59.江・朝家の嫡子成る者
太陽暦1306年3月終旬 江長久
「景晴よ、最終的にいくらほどこちら側に付くと約束させた」
「およそ4割といったところでしょうか」
「思ったよりも付いとらんな」
「そうでもありません、義父上。あまり見境無しに声をかけてしまうと義兄にこちらの動きを察知される恐れがありました。ですので、義兄を良く思っていない国内の有力者に限って声をかけております。それも慎重に情報を集めて万が一にも義父上を裏切らない者を厳選いたしました。4割とはいえ精鋭ですので十分かと。それに越内国には父上が全勢力を持って迎え撃つ手はず。我らが退路を断てば蹂躙できること間違い無しです」
景晴は政長と違ってまことに儂のいうことをよく聞く賢い息子じゃ。それに引き換えあの愚息は全くもってわかっておらん。
海興国につくということは、我らより力のない者に頭を下げるということなのじゃ。今我らが付くべきは間違いなく越内国の朝家。長年我らは庇護して貰ってきた。その恩を忘れるとは、さらに近陵国に破滅の道を歩ませるとは当主としては言語道断。
早々に儂が当主として立ち、近陵国を再度義の道に戻さねばならん。
「虎上が鶴城に向かったそうだな」
「はい、義兄の指示で近陵国内の先行役を任されたそうにございます。さらに兵を率いて越内国侵攻に従軍するそうです」
「いかんなぁ。五老臣ともあろうものが。あの者も裏切り者として最期は処刑するとしよう。新たな近陵国の始まりに旧時代の者どもはいらんからな。そしてそれは儂も同じじゃ。故に景晴よ、そちを儂が復権したあかつきには嫡子に任ずる」
「ありがとうございます。義父上の期待に応えられるよう、懸命に働きます」
「うむ、励めよ」
とは言っても景晴が跡を継げば近陵国はこの大陸から姿を消すことになるであろう。朝景雨殿より届いた書状には、嫡子であった朝景雪殿が行方をくらませたことが書いてあった。そしてそれによって我が家に同盟の証として送り込まれた江景晴が嫡子にと期待されておるそうじゃ。当然我が家の現当主はすでに実子である政長が継いでおるから問題はなかった。しかし、そうことは上手く運ばれん。政長に我が家を導く資格がないと来たのだ。
であるならば、やはり景晴に継がせるしかない。景晴は江家を継ぎ近陵国を手中に収め、そして後に越内国も継ぐ。越内国でも嫡子不在なのであるから仕方なかろうな。
これによって越内国は大陸中央を押さえる一大国家となる。
帝都から離れた海興国など最早なんの価値もない。儂は近陵国がなくなろうとも、若造がなんの苦労もなく建てたあの国が王国として機能せんようになればそれでよいと思っておる。
「それで我らの動きですが動かせる4割の一部を国内の制圧に回し、残りの兵で補給路の寸断、そして越内国に侵入した者らを包囲殲滅という流れでよろしいでしょうか?」
と、景晴はこんなことを言う。期待はしておるがまだまだ分かっておらん。視野が狭いのぉ。
「補給路を寸断すれば、あの者らの動きは勝手に鈍る。それにこちらの兵を割く必要は無い」
「であれば?」
「鶴城じゃ、あの城を落とす。そして海興国侵攻の足がかりとする」
「落とせますか?」
「間違いなく落とせるな。景晴よ、先ほど報せを持ってきた者の言葉を聞いておらんかったのか」
最近あの者らが対策をこうじてきたおったせいで、海興国北部の情報が極端に減った。しかし奴らは1番肝心な情報を持った忍びを捉えることが出来なかった。
「鶴城に入った後詰めの大将は、白麗に気に入られているだけの若輩者じゃ。その者が大将では納得いかんという者らが大量に出ておる。すでに後詰め主力であった李白雲は城から出て恵楽に退いた。他の者らも軍を率いて領地に帰っておるというではないか。今あの城を守っているのは旺家の当主が率いておる数百の兵のみ。数が少ない上に大将が無能とあれば簡単に落とせるであろう。民共も不安に思って鶴郡を捨てて周辺の領地に逃亡しておるときた。どうじゃ、そちの手柄にせんか?」
案の定じゃ。簡単に手柄を得られると思って目を煌めかせておる。
ここは未来の当主殿に手柄を譲ってやらんとな。老い先短い儂が目立っても仕方ないものじゃで。




