56.その者後の・・・
太陽暦1305年10月初旬 柳泉
「越内陸家の当主自らの要請である。我も宗家当主として全力でそなたらを助けよう。もし、ぬし・・・元陽が裏切り、この国に危機がおとずれるようなことがあれば我が我が命にかけてでもその危機を脱する。そう思い柳泉はこの者を遠慮無く使うがよい。よいな」
「はい、わかりました」
俺が頷くと宰相殿も頷いてから席を立った。
「見送りは不要じゃ。あとはそちらに任せる。仲元陽よ、この国で励め」
「何から何までありがとうございます」
「ではな」
外に控えていた護衛と使用人の方を連れて帰ってしまったようだ。さて、ある意味ここからが本題になる。
元陽の存在はあまり公にすべきでは無いと思っている。あくまで現状の話ではあるけど。もし海興国の中で朝景雪の顔を知っている者がいたとき、きっと騒ぎになるだろう。
それに江家の人間だとさらにその危険は高まる。最悪他人のそら似で誤魔化すが、本性を晒すのは何も急ぐ必要は無い。
だから俺はあえてさっきまで宰相殿が座っていた上座に座った。
「今後元陽には俺の部下として働いて貰うことになる。俺の所属している領監部の部下とは別扱いとし、常に俺の側についておくこと。いいな」
「かしこまりました。今後柳泉様のお側に仕えさせていただきます」
希京様が少し嬉しそうにしているのは、俺に初めて直属の部下ができたからだろうか?それとも他に何か理由が・・・まさかこいつに惚れたとか・・・。
嫌なことを考えるのは止めよう。しかし現にまだ同じ布団で寝るのを拒んでいるし・・・。だから!やめよう、こんなネガティブな思考になるのは。
「希京様、これから少し大事な話がありますので」
「わかりました、旦那様。では誰もこの部屋には近づけさせませんので」
軽くお辞儀をした希京様は部屋から出て行った。戸の向こうから何か指示しているのが聞こえる。立派に奥方をやっているようで安心した。
「さて、本題に入ろうか」
「はっ」
これから話すことは機密中の機密。しかし元陽に側に仕えるよう言った限りは知っておいて貰わないと困ること。それが越内国の侵攻作戦だ。仮にも数日前まで自身が嫡子としていた国である。
裏切られたとき、こちらの策は筒抜けになる。あまりにリスクが高いと思うが、しかしもし本心で俺に仕えてくれるというのであれば、元陽ほど頼りになる者もいない。
万が一の時は宰相殿にも協力して貰って、国の危機を回避するしかない。まだいくらでも手を打てる段階だ。
「元陽、お前に話しておかないといけないことがある」
「なんでしょうか」
「近く越内国を攻める。これは海興国と近陵国の同盟の証として行われるものだ」
「・・・」
元陽から返事はなかった。しかしその表情に驚きもなかった。
察していたのだろうか?それとも別に情報網を持っている可能性も捨てられない。
「俺は防衛の要となる海興国最北の地、鶴城にて采をふるうように任を受けている」
「まこと信の厚きことでございますね」
「そこに元陽、お前にも同行して貰う。俺の力になれ。それが信用を得る唯一の方法だ」
一瞬間があった。目を見張っているのが分かる。
「柳泉様は私をどこまで信じていらっしゃるのですか」
「まったく信じていないな。しかし、信じられないと言って何もしないのであれば信頼関係も何も築けないだろう。主様だってそうだ。元は小さな地域を守っていたいち領主だった。跡継ぎ争いの後、付近の領主らがその力量を見込んで臣従したがそんなものに信じられる根拠など全くない。しかし信じねば国はならん。ではどうする」
「自らの身を危険にさらしてでも共に進むのですね」
「俺はそうすべきだと思っている。特に俺達のように初対面でいきなり主従関係が出来ればな。それにお前は敵国の元嫡子なわけだ。危険を冒すしかない。でなければ俺はお前を信用出来ない」
直感的に元陽は大丈夫な気はしているけど、そんなの土壇場になって裏切られる可能性だって十分にある。
だから今回の侵攻作戦に同行させるんだ。
これから何度もやってくるであろう危機を乗り切れば、本心がきっと見えてくるはずだ。それまでは決して朝景雪を見放さないし、信じない。こんな始まりで成り立つ信頼があっても良いだろう。
そういうわけで鶴城に連れて行く唯一の部下は仲元陽で決まった。




