表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/40

第24話 歩み出す為の助走

2022年4月 Vandits garage <冴木 和馬>

 検討する時間はいただいているし、買収をしたとしてもスタッフが向こうへ行って実際に指導が始まるのは恐らく来年夏以降になる。それはうちの都合ではなく売り手側の企業さんの都合で、さすがに最後のシーズンをもう一度4部昇格に向けて見届けたいと言う想いがあるそうだ。


 皆で話した中でメリットとして挙げられるのは、海外での指導経験とタイリーグの現状をどのチームよりも詳しく手に入れる事が出来る。東南アジアの有望選手獲得の手段が出来ると言う事。そしてもう一つ。


 「中学世代や高校世代で有望な選手の場合はユースへの留学も勧められるな。」

 「まぁ、高校留学となると語学や成績面はもちろんですが、資金面が一番の問題になるでしょうね。蒼星学園に留学生支援制度などがあれば良いんですが。(常藤)」

 「そこは笹見さんや理事の皆さんにご相談しましょう。さすがにダメとは言わないと思いますが。(冴木)」


 夢だけを語っていいならばいくらでも希望は湧いてくる。しかしこれをしっかりと現実問題としてテーブルに載せなくてはいけない。これはこのメンバーだけで決められる事では無いと言う結論になり、限りなくGOに近い検討案件として今度の全体ミーティングにかける事になった。


 ただ、アマチュアクラブとは言えまさか降って湧いた海外クラブの買収話に若干の興奮を覚えたのは確かだった。


・・・・・・・・・・・・

2022年5月 芸西村某所 <山口 葵>

 夜の農道を抜けて、一軒の民家の庭先にいつもより少し乱暴に車を停めました。いつもなら呼び鈴を押して返事を待ってから中へ入るのですが、今日はそんな事に構っていられませんでした。


 「葵です! 入りますっ!!」


 乱暴に叫んで靴を脱ぎ中に入ります。リフォームされた古民家。会社がリフォームして社員に安く販売している物件の一つ。私もお気に入りのおうちです。

 そのままリビングに入って行くと目的の相手が座っていました。


 「どう言う事ですかッ!?」

 「落ち着きなさいよ。」

 「落ち着けません!!!」


 私の頭は沸騰寸前、いえ、沸騰していました。でもタカ君(中堀)はいつも通り冷静です。


 「海外に転勤するってどういう事ですか!? いつそう言う事になったんですか!!」

 「誰に聞いたの?」

 「誰でも良いんです!! 問題はそこじゃないでしょ!?」

 「いくら社内とは言え、人事情報を喋るような人は十分問題だよ?」


 私の顔を真面目にジッと見つめています。私も少し勢いを削られます。確かに....それはそうだけど....。

 会社で聞いた。タカ君がタイのアマチュアクラブの指導をする為に転勤する事にしたって。


 「どうして相談してくれないんです?」


 拗ねたように上目遣いで彼を見る。彼は呆れたような困ったような顔でダイニングセットの椅子に座るように促してくれました。


 「止められても()めないよ?」

 「そうだとしても....」

 「シルエレイナ辞めて一緒に来るの?」

 「行ける訳無いじゃないですか!?」

 「じゃあ、別れる?」

 「えっ........」


 真剣な顔でそんな事聞かないでよ。


 「俺は別れるつもりないよ。」

 「え??」

 「タイ行きは止めない。シルエレイナも辞めない。別れない。なら、離れていても大丈夫じゃないか。行くまでにはまだ一年近くあるんだし。それに今日の夜、話すつもりだったよ?」

 「あっ..えっと....」

 「ふふふ。サッカーと違って普段は猪突猛進タイプだな。相変わらず。」

 「ごめんなさい....」


 しゅんとしてしまった私の頭をゆっくりと撫でてくれる。家でゆっくりしている時も一緒に寝ている時も、私の一日で一番落ち着ける瞬間。初めての彼氏に舞い上がっていた私にゆっくりと傍にいてくれる大切な人。


 「急なんだけどさ。葵にお願いあるんだ。」

 「なんですか?」

 「今度、休みを合わせて葵の両親にご挨拶に行きたいんだ。」


 えっ....それって........。タカ君が私の両手を大きな手で優しく包んでくれる。


 「すぐって訳じゃないけどさ。付き合う時にも言ったけど、俺はちゃんと葵との将来を考えてるから。それを良かったらちゃんとご両親に話をさせてほしい。」


 何を言って良いか分かりません。ボーッと彼の顔を見つめてしまいます。彼が「おぉ~い。大丈夫か?」と言ってくれて、やっと正気に戻ります。


 「えっと....えっと....ありがとうございます。私も中堀さんのご両親にご挨拶したいです。」

 「うちは良いよ。そんな感じの親でも無いし。」

 「ダメです!! 最初が肝心なんです!!」

 「誰情報だよ。」

 「真子さんです。」


 ご夫婦の事で私達女性社員の憧れの夫婦2トップは和馬さんと真子さん、そして岡田選手と有美子さん。真子さんと有美子さんには色んなお話を聞かせて貰ってます。


 「分かった分かった。じゃあ、お互いにちゃんと挨拶しよう。」

 「どれくらいで........帰って来ますか?」

 「そんなの分かんないよ。プロリーグになっちゃったら今のBライセンスじゃ指導出来なくなるから、何とかして今年で受からないといけないしな。」


 全体ミーティングの時に私達も教えてもらいましたが、JFAの指導者ライセンスはアジアサッカーのAFCでもライセンスとして互換性があるそうです。なので、今タカ君が受験にチャレンジしているAライセンスが取れれば、セミプロリーグの指導者は出来るんです。


 「ちゃんと納得して貰えるように今日から時間かけて話するから。俺の気持ちを聞いてほしい。」

 「....分かりました。」


 まだ少し拗ねたい私の頭をもう一度撫でて、タカ君は夕食を作る為に席を立ちました。


・・・・・・・・・・

2022年5月 Vandits garage <秋山 直美>

 女子社員が何人か集まって皆で昼食を取っている。今日は営業部もサポート部もそれほど忙しくないようで、結構な人数が集まる事が出来た。


 「そう言えば聞きました? 中堀さん、タイ行きに手挙げたみたいですよ。(富田)」


 何人かの女性社員の肩がピクリと動く。あぁ、こりゃ同時に葵の顔も思い浮かべたねぇ。


 「本人が今年絶対にAライセンス受かって見せるから行かせてほしいって和馬さんに直談判したらしいですね。(雪村)」

 「まぁ、新しい挑戦だし、そこに関われるのは経験としては大きいよねぇ。」

 「来年夏頃からタイへ移り住む形になるみたいですけど、うちの会社も大きくなって色々忙しくなって来てますよね。(千佳)」

 「うちで言えば商店街への出店誘致と移住誘致もあるし、ホテル建設、クラブで言えばクラブハウスへも移らなきゃいけないし、ユースチーム作るのもあるし、そこに来てタイでのアマチュアチーム運営かぁ。手広いねぇ。」


 そして話題は新しく建設が始まろうとしてるホテルの話題に移っていった。と言うのも、ホテル事業部はデポルト・ファミリア内の事業部であり、Vandits高知やシルエレイナ高知は同じデポルト・ファミリア内の総合スポーツ事業部の子会社としてのコンテンツ。しかし、今回芸西村に建設されるホテルは(株)Vanditsのトップチーム2クラブに特化した設計になる事は既に決まっている。


 「これってもし(株)Vanditsでクラブのアパレル事業を始めたらクラブの売上として認められるけど、ホテル経営ってクラブの利益として上げられるんですかね?(登島)」


 これは経営事業としてと言う話では無く、いわゆるJリーグ加盟クラブの義務となっている決算報告内での将来的な話をしている。Jリーグ加盟後は全クラブチームが収入と支出などの年度末決算をJリーグに報告し、それをJリーグがまとめてJリーグ全体のデータとして一般のサポーターの皆さんや関係者に向けて一部を公開・報告する。

 なので、我が町のクラブが実は赤字経営だった。恐ろしい金額の借金があった。なんて事が分かってしまう恐れもある。


 「そうだよねぇ。ホテル事業を加えて良いなら余裕で大黒字なんだけどねぇ。」


 世の中って難しい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ