッカー場 <冴木 和馬>
【第24回日本フットボールリーグ第14節 HondaSC戦】
JFLに昇格して高知ユナイテッドSCと試合が出来る事にも興奮したが、もう一つ自分の中で「ここまで来たぞ」と思える対戦がHondaSCとの試合だった。
まだチームすら出来上がっていないあの頃に当時の一戸建て事務所で皆で観た試合。そこで圧倒的なポテンシャルで相手を圧倒していたのがHondaSCだった。ほとんどサッカーなど見た事のない自分にとって、初めて目標として見るサッカーチームがHondaSCだった。
そこへやっと辿り着けた。それだけでも今日までの皆を褒めてやりたい。
サッカーコートは見事と言えるほどの管理が行き届いた芝で、このレベルで維持出来る親会社があってこそ圧倒的な成績の下支えになっていると感じさせられる。両ゴール裏には観客席は構えられていないがゴール裏にも綺麗な芝が敷き詰められており、恐らくラグビーの練習でも使えるようにしてあるのだろうか?
ここまで13節を終えてVandits高知は7勝2分4敗。7位の位置につけている。やはりJFLに上がって以降、全てのチームに苦戦するようになった。7勝したと言っても本当にギリギリのやり取りの中でもぎ取った勝ち点と言う印象で、現状でチームとしては残留が現実的な目標だとコーチ陣は判断している。
HondaSCとの試合は結果としては惨敗だった。これが「Jの門番」。その実力を余すことなく見せつけられた。
前半6分に自陣ゴールエリア左サイドで岡田がファウルを取られ相手FKとなった。ファーサイドへのFKは相手FWにドンピシャのヘディングを叩き込まれた。競り合いに行った棟田も決して悪い対応では無かったと試合後に板垣は言っていたが、相手のタイミングとポジション取りが棟田よりも優れていたと言っていた。
そこからはこちらも何度かチャンスがあるが、まさに鉄壁の名に相応しい相手ディフェンスになかなか得点に結びつかない。ただこちらも相手に決定的チャンスを与えないまま後半も半分を過ぎていた。
HondaSCが後半60分にDF二枚、70分にMFとFWを一枚づつ変えたのがスイッチだった。DFを変えた事で守りに入るかと思いきや、DFを変えてもこちらの決定機が訪れないと判断して攻撃陣に新しいメンバーを入れて追加点を狙いに来た。
その猛攻に耐え切れず、エリア内でGK和田が体を滑らせながらボールを奪いに行ったプレイでファウルを取られPK。それを確実に決めて突き放される。
さらに後半アディショナルタイムにサイドから完全に崩されたDFラインが相手のクロスに対応出来ず、またもや見事なヘディングを叩き込まれて0対3となった。
終わってみればこちらは8本のシュートで得点出来ず、HondaSCはたった4本のシュートで3点を取ると言う少ないチャンスはこうしてモノにするんだと見せつけられた内容になった。
しかもこれでチームは引き分けを挟み3連敗。沼に足を突っ込んだ感覚を覚えていた。
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2022年7月 Vandits fieldサブグラウンド <岡田 真人>
このチームに入って四年目のシーズン。これだけ苦戦を強いられているシーズンは初めてだ。やはりアマチュアトップリーグの名前は伊達ではないと言う事だろう。開幕戦で高知ユナイテッドSCに引き分けを取れた後は勝ちを重ねて結果だけを見れば非常に好調かに見えていた。
しかし綱渡りのような試合を何とか全員で渡りきっているような試合が多く、やはり地域リーグの時よりも明らかに相手チーム全体の選手のレベルが跳ね上がっているのは容易に感じる事が出来た。
チームとしても苦戦の要因の一番大きい部分はシステム・戦術面での熟成度。修正はその都度行っているが、意識の共有と完成度を高めていく事。これが何より重要だ。
練習を終えてそれぞれに仕事へ向かう為の準備をしている。その中にあって俺と伊藤は七月頭でクラブとC契約を結んだ。実際には今季末までの月割り契約と言う形にはなっている。結果次第で話に合った通りA契約に切り替わる。
契約を結んだことで大きく変わった事が昼間の仕事が無くなった事だ。有美子と話し合ってクラブに返事をした後、四月末に正式にデポルトの方でも俺と伊藤のプロ契約の事が発表され六月末を持って業務から外れる事が決まった。
「なんかやっぱ慣れないですね。仕事が無いの。」
「そうだな。なんだかんだ言って昼間の仕事をずっとしてたし、以前はアルバイトもしてたからな。サッカーだけで生活出来るなんて初めての経験で戸惑うよ。」
「その代わり、今後は結果を求められる訳ですけどね。」
「やはりJFLは厳しいな。分かっていたつもりだったんだけど、自分がいた頃よりもキツく感じるよ。」
「それは俺も同じですよ。もう少し結果が付いて来てくれると思っていたんで。」
この4節の間のサポーターの皆さんの反応に悔しさも感じてしまう。いや、全員がと言う事ではない。ただこう言う精神状態のときは自分の見たくない態度を取っている人の姿に限ってよく目に付く。
一度負けてしまった時にはまだいけるとサポーターも悔しいはずなのに俺達を鼓舞してくれる。その後の引き分けの時にはイケる! 次は勝てる! と期待感を込めた目で見ていたくれたのだが、引き分けを挟んで2連敗した試合では明らかにがっかりした人が目につき、前節のHondaSC戦では「やっぱりHondaには勝てないのか」と言う表情をしている人がいた。
自分の中でもこれほどサポーターの表情にメンタルを左右されるとは思わなかった。いや、今までお世話になっていたチームでもヴァンディッツの時ほどサポーターと向き合えていなかったのだろう。自分が結果さえ出せばサポーターもクラブも満足だろうし、文句は言わせないと言う気持ちが若い頃にはあった。
しかしそれを変えてくれたのが怪我であり、有美子であり、ヴァンディッツだった。怪我をしてなかなか自分の実力を出し切れなかった時期でも復活を信じてくれていた仙台のサポーター達。そしてクラブを去る時にも「絶対に何とかなる」と信じ続けてくれた有美子。そして何もない俺に対して怪我を治してクラブに貢献してくれと一年間全く出場できない事が分かっているにも関わらずセレクションで取ってくれたヴァンディッツ。
様々な人に助けられ俺は次第に自分の考えを変えられるチャンスを貰えた。だからこそ、そうなったからこそ今のサポーター達の暗い表情が見えてしまっているのかも知れない。それまでの俺なら目にも入っていなかっただろう。
しかし、それをまた変えてくれる人がいる。和馬さんだ。連敗が続いた後、ホンダ戦の後にしたミーティングの中で何人か同じ事を感じていた選手がいて、代表してノブ(八木)が気持ちを代弁してくれた。その時に和馬さんが言ってくれた一言。
「同じサポーター達が見えているなら、お前達はまだ冷静だ。本当に我を失えば観客の顔すら分からなくなる。それに同じサポーター達って事は、その人はずっと試合会場に足を運び続けてくれてるって事だろ。なら、それを笑顔にする努力だけ続ければ良い。シンプルだろ。」
衝撃だった。そのサポーターがいくら探しても見当たらなくなった時が初めて凹まなければいけない時。それまでは今出来る自分のベストを叩き出し続ける事しかない。一人がベストを出したからと言って勝てるモノではない。そうだとしても一人一人がベストを目指し続ける。
俺はやっとこの齢になって職業としてのサッカー選手の向き合い方を教えて貰ている気がした。




