55.他大陸からの流れ者
太陽暦1305年10月初旬 柳泉
10月になったある日、俺の屋敷には数人の護衛を伴ったある御仁がやって来ていた。その御仁は俺よりやや年上で利発そうな顔をしている青年だった。
屋敷の中にある応接間の上座には今回の仲介役でもある宰相殿が、宰相殿から見て右側が俺、左側にその御仁が座っている。
使用人らは戦々恐々といった様子でまともにこの部屋に近づこうとしない。まぁ阿矢がいれば問題は無いだろう。
「景雪よ、この地によく無事で参った。あとのことは我らに任せるがよい」
「ありがたきお言葉にございます」
深々と頭を下げたその男は、先日宰相殿が言っていた朝景雪殿だった。ここまで苦労したのだろう。顔は痩せこけていて、とても王国の嫡子だったなんて信じられない身なりをしている。
「うむ。そちはこれからこの者に仕えるがよい。まぁ以前までの身分がある故、どこの馬の骨ともしれぬ者に仕えるのは抵抗があるやもしれんが、ここにおる柳泉は我の弟子であり我が主様のお気に入りでもある。まだまだ新参者ではあるが、仕えるに足る男ではあろう」
まぁ確かにどこの馬の骨ともしれぬものではあるが、面と向かって言うものでも無いと思う。現に景雪殿はぽかんとした表情で俺を見ていた。そしてそういう顔をされるのも慣れた。
「お初にお目にかかります。名を柳泉と申します」
「朝景雪と申します。失礼ですがおいくつですか?」
「今年で19になりました」
そう言うとまた景雪殿は驚いた様子だ。
「なんとお若い!そのお年で出世を期待されているのですね。まこと私には勿体ない話です」
満足そうに宰相殿が頷いている。なんだろう、俺の親みたいな心境なんだろうか?
「であろう。現にこの者はすでに大きくこの国に貢献しておるのじゃがな・・・。まぁまだそなたには話せぬな。この柳泉の信頼を得てから改めて聞くがよい。今後に必ず役に立つであろう」
「かしこまりました」
景雪殿はまた深くお辞儀をした。
「あとな、先もチラッと見えたかもしれんが柳泉には既に妻がおる。そこにおるのであろう。入って参れ」
閉まっている戸に声をかけると、静かに開く。開けたのは阿矢だが、その向こうには希京様が控えていた。お辞儀をして待っていたということは、予め決まっていたことらしい。主である俺は何も聞いていないけど。
「この者、張希京と申してな元は主様の三ノ妃であった」
「私の耳にも入っております。なんでもお立場のよくなかった奥方を自身の功績を元に下贈していただいた者がいるというお話を。まさかそれが柳泉様だったとは」
よく分からんうちに国を越えて広まっていたらしい。まぁ越内国も王国だし、そういう情報っていうのはわりと足が早いのかもしれない。そう思って納得しておく。
しかし迂闊なことをすれば勝手に噂が他国で一人歩きしかねない。これはもうすぐに迫ったあの作戦の時も気をつける必要がありそうだ。
「初めまして、私は希京と申します。柳泉様の妻でございます」
「これはご丁寧に。朝景雪と申します。しばらくお世話になります」
と、まぁ顔合わせも終了なわけだ。使用人にはあとで紹介すればいい。ただし早急に解決すべき問題があった。
「早速ですが朝景雪という名、しばらく捨てていただきましょうか」
「確かにそうであるな。その名では色々窮屈であろう。しばらくは偽名を使うがよい」
「偽名ですね、かしこまりました。すでに名を考えております。今後しばらくは“仲元陽”と名乗らせていただきます。仲家は他大陸に多い名前だそうですので、私は外からの流れ者として扱ってくださいませ」
なんとまあ偶然の話だ。俺も他大陸からの流れ者っていうことになっている。もし景雪・・・もとい元陽が信頼できると分かったとき、かなり俺にとって使える人間になりそうだと思った。
4月30日追記
活動報告にて登場人物紹介 海興国家臣団①を公開しました。誰か分からない人物を探してみてください。もしかすると既に記述しているかもしれません。
またそれに伴って5月1日の投稿はお休みします。




