8.再侵攻
地名案内板
長港宮:海興国の首都である長港に立てられた王家の宮殿の名。
恵楽御城:海興国最西部にある燕国との国境最前線恵楽にある城。平城で戦には向いていない。
太陽暦1304年7月上中旬 李雲玉
「失礼します!李将軍、大変です!」
大将や副将を務めておる者らと雑談をしていたとき、この「恵楽御城」の西側城壁から国境を見張っていた将が、ワシの部屋へと飛び込んできおった。
「如何した。ワシは今」
「敵襲!!西の平野に敵影を確認いたしました!!」
部屋におった者どもが騒ぎ始める。西側からということは、敵はあやつらしかおるまい。
「うろたえるな!各自持ち場へ着け!紅!「紅馬琴」はおるか!!」
「はっ、ここに」
ワシが呼びかけると、すぐさま部屋へと入ってきた。騒ぎを聞きつけて待っておったのやもしれぬ。
「急ぎ「長港宮」へ行き、主様に援軍と物資の要請をして参れ」
「わかりました。ですがそれまでどうするおつもりで」
「籠城は出来ぬ。もうすぐこの地域一帯は稲の刈り入れ時じゃ。刈り取られるか、焼き払われると民の信を失う。平野部に展開しつつ牽制する。そのためには兵糧が足りぬ」
「では主様よりとびっきりの兵糧を得て戻りましょう」
「頼むぞ」
伝え終わるやいなや、馬琴は早足で出て行った。紅馬琴の父、「紅林」は元ワシの副将を務めておった。しかし何度目かの燕国の侵攻を防いでいる最中、足に矢傷を負いそのまま戦線復帰を果たさなかった。今は高白轟大将軍の元で相談役として仕えているようじゃが誠に惜しいと思っている。そんな紅林から数ヶ月前、倅を鍛えてやって欲しいと最前線に送り込まれてきた。それが馬琴。
「父上、平野に部隊を展開すると仰ったが本当に兵糧が足りませぬぞ。後詰めの城へと後退し兵糧を確保してからの方がいいのではありませぬか」
出来の良い息子だとは思うが、時々戯けたことを申す。
「阿呆、ここで前線を後退させれば全ての方向から信を失うことになる。それがどういうことか分からぬようでは・・・おぬしもまだまだということじゃ」
倅の「李白雲」は不満げな様子を隠そうともせず、ワシにその真意を問いかけた。
「何故です。また取り返せば良いのです。今回の奴らの出兵は予想外のもの。前回の出兵から1ヶ月も経っておらぬのです。我らは兵糧の確保が出来ていない。仕方が無いと誰もが思いましょう」
「甘いわ。それに主様や民が不信に思わずとも、燕の者らは活気づくであろう。14年も変わらなかった国境を引き直したのだ。また来るぞ。我らは防衛し続けなければならん。それにこの地を失うということは、この地の穀倉地帯を一時的にも手放すことになる。さらに南の港まで手に入れられれば、厄介なことこの上ない。どうじゃ、まだ前線を下げるなどと申すか」
元々この恵楽御城は戦用の城ではない。この地一帯を統治するために築かれた城。籠城は下策。後退も下策。なれば我らは前に出て止めるしかない。多少援軍や物資の搬入があろう。
今はそれで耐えるしかないのじゃ。
「大西将軍様」
ワシの背後の壁向こうから声が聞こえる。この騒ぎの中でも必ずワシだけに聞こえるように声を発すのは忍びの技である。
「どうじゃった?」
「敵の大将は「金武稜王」では無く、次子の「金武錬」であった。敵数はざっと5000ほど」
前回の侵攻は燕国の王自ら指揮を執っていたが、今回は子にやらせるようじゃ。それも次子。普通は長子に手柄を立てさせ、跡継ぎを盤石なものにしたがるものだが、どうもそうではないらしい。
「5000か。前回の倍は集めた事になるのだな」
「燕国に潜入させていた者の報告だと、急に軍を動かしたそうで我らの目でも追えず申し訳ない。しかしあまりにも手際が良すぎると」
この忍びらが追えぬのなら、他の者でも同じであろう。責めることは出来ぬ。
「うむ、よう知らせてくれた。武稜が攻めてきたとあらば、今回ばかりは玉砕を覚悟したが戦経験の少ない武錬であるならば、やはり平野に出て陣を張るのは有効であろう。しばらくは監視を頼むぞ」
背後に人の気配は無くなった。それにしても、何故このタイミングで次子を寄越した。武稜よ、お主一体何を考えておるんじゃ。
人物紹介(今回登場人物編)
紅林(42):元は李雲玉の副将。数々の武功をあげるも、燕国の侵攻を防衛している最中に足に矢傷を負い、最前線への復帰は出来なくなった。現在は高白轟に相談役として仕えている。
紅馬琴(17):高白轟の相談役である紅林の息子。1304年の正月より恵楽御城に入り、李将軍の配下として働く。
李白雲(33):雲玉の次子。恵楽御城にて弓兵大将を務める。白の字は先代当主であった高白山より頂いた。




