75.心離れし者
1306年10月初旬 夏玄明
「これは一体どういうことだ」
「見ていただいたとおりにございます。今年の米の収穫はここ5年の中で最悪、これでは来年の収穫時期まで持つかわかりません」
燕国は近年でも最悪の凶作にみまわれている。最大の原因は穀倉地帯であった恵楽周辺の土地を完全に海興国に切り取られたこと。
燕国の食糧事情を支えていたあの地を奪われたことによって、我が国は明らかな食糧難が起こったのだ。その兆候は数ヶ月前からあり、内政長官より武稜様へ提言されていたはずだ。しかしこの御方は今初耳だとばかりの反応をされている。
あの敗戦以降、さらに目を曇らせられた。これ以上この方に国を任せていると、破滅する未来しか無いであろう。
しかし我らが担ぐべき御輿は無くなったのだ。残るは愚かで長となる器の無い金武錬のみ。兄玄督は出世のためだけにそれを長にしようと画策しているのだ。
「これでは恵楽を攻めて物資を奪い取るしか無いではないか!」
ここまで愚かだとどう返事したものかも困るようになってくる。何故同盟を結び民を助けるためだと交易をしない?民あっての国である。すでに多くの者らが国境を越え海興国に助けを求めている。それすらも知らぬと言うのか。
「玄督を呼べ!此度は儂が兵を率いる。武錬も連れていくぞ。大将のあり方をあやつに教え込まねばらなん!留守はお前に任す。食糧事情をどうにかするよう内政長官と相談せよ」
「かしこまりました」
とりあえず頭を下げるしか無かろうな。それにしても、世継ぎが1人だというのに2人揃って戦にでるとはどういう神経をしているのか。また敗走し、万が一2人揃って討ち死になどすればこの国を舵採るものが居なくなる。混乱は必至だろう。
「時間が無いぞ!事は一刻を争う。急ぎ玄明をここに呼んでこい」
「かしこまりました」
実はこの国の食糧事情が悪化したのにはもう1つ理由があった。それは我らが担ぐはずであった御輿、金道明様が独自に行われていた食料生産の新手法。道明様を慕う民らの協力のもと、着実にその成果を出されていた。同じ志を持つ内政長官に協力して貰い通常の国内の食料収入に道明様の研究成果を上乗せしていたのだ。もちろん秘密裏にである。
でなければ武稜様は間違いなく道明様の邪魔をされる。
そしてその研究も道明様の追放によって頓挫してしまったのだ。まだわずかな成果だったとはいえ、こちらの蔵事情はあきらかに悪くなった。
「では兄を呼んでまいります」
「うむ、それと武錬も呼んでおけ。外で待たせておけば良い」
「はい」
しかしこれはむしろ好機では無いだろうか?燕国を正しき道へ歩ませる。あまりに時間が少ないか?しかしこの機を逃せば我らは祖国が滅びていく様を見なければならない。
武稜様の部屋よりでた私はまっすぐに兄の元へと向かった。兄はきっと私の計画に乗ってこない。あまりに危険すぎるこの計画。確実に乗ってくれる者だけを誘おう。そして早急に計画を仕上げる。
我らの手で燕国を守るのだ。
お久しぶりの登場、燕国です。
一応補足を入れておくと、夏玄明は燕国の長である金武稜の側近です。




