77.次代帝の争い
太陽暦1306年10月上中旬 柳泉
「立派な船ですね」
「この船は海興国が持つ造船技術を最大限詰め込んだ祝使用の船なのだ。いくら北の王国とはいえ、この船には決して敵わないのだ」
朱光様は褒められたことが嬉しかったようで、嬉々として話してくださった。しかしここ最近は海興国を北へ南へ西へ東へ、挙げ句の果てには外国へとバタバタしていたせいで朱光様とこうやってお話しするのは随分と久しぶりだった。
呉霖殿はなにやら同行している文沈と話し込んでいる。護衛の方たちの視線がやや怖いが、今近くに居るのは朱光様だけ。この状況もまた懐かしいものだった。
「朱光様は帝都へ行かれたことがあるのですか?」
「1度だけだがな。現帝様に御子が生まれた時だ。もう何年も前のことで私はそこまで覚えていない。実質初めての帝都であるな」
「そうでしたか。では存分に帝都を見て帰らなければなりませんね」
「何故だ?」
俺も別に何かを意図していったわけではなかったが、朱光様も不思議そうに俺の言葉に首をかしげられた。
「柳泉、帝都には確かに帝都の良さがあると思うがそれが海興国の国造りに活かせるかと言われれば否であるぞ。まず帝都には海がない」
俺は現状聞いた情報の地図を頭の中で思い描きながら、朱光様の言葉に頷いた。呉霖殿に予め聞いた情報によると、帝都豊泉の周りは太陽大陸最大の王国である晋西国が制したらしい。それによって俺達祝使は必ず晋西国の領内を通らなければならなくなった。
何者であっても領土を通る際には通行料が発生するのだが、帝都に向かうためには必ず晋西国に帝銭を払わなければなったのだ。他の帝家従属国からすれば大いに不満だろう。そう呉霖殿は言われていた。・・・話が逸れたな。
つまり帝都には海がないのだ。帝都の北東、晋西国の領土よりさらに北東に進んだ先に今回の船旅の目的地である港がある。そこは帝家が持つ帝都以外の唯一の土地となっている。この港、帝家保有であるのだが、辺境の地過ぎてあまり発展していないのが実際のところらしい。
「海や水路は都市の発展に大きく関わるのだ。海のない帝都とは根本的に都市造りは異なる」
「たしかにその通りですね。勉強させて頂きました」
俺が頭を下げると満足げに朱光様は頷かれる。やはり弟のような年頃なだけあって、王宮関係者唯一の癒やしだ。こんなことを言えば間違いなく宰相殿の逆鱗に触れるだろう。そんな年でも無いはずだが。今頃くしゃみでもしているんだろうか。
「だからといって何も勉強せずに戻られるのは勿体ないですぞ」
「呉霖か、柳泉の部下との話は済んだのか?」
「えぇ、帝都にある美味しい飯屋を聞いていたのです。さすが商人の子だけあってよく知っておられますな」
「呉霖殿のお役に立てたようで良かったです」
「お役目が終われば柳泉殿も如何ですかな?よい酒が出るようなのですがな」
「良いですね。一度呉霖殿とはゆっくり話してみたいと思っていたのです」
「それは嬉しいことですな。将来有望な柳泉殿にそう言っていただけるとは」
一応言っておくが、この世界の法では酒は16より飲めると決まっている。俺の年齢的には既に飲めるのだ。しかしどこか地球での常識が邪魔をして断れない場以外では基本的には飲まないようにしていた。
あと単純に酒に弱い。一度希京と酒を飲んだことがあったのだが、気がつくと翌日になっていた上にしばらく希京に口を利いてもらえなかった。何かやらかしたことは容易に想像できたが、誰も真実を教えてくれず今となっては闇の中だ。
「2人とも狡いぞ。私をのけ者にして」
「しかし朱光様はまだ飲める年齢ではありませぬからな。私が皆様に怒られてしまいます」
朱光様はブウと膨れて護衛の元へと行ってしまった。護衛の方々はとてもオロオロしている。ざまぁだな。
「真面目な話なのですがな」
呉霖殿は水平線を見つめられながら俺に話しかけられた。
「現帝様の世継ぎ問題に関してとある話が持ち上がっておるのだ」
「とある話ですか?」
「帝家の血筋である男児を現帝様の養子として再度帝家に迎え入れ、そして天子とし次代の皇帝へと育て上げる。そういう話がな」
「しかし帝家から離れた者はその権利を持たぬのではなかったですか」
「何事も特例はある。此度は世継ぎたる男児がおらぬのだ」
「・・・朱光様はその権利を持っていますよね」
「そう、そして晋西国の王の子やその孫も同様であるな。はからずしも海興国は晋西国と争う理由を得てしまったのだ」
「しかし朱光様は海興国を継ぐ御方です」
主様には2人の妃様がいらっしゃるが、現状男子は朱光様のみ。さらに朱光様は一ノ妃である朱妃様の長子であるため、間違いなく海興国を継ぐ方だ。
帝家にやる余裕などないだろう。
「海興国はな、宰相殿のこともあって女性の立場は他国に比べれば比較的よい。そして女児にも継承権が与えられるのだ」
「星蘭様が海興国を継ぐということですか」
「その可能性もあるということだ。しかし帝に血縁者がなるということは、それはその国に大きな力を与えることになる。今の帝家にその器があるのか、主様は柳泉殿にそれを見極めて貰いたいのよ」
呉霖殿のおかげで俺がすべきことが明確化された。ただ現帝様の器を測るだけでは足りない。周辺国、帝家の影響力、次代帝の争い。全てを考慮した上で主様に報告しなければならないようだ。あまりにも大変すぎる密命。
しかしこれは恩ある高家の一大事だ。どれほど上手く見抜けるかどうかは分からないが、精一杯やるとしよう。
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