64.側近の男、見誤る
時間はやや遡り近陵国クーデター軍
太陽暦1306年4月上中旬 江景晴
「先行部隊が少し騒がしいようだが?」
「どうやら、鶴城に籠もっておる部隊が無謀にも突撃してきたようにございます。はい」
「そうか、さすがは無能な大将だな。この数的有利をそのような無謀な攻勢で覆せるわけもないのだがな」
「これは噂通りです。いささか簡単な戦にはなってしまいましたが、鶴城を落とせば景晴様の近陵国での地位は確固たるものになるでしょう。もう政長の好きにはさせません。いえ、違いますな。政長とそれに同調したものは国家反逆罪を適用し処刑になるのでしたな」
「そうだ。すでに義兄の身は義父が拘束している。海興国が我らに泣きつき、こちらが有利な講和を結んだあかつきには義兄を処刑し俺が嫡子として近陵国を治める」
ハッと頭を下げておるこいつは、俺と共に越内国から近陵国に来た“段花院”という男だ。俺に最も忠誠を誓っておる家臣である故、俺の最側近として側に置いている。そしてこいつは俺が求めた答えをすぐに用意してくれる。
しばらく先頭の方が騒がしかったが、ようやく落ち着いたようだ。行軍速度が速くなっているのが分かる。
そして鶴城からは煙が上がっていた。どうやら城門を突破したらしい。これまで何度も周辺諸国からの侵攻を防いできたという鶴城とやらも大将が無能となればこうも容易くなるのかと思った。
「景晴様、ご報告申し上げます!」
「如何した?」
すでに俺達の本隊は城下町手前に本陣を置き、城攻めを眺める体勢を整えている。これからゆっくり難攻不落といわれた堅城が落ちる様を眺めようかと思っていたときの伝令兵である。
「先鋒を任されていた“岳士”将軍が討ち死にされました。現在城門を突破した部隊は、将軍を失い非常に混乱しております!」
岳士が死んだだと!?近陵国内でも武闘派で知られる武だけがとりえの男だぞ・・・。
「何故そのようなことになった!?」
「城内には多数の伏兵がおり、堀の上から一斉に矢を浴びせられたようにございます。先頭に立って指揮をされていた岳士将軍はその矢を全身に浴びられ・・・」
「・・・報告ご苦労。そのまま二ノ隊に伝令に走れ。数はこちらが有利、数の暴力を持って城内まで潜り込め、と」
「はっ」
伝令の兵士は走って二ノ陣に向かって走って行った。
「花院、頼みがある」
「何でしょうか?」
「お前がこれより先鋒隊の指揮を執れ。無能な男に代わり鶴城を落としてくれ」
「・・・私でよろしいのでございますか」
当然頷いてくれると思っていたが、花院の反応はあまり良いものでは無い。
「当然だ。これは俺の今後を決める大事な一戦だ。最早近陵国の者にその役目は務まらんかった。だから花院、お前に任せたい」
やはり花院は頷かない。このような無駄な時間を今は過ごすわけにはいかないのだ。俺が不快感をあらわにしたのを感じ取ったのだろう。
やはり俺の命に頷きはしなかった花院が、別案を提示してくる。
「“岳傍”殿に任せませぬか。あの者は岳士将軍の弟子であり養子でもあります。師であり父である岳士将軍の失態は弟子が拭うものではありませぬか」
たしかにそうである。花院に言われなければ気がつかなかった。このまま戦に勝っていれば、折角俺達に賛同した岳家の立場を悪くすることになるところだ。
「急ぎ岳傍に伝えよ。先鋒の部隊をまとめ鶴城を落とせと」
「かしこまりました」
安心したように花院は陣の外へと出ていった。それにしても本当に花院は頼りになる。俺はまだまだだな。周りのことが全く見えていない。
これからも花院は側に置いて重宝しよう。そして共に近陵国を治め、強くするのだ。
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柳泉の策にはまったと江景晴が気づいたのは、本陣の背後を海興国軍に急襲されたときだった。すでに包囲網が形成され、引き連れてきていたクーデター軍は次々に降伏していく、抵抗するものは斬られるといった地獄絵図であった。
どうにか撤退路を確保した近陵国軍であったが、国境の川まで退いて愕然とする。進軍時に渡ってきた川の姿はそこにはない。あるのは荒れ狂ったように流れる大河であった。橋も流され、自力で渡るにしては危険すぎる。そして背後に迫るは勢いに乗る海興国軍。
最早これまでと観念した江景晴はその場で降伏を申し出る。大人しく捕縛されたのだった。しかしその場には、江景晴の最側近と呼ばれた男はいない。
一体どこではぐれてしまったというのだろうか。
登場人物紹介(近陵国クーデター軍)
段花院(38):元は朝家の家臣。景晴が近陵国に養子入りした際に同行した。クーデターの頃には江景晴の最側近にまで上り詰める。
岳士(57):鶴城攻略の先方を任された近陵国の有力者・将軍。数十の騎馬隊に翻弄された挙げ句、城門になだれ込んだ際に矢を浴びて討ち死にする。
岳傍(31):討ち死にした岳士の弟子であり、養子でもある。養父の討ち死に後、先鋒部隊の大将に任じられる。無謀な戦だと察して早々に降伏する。




