episode Ⅲ Japanische Kanone
2021年9月 <飯島 賢太>
【ベルギーリーグ ナショナル・ディビジョン1ACFF 第三節】
ナショナル・ディビジョン1とはベルギー3部リーグの名称で、そのリーグに加盟しているチームを言語圏で二つのリーグに分けていて、ACFFとはそのフランス語圏のリーグの名称らしい。
ホーム戦で行われる第五節だけど、観客席はメインとバックスタンドにしか構えられてなくて、両ゴール裏は傾斜のある芝生になっている。座席で言うと1500人くらいは座れるのかなぁ。今日は半分くらいは埋まってるように見える。
俺がアップでピッチに出てきた時点でサポーターからは少しざわついた声は聞こえて来ていた。新規加入のニュースは公式のHPでも出ていたはずだけど、ササキさんも少し教えてくれたがやっぱりアジア人ってのが珍しいらしい。それにトップリーグでは日本人の活躍も目立って来てるしね。
この日のチームのシステムは2トップで俺とウージャが起用されていた。日本にいた頃にチームにも調べて貰った内容ではFCデュビスはずっと1トップできていたはずだ。いきなりシステム変えて対応大丈夫なのか?
監督からは「好きに暴れてこい」とだけ言われた。チーフコーチからは「ノーカードで帰ってきてほしい。望めるならウージャのフォローも頼む」と。もちろん従いますよ。私は従順なる日本人ですからね。
白を基調にしたユニフォームのFCデュビス。今日までの練習で何名かの選手は一緒に練習してくれるようになり何となくはそれぞれの選手の得意不得意も掴めてきている。まぁ、ウージャのように受け入れようとしない奴も数名いるが、今はそこを気にするよりも自分のパフォーマンスを上げていく事に集中しなければいけない。
アナウンスで2トップである事、俺がスタメンである事が発表されるとサポーターの中に少しざわつきが起こった。まぁ、特に気にはしていない。今までヴァンディッツでの環境があまりに俺達選手にとってはポジティブで歓迎ムードであっただけだ。
さぁ、新しいサッカー人生が今日から始まる。
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<ベルノ・ハンセン>
ケンタのベルギーでの初めての試合が始まろうとしている。最初、会った時には冗談の分かる楽しい奴だと思った。だが、たった二週間ほどの間で彼の中には確固たる揺るがないモノがある事が分かった。
ベルギーリーグで成功を収めプロとして日本に返り咲く事。それを待ってくれている仲間たちの為にも結果を出し続ける事。
まだ知り合って間もないが彼の中でこの二つがベルギーで生活していく中で最も重要な事であって、その他の事は本当に些細なモノだと頭の中で切り捨てているようにも思えてくる。
でなければ、せっかく手にしたベルギーリーグ3部での機会を「このチームには本気さを感じない」等と言う抽象的な理由で他のチームを探す方へと考えがシフトするなんて事はないだろう。
試合開始直後からケンタは積極的に相手にプレッシャーをかけていく。今までのFCデュビスには見られなかったスタイルだ。相手チームの選手は全体的に非常に若い。少しプレイに粗さも感じた。
ただ、その中で非常に驚いたのがケンタのフィジカルの強さだった。もちろんヴァンディッツの配信などでもケンタのゴールエリアでのスペース取りなどの強さは知っていた。しかしそれだけでは無い。ボールの主導権を争いながらドリブルで競り合いサイドを駆け上がっていても、相手の接触に対して全く体が弾かれないしブレない。
(まるで子供がじゃれてるみたいじゃないか。身長は相手の方が若干高いのに。)
ケンタは相手のプレッシャーを脅威にも感じていない。しっかりとボールを保持してサイドを駆け上がって自分を追い抜いていく仲間へパスをつなぐ。その時も自分のマークについていた選手が追い越していった選手へ向かえないように、スクリーンのような体制になり相手の進路を塞ぐ。
右サイドからのクロスはウージャの頭に合わせたが枠を捉えられずに得点とはならなかった。
そこからは徹底してケンタは献身的なプレイを続けている。パスの繋ぎとなるポジションへ走り続け、相手にボールが渡れば最前線でプレスをかけに行く。他の仲間たちの反応が遅くても関係ない。もはや後半の事など考えていないかのように攻撃・守備に走り回る。
前半終了間際だった。点差は二点リード。2トップでありながらもはや1トップに近いようなシステムで動くFCデュビス。中盤のインターセプトが決まる事が多く、相手の攻撃は出ばなから挫かれるシーンが多かった。
ウージャがゴールエリア内で放ったシュートがバーに当たり跳ね返る。そのセカンドボールに反応したのがケンタだった。エリア外でワンバウンドしたボールをそのままミドルシュートを狙った!
その瞬間だった!!
ドッッ!!!! ダンッッッッ!!!!!!!!
と言う爆音と共にボールはゴールに吸い込まれ、そのままゴール裏に置かれているスポンサーボードを吹き飛ばした。
スタジアムは一瞬の静寂。少しタイミングを外した主審のホイッスルと共に息を吹き返した観客の大歓声と仲間達の叫び声にスタジアムが支配される。
試合が再開されるとすぐに前半が終了した。控室に下がった選手達を見送ったスタジアム常連だと言う酔っ払いの地元の爺さんが、
「誰じゃっ!!?? このグラウンドに大砲を持ち込んだ奴は!!!」
と笑いながら叫ぶ。その言葉にメインスタンドは笑い声に包まれる。「日本から来た大砲だ」とデュビスサポーターが騒いでいる。
ケンタは最高のデビューアピールを果たした。
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試合後 <飯島 賢太>
スマホの向こうでコール音が鳴り続ける。
『..もしもし....』
「ごめんなさい。寝てましたよね?」
『大丈夫。まだ眠くないから。』
ずっと聞きたかった声に少し胸が熱くなる。こちらは夕方17時だけど、日本は今は夜中のはずだ。悪い事をした。
「リーグ戦、今日デビューしました。」
『ガサッッ!! どうだったのっ!?』
横になってたんじゃないか。ホントに申し訳ない。
「1ゴール、1アシスト。6対1で勝ちました。」
『よしっっ!!! あぁぁぁぁ!! もぉぉ! 偉いっ!! すごいよっ!!! よしよしっやったぁ!!!』
受話器の向こうはたった一人でお祭り騒ぎだ。僕の頬も思わず緩んでしまう。
「ありがとうございます。とりあえずチームにアピールは出来ました。」
『それ以上のアピールあるの!? FWが点取ってアシストまで演出出来てるんだから十分じゃない!! まぁ、六点ってのが気になるけど、そこはおいおい複数得点だって、ね? まずは、第一歩。そう、第一歩よ。何事も一歩目が大事。』
興奮しまくって早口で捲し立てている。
「直美さんに教わりましたから。挨拶からかましてけって。」
『うん。偉い! さすがはデポルトの営業部!』
「そこはさすが私の彼氏って言って欲しかったですねぇ。」
『えっ....うん........えっとぉ....さすがです。やっぱり頼れるエースだね。』
攻撃力は凄まじいくせに防御力は紙なんだよな。この人は。まぁ、そこが彼女としては最大の魅力ではあるんだけど。
「和馬さんにはこの後メール送っときます。動画はベルノって前に話したアランの友達が動画送ってくれますから、それで確認してください。」
『分かった!! ホントにお疲れ様。』
「まだこれからっスよ。」
『そうだね....頑張ってね。賢太。』
「ありがとう。直美さん。」
電話を切り夕方の空にふぅっと息を吐く。遠くからチームメイトの声が聞こえる。
『ケンタッッ!!!!祝勝会でメシでも行かないか!!』
『黄昏るにはまだ早い時間だぜ!!』
エンドレとアルヴィーがこっちに向かって何か叫んでいる。満面の笑顔だ。
「だからまだドイツ語は分かんねぇって。」
俺は仲間たちの輪に加わった。




