65.近陵国解放作戦
太陽暦1306年4月下中旬 柳泉
鶴翼殿が堰を切ったため池を修復したことによって、長らくあらぶっていた川もようやく落ち着きを取り戻した。
すでに降伏した近陵国のクーデター侵攻軍は厳重に警備した上で王都へと送った。
そして残った部隊の一部を率いて目の前にある川の向こう側。近陵国に乗り込む。
おそらく近陵国首都には江政長様がいるはずだ。こちらの情報が伝わる前に迅速にクーデター残存勢力を一掃する必要がある。
そして江家当主一族をお助けしなければいけない。
「鶴翼殿、お疲れ様でした。見事な手際でしたよ」
「いえ、この者が龍尾山脈の地形を完璧に把握していたおかげです。一度も入ったことのない山で迷わず目的地に付けたことは非常に大きかった」
鶴翼殿が元陽を褒めた。実はため池の存在を俺に話したのは元陽だった。越内国より海興国に渡ってくる際に偶然見つけたのだそうだ。
山脈の頂上近くから流れ出る川は、なにものにも汚されずとても綺麗な水だったらしい。その地で何日か姿を隠した後に、宰相殿が元々治めていた龍岳に入った。そして俺の屋敷までそのまま来たのだそうだ。まぁつまり何が言いたいかというと今回敵をほとんど逃がすことなく捕縛できたのは間違いなく元陽のおかげということだ。
「そうでしたか。元陽、よくやったな」
「ありがたきお言葉にございます」
「さて、この地での我らの勝利が江長久に伝わる前に国境を突破し、迅速に近陵国の主要都市を開放する。そして江政長様とそのご家族をお助けする。これよりは軍を二手に分ける。旺家直属の兵はそのまま戻って鶴城の防衛へ、また怪我を負った者も鶴城に入り傷を癒やせ。他の者らは隊列を組み直して近陵国の解放に動く。総大将を李白雲殿、副将を旺鶴翼殿に任じ俺は軍師として動く。皆そのように頼むぞ」
その場にいた、各地の武官が頭を下げた。なんだろう、これは認められたということなのだろうか。つい調子に乗ってバンバン指示を飛ばしたけど、おそらく間違ってはいないはずだ。俺は過去の戦を文字として知ってはいるが経験が圧倒的に足りない。防衛戦においてはこちらから動くことなく、補佐として羽鶴殿もいてくれたからどうにかなった。
しかし進軍・攻城となると話は別だ。生き物のように絶え間なく動く戦況、戦線がいくつもあり全てを的確に把握するのも難しい。そうなると知識しか持ち合わせていない俺には圧倒的に後手後手に回るし、なによりも自信が持てないから中途半端になりかねない。
だから今回は軍師として助言をしつつ、あくまで判断は戦経験のある2人に任せる。
そういうことだ。
「これより軍議を行う。各領主は参加せよ、その後鶴城に戻る者は戻り、進軍する者は隊列を組む」
白雲殿がそう指示を出して、主立った武官達が急遽組み立てた陣内に入り椅子に座った。机を用意してその上に地図を用意する。
「さて軍師殿にお聞きする。どう攻めるのが良いと思うか」
「そうですね・・・。こちらに進行してきた規模から察するに、近陵国内に残っている兵はそう多くないと思われます。一つ一つ主要都市や拠点を落としていては、こちらの人数の理を活かせない上に下手をすれば江政長様を人質に逃げられかねません。ですから全部隊を複数に分けて各個撃破。一気に近陵国の解放を目指すのが良いと思われます」
地図で確認すると、重要拠点と主要都市はそう多くない。まぁ今回のクーデターの首謀者である江長久は首都さえ栄えていれば問題ないという考えだったようだ。せっかく良い立地に国を建てているのに勿体ないよな。挙げ句の果てに自身のプライドを優先し、国益まで損ねている。俺なら北の帝都と海興国を結ぶ街道に宿場町やら商店やらを建てて帝銭を落としてもらえるようにする。それだけでどれだけ国庫を潤させることが出来るか。
っていう事情から主要都市は首都と、比較的賑わっているという近陵国と越内国の国境付近にある商都。重要拠点は海興国を監視する目的に作られた、この場所からほど近い砦と北の晋西国を監視している砦の2つを押さえれば問題ないだろうと推測される。
「ふむ、あまり兵を割きすぎるのはいささか不安ではありますが・・・」
慎重思考の白雲殿はやや渋ったようだが、
「しかし江政長様に何かあれば、主様をはじめ朱光様や妃様方が悲しまれますぞ」
という鶴翼殿の言葉によって、決心したようだ。
「ではこれより近陵国解放作戦を開始する。呼ばれたものはすぐさま隊列を整え進軍の準備をせよ」
「「「はっ!!」」」
陣内には気合いのこもった返事が木霊した。




