7.贅沢な名
この世界線では現実世界と意味の違う単語が出て来ます。今回で言えば「後宮」だったり、前回出て来た「宰相」「尚書令」などです。ご注意ください。
太陽暦1304年6月終旬 高蓮招
雄全殿が運んでこられた御方が、私の膝の上に頭を置いて眠っていらっしゃいます。この方は朱光殿が客人として連れてこられた御方だそうですが、白麗様の側に仕えている皆さんは随分と警戒されているようです。こんなにも可愛らしいお顔をしているのにもかかわらず・・・。
私はお布団を引くべきだと言ったのですが、この後宮を取り仕切っている姉様にこうするようにと強制させられて、このような状況になってしまいました。
「ん、ん~・・・」
膝の上で寝返りを打ち、そのまま床へと落ちた衝撃で目が覚められたようです。
「おはようございます。泉様」
「・・・えっと、お、おはようございます?」
まだ良く状況が掴めていないのか、ぼんやりとした表情で私にそう返されました。なんだか、こうグッときます。母性本能をくすぐられるというのはこういうことなのでしょう。
不審なものを見る目で、しかしどこか顔を赤らめているそのお姿を見てさらにキュンキュンしました。
「すいません。・・・ここは?」
うっとりと泉様を眺めていると、不審者を見るような目で尋ねられました。いけないいけない。
「ハッ、ゴホン。ここは高白麗様の後宮です。泉様は雄全殿に背負われてここに」
私の言葉を聞くや否や、ご自身の腹部に目を落とされました。きっとあの事を懸念されたのだと思います。
「ふふふ、安心してください。この国における後宮とは、後宮とは名ばかりの代物です。実際は白麗様のご親族様がお住まいになっておられる王宮の一部ですので。ですから心配されなくても大丈夫ですよ?」
「うぇ?あ、そうなんですね・・・。すいません、変なことをしてしまって」
「いえ、他国に行けば宦官なるものもいらっしゃるようですが、この国にはその概念もありません。ご安心を」
その後しばらくは今後のことについてお話をしていると、この後宮の管理者である姉様がもどって来られました。
「おぉ起きているじゃないか。どうだった?妹の膝の上の寝心地は?」
「は?いや、良くないですよ!いえ、違います。そういう意味じゃなくて・・・」
いつものガサツなコミュニケーションに泉様は困惑気味です。わずかに視線をこちらに向けるのは、きっとこの方なりの救援要請なのでしょう。
「姉様、泉様が困っておられます。その辺りで」
「・・・しょうが無いね~。そういえば自己紹介がまだだったわね。あたしはこの後宮を取り仕切っている高美麗だ。白麗や白轟の姉だよ。で、こっちが妹の」
「蓮招です。白麗様と白轟の姉です。よろしくお願いしますね」
「あ、高柳泉です。今回はお世話になりました」
ふかぶか~と頭を下げられます。これで顔合わせはおしまい。でも今日はこれだけで終わりません。これから泉様に尋ねなければいけないことが1つ。そして滞在用の部屋に案内する必要もあります。
「さて早速部屋に案内しようと思うんだが1つ聞きたいことがある」
姉様は泉様の持っていた荷物のうち1つを掴んだ。
「これは?」
「・・・これですか?これは鞄と言って」
「そんなことは分かっているよ!そうじゃなくてこの文字」
鞄には『高柳泉』と書いてあります。コウリュウセン。私達には意味が分かりませんが、誰かのお名前なのでしょう。
「俺の名前ですけど・・・」
「あんたの名前は”たかやなぎいずみ”だろ?これは”コウリュウセン”と書いてあるじゃないか」
2人はそろって疑問を呈したお顔になりました。
意味が分かったのはどうやら泉様の方。
「あっ!?俺のいた世界では、そう書いて”たかやなぎいずみ”と読めます。おそらくこっちでは音読みしかしないから」
はて、”音読み”とは何か分かりませんが、異世界からやってきたという彼の世界の言葉なのだとすれば、こちらの理解が及ばないのも仕方が無いこと。
「姉様、これは少しよろしくないですね」
「えぇ、呂登あたりが見逃すはずがないわ」
「どうされますか?」
「・・・」
私達の密会を不安げなお顔で眺められています。
「”高”という文字はこの国の頂点を指します。その名を語れるものは王とその一族、そして王から名乗ることを許された者だけ」
「あんたが名乗っているなんて知ったら、忠誠心に厚すぎる呂登が何をしでかすか」
姉様はため息をつきます。泉様が身体をブルッと震わせたところを見ると、既に何かあったのでしょうか。
「ようはね、よそ者とはいえこの名前はあんたには贅沢すぎるのさ」
「しかしそんなことを言われても・・・」
今度は困惑されてしまいました。
「仕方ありません。この国に滞在中は偽名を使いましょう。理由なんて、浮かないようにと言えばどうとでもなります」
「それは名案だね。で、偽名は?」
姉様も賛成のようです。張本人である泉様もしきりに頷いていらっしゃいます。
「そこは残ったお名前から”柳泉”様でよろしいのでは?」
「柳泉・・・。良いですね。ではしばらくは柳泉と名乗ります」
姉様も納得されたようです。
「じゃぁ柳泉、ついておいで。あんたの部屋に案内するから」
「はい!」
その後ろ姿を見送っていると、この後宮の主がいらっしゃいました。
「あれ、誰かしら?」
「朱光様のお客様ですよ。一ノ妃様」
「そう」
人物紹介(今回登場人物編)
高美麗(39):白麗・白轟の姉。後宮管理者として高一族を守っている。弟たちは早期の結婚を望んでいる。男勝りな性格。
高蓮招(30):白麗・白轟の姉。かつて婚約者がいたが帰らぬ人となり、それから後宮世話役になる。そういった経緯から美麗と違って結婚の話はしない。おっとりした性格。




