76.冬椿の秘密
太陽暦1306年10月初旬 柳泉
「こうしてお見送りをするのはもう慣れましたね」
身体を冬椿に支えられて希京は俺の見送りに来てくれていた。確かに希京を下贈されてから俺はやたらと王都から出る機会が多い。
「慣れましたね、じゃないです。もうお腹も大きくなっているのですから、外を出歩くのはあれほど控えるように言ったのに」
「奥方様を責められてはいけませんよ、柳泉様」
「わかっている。今度こそは俺が帰るまで冬椿の屋敷で過ごさせてやってくれ」
「当然にございます」
俺はもう一度希京を見た。最初の時と同じだ。
慣れたと言いつつも、やはり不安そうに俺を見ている。
「今回はそれほど遅くはなりません。おそらく出産には間に合わないかと思いますが、元気な赤子を抱くために急いで帰ってきますからね」
「旦那様が無事に帰ってくる日を心待ちにしています」
俺は希京の手と腹に一度手を添えて、そして別れた。ちなみに完全に余談ではあるが、屋敷は普通、家臣らの集合住宅となっている。俺達は所謂おしどり夫婦だと言われているようだ。
当然だが否定するつもりもないが。
「では行ってくる」
控えめに希京は手を振り、冬椿は頭を下げていた。
ちなみに祝使とは国を挙げて見送るのが通例となっているようで、王都の門前には多くの人が集まっていた。
さすがに主様は王宮にて見送りをするのだが、多くの領民や家臣らはここに集まっている。
紅林殿や北仙殿の姿も見えた。他にも領監部の者たちまで来ている。
馬車に乗っているのは白轟様だろうか?
そうそうたる面子に見送られているのは、朱光様と呉霖殿の率いられる祝使。
俺はついでだからその列に混ざることは無い。とりあえずここを出発するまではだが。
「文沈、体調はどうだ?」
「万全にございます。父より贔屓の商人を教えていただきましたので、帝都ではお役に立てるかと」
文沈は何やら手紙のような物を懐から少し出した。
やはり文沈を選んで正解だったと改めて思う。これは商人の特権だろう。
初めての帝都探訪は楽しいものになりそうだ。そんな予感がした。
「柳泉様~」
まだ祝使は出発しそうにない。だから日陰で身体を休めようかと思っていたとき、希京を任せていたはずの冬椿が俺に駆け寄ってきていた。なにやら慌てた様子だ。
文沈も何事かと冬椿を凝視してしまっている。
そんなに見ていると・・・、
「見過ぎだ!」
と、あざやかな突っ込みを入れられてしまう。みるなら程々に、だ。
「希京のことを任せると言ったそばから・・・」
「安心してください。今は阿矢殿に任せてあります」
「なら良いのだがな」
冬椿も何やら文のようなものを持っている。どうやら用件はそれらしい。
「ここに書いてある店の店主にこの文を渡していただきたいのです」
「これは?」
「内緒です。中を見てはいけませんから。では私は奥方様の元へ戻りますので」
冬椿はそれ以上何も言わずに戻って行ってしまった。
さて、どうしたものか。と言っても任された以上は渡さなければいけないわけだが。
「冬椿からお使いを頼まれたようだ」
「柳泉様にお使いを頼むなんて・・・」
文沈は呆れているのか、さきほどのパンチを恨んでいるのか冬椿の文を非難がましく見ていた。
しかしその宛先を見て、何かに気がついたようだ。
「ん?この名前は・・・」
「知っているのか?」
「いえ、気のせいですね。それよりも祝使の方々がそろそろ出発されるようですよ」
「よし、では行こうか」
「はい!」
俺達はこれから多くの初めてを経験するのだった。
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