70.崩御
太陽暦1306年4月下中旬 高白麗
「お初にお目にかかります。晋西国の“崇永明”と申します」
越内国討伐と近陵国の反乱鎮圧が順調であったある日、我に他国からの使者が謁見の申し出をしてきておった。
1人は龍陽成の部下として、先日も朱光の祝いの席に同席しておった“京紫陽”。
もう1人は先ほど名乗りを受けたように、大陸北部の有力者、現帝が最も信頼している男が王の国である晋西国の者であるらしい。名は崇永明と申したか・・・。
このタイミングで北の雄が我らに関わりを持っているとなると・・・、面倒な話である。
「うむ、我は海興国の王、高白麗である。2人とも面を上げよ」
「はっ」
2人は揃って頭を上げた。
なるほど、さすがは現存する国の中で最も長い歴史を持つ王国の使者よ。全く敬意を感じられんな。対して紫陽はこの緊張感に身体がもっておらぬようだ。そういう表情をするということは、間違いなく今回の急な来訪は晋西国の意志。帝家は増長する晋西国に巻き込まれたのであろう。
先日陽成と話したときもそのような話をしておったからな。
「急な訪問、真に驚いたわ。事前に連絡を貰っておれば相応のもてなしをしたのであるがな」
「いえ、そのような配慮は必要ありませんので。我らは与えられた任を遂行次第、国に帰らせて頂きますからな」
永明はとても一国の使者と思えぬ口ぶりだ。それも仕方あるまいか。大陸北部の勢力図は大方決まったようなものだ。
晋西国の領土拡張は留まるところを知らず、常に大きくなり続けている。帝家が唯一持っている地域、帝都を取り囲むように勢力を拡大し、周辺諸国をくらいながら盤石な態勢を整えつつあった。最北部の小国らは相当な規模の連合を作りだし、束になってようやく晋西国の侵攻を止めているのが現状だ。
「そうか。あまり長居をされたくないようであるな。早速話を聞こうか」
我の背後では呂伏が筆を取っている。何かがあったときのために、基本他国の使者との会談は記録を取るようにしておる。そのためだ。
「では早速、我が主“黒玉樹”様は大陸の中央、また南部の動乱を非常に憂いております。特に同じく王国である海興国と越内国の争いは太陽大陸に利はなく、ただその地の民が苦しむだけではないかと」
まことに勝手な言い分である。北部に存在する国は、晋西国を除いて王国はない。一部中小国は帝家に奉公する人材を送っているため、奉公家という王国という肩書きに比べれば随分と弱い地位を与えられている国もあるが、それに恩恵などほとんどなく多くの国が晋西国に攻められ滅ぼされた。
しかし王国に任命された国には帝家よりその存続が保証されている。つまり争っている王国のどちらかが帝家に助けを求めれば、帝家はその調停に尽力するということができるのだ。
もちろん帝家に助けを求めるのがただで済むわけもない。
調停を要請した王国は大量の貢ぎ物を送らなければならず、さらに自国の弱さを晒したことによって帝家からの信用は相当落ちる。
再度何か争いごとがあった際には、随分尽力しなければその者らにとって有利にことが運ばないと行った不都合まである。
といったように、王国に任命されるということは損得ともに存在する。
しかし今回に関しては別問題である。我らも越内国も帝家に調停の願いを出したわけではない。にも関わらず帝家を使おうとしておるのが、自国のことを棚に上げ我らの勢力拡大を嫌う晋西国なのだ。
「ふむ。たかが王家が王国同士の諍いに介入してくると申すのか」
「我らのみではありません。炎帝様も憂いておられました。それ故に帝家よりも使者を出されたのでございましょう」
紫陽は申し訳なさそうに頭を下げた。そもそも今回の越内国の討伐は少なからず帝家が絡んでいるのだ。にも関わらず晋西国は此度の討伐戦を我らの独断で攻め、大陸を疲弊させていると非難しておる。
これは紫陽が申し訳ない顔をするわけよ。
「確かにそのようだ。しかし言わせて貰うがな、王国に任じられた我らと越内国はそなたらに調停の嘆願をしたのだろうか。したのであれば、そなたらの急な来訪にも納得できるのであるがな。そうでないならばいくら帝家とはいえど許される行為ではありませんな」
「それは帝家に対する侮辱と捉えさせて頂いてもよろしいのかな」
「あくまで仮定の話である。もし帝家が我らの戦いに介入する正当な理由があれば、我は納得して近陵国および越内国より兵を退かせましょう」
我の言葉に頷いたのは永明であった。そして頷いた永明は隣に座っておる紫陽を見た。
嫌な予感がするな。まるで正当な理由があるようではないか。
我は黙って紫陽を見ていた。紫陽は覚悟を決めたように小さく頷き、そして我の背後におる呂伏を見た。
「これよりは内密の話故、記録するのは止めて頂きたいのです」
呂伏は我を見ておる。これはいよいよだと思った。我も頷き、呂伏は筆を置いて部屋から出て行った。よう分かっておる。
「話されよ」
「はっ!・・・炎帝様が御崩御されました。つい先日のことにございます。それによって帝家は大陸全土に停戦令を発布し、各国は炎帝様の喪に服して頂きます。小さな国のいざこざ程度であれば帝家の命令は効きましょう。しかし王国同士では帝家王家の関係上聞き入れられない可能性があります。それ故に同じ王国である晋西国に力を貸して頂いている次第にございます」
炎帝が崩御された。なるほど、随分と正当な介入理由であるな。これでは聞き入らねばならぬ。しかし1つ不満があるとすれば、その理由をひっさげた帝家の使者が来れば、間違いなく我も停戦に同意しておった。しかし帝家は我らがその介入を拒絶すると思い晋西国に頼ったというところである。どうも新体制の帝家は我を信じておらぬようであるな。
「わかった。炎帝様のことはまこと残念である。我も炎帝様に見初められた者の1人としてご恩を感じておったのであるがな」
紫陽は安心したように息を吐いた。これは仕方あるまいな。
「わかった。紫陽よ、我はこれより近陵国、また越内国より兵を退かせる。今後しばらくは戦をせず、新帝が誕生された際には祝いの品を贈ることを約束しよう」
「はっ、ご配慮ありがとうございます」
しばらく後に2人は謁見の間より出て行き、入れ替わるように呂伏が我の前に座った。
「何も聞くでないぞ。全軍に撤退命令を出せ。早急にな」
「・・・はっ」
呂伏も何かを感じ取っていたのであろう。多少驚きと不服の感情が見て取れたが、何も言わずに使者の用意をしに外へと出て行った。
しかし厄介なことになったものだ。色々あるが1番は晋西国の使者の言葉に我が従ったという事実。たしかにあの場には帝家の者もおったが晋西国の者もおった。我が紫陽からの停戦指示に従ったとはいえ、知らぬ者らは晋西国に配慮したと思う者も出てくるであろう。それが厄介よ。どうやら大陸北部の脅威は間違いなく我らの元へと迫ってきておるようだ。




