74.帝都へのお供
1306年9月下中旬 柳泉
鶴郡から王都に帰還してから2ヶ月ほどが経った。予想通り領監部には北部の領主らから帝銭や食料の提供を願い出る文が大量に届くことになった。おかげで帰ってからもゆっくり出来た日など1日もない。
もちろん初陣を果たしていた間にお世話になった面々にはお礼はしたし、いくら忙しいとはいえ極力夜は屋敷に戻り希京と過ごすようにはしたのだが、例の帝都への祝使がそろそろというのだ。
しかも安産のお札を貰いに行く名目での帯同にもかかわらず、いっている間に産まれそうだという。頭が痛くなる話だ。
主様より下された密命に集中できるかも怪しい。
「文沈、少し話がある。今やっていることが終わり次第、俺の部屋へ来てくれ」
「わかりました。すぐに向かいます」
文沈の手にあったのもまた領主からの催促の文だ。っていうか、物自体が足りてないんだから、領監部じゃなくて直接それを取り扱っているところに言えばいいものを。
そんな文句は絶対口に出せないから、心の中にしまって置いた。なんせこの仕組みを作ったのは主様と宰相殿だから。主様はもとより宰相殿にも頭は上がらない。
しばらく待っていると扉が叩かれた。
「いいぞ」
「失礼いたします。私に用とは一体何でしょうか?」
「今度帝都に行くことは話したな?」
「はい」
「領監部に関係の無い話とはいえ、誰かしらを供に付けるように言われてな。その役目を文沈に頼もうと思う」
そもそも帝都訪問のことは、職場復帰をした際に伝えている。そこは別に秘密にすることでもないし、希京の腹に子がいることも全員知っているから安産のお札を貰うこと自体不思議なことではない。まぁ間に合わないんだけど。大事なことだから2回言っておく。
「どうして私なのでしょうか。あ、もちろん行きたくないというわけでは無いのです」
「そんなに慌てなくても咎めたりはしない。理由は単純だ。文沈が商人の子でかつて帝都に行ったことがあるからだ。他の者は紅林殿と冬椿以外は誰も行ったことが無いらしい。紅林殿は領監部の長官として離れられないし、冬椿を連れていくと変な噂を流す馬鹿がいても困る。その点、文沈なら安心だし何よりも適任だと思う」
「失礼なことを聞いてしまい申し訳ありませんでした。是非同行させてください」
「では、頼む。急な話であるが、こちらの出立は近日中になる。祝使に帯同することになるから、全てあちらの都合に合わせるからな」
「かしこまりました」
一礼した文沈はそのまま部屋から出て行った。入れ替わるように冬椿が入ってくる。手には急須があった。
「失礼いたします。喉がお渇きでないかと思いまして」
「あぁありがとう」
「それにしても、随分と柳泉様もお変わりになられましたね」
「そうか?」
自分では変わったかどうかわからない。そもそも意識して生活していたわけじゃないから、あの戦より前の自分がいまいち思い出せずにいた。
「何様かと思われるかもしれませんが、初陣前は自信が余りなさそうにみえました。しかし今は堂々とされています。振る舞いも私達よりも上なのだとわかる口調も変わりました。初陣で自信を付けられたのか、はたまた父親の用意をしているからなのかは分かりませんが」
そう言いながら茶を淹れてくれる。まだ出来たてで湯気が立っている。俺は猫舌だからかなり冷まさないと飲めないのだが、折角淹れてくれたのに冷ますのもなぁ・・・。
息を吹きかけながら湯気がおさまるのを待った。
「そういえば、立ち聞きするつもりはなかったのです。偶然聞こえたのですが、私も帝都へのお供の候補に挙がっていたのですね」
「あぁ、さっきの文沈の話だな。候補といっても一応な。最初から文沈を連れていくつもりではいた」
「そうですか。残念ですね」
それだけ言うと冬椿も部屋から出て行った。先ほどの冬椿の言葉の意味は分からない。厄介な感情を抱いてくれるなと思ってしまうのは、俺の思い上がりなのだろうか。




