54.逃亡の嫡子
太陽暦1305年9月終旬 陸桂葉
「柳泉、我の執務室へ今すぐ来い」
「え?あ、かしこまりました」
領監部へわらわが入ったとき、柳泉は部下の者らに囲まれて何やら相談をしておった。しかしどう考えてもわらわの用件の方が急を要する。
あの者らには悪いが、柳泉の身は少し借りることになるであろう。
「一体どうしました?」
「ここでは話せん。事が事じゃ」
「わかりました」
それ以上余計なことを話さず、わらわの後ろを歩いておる。実際は我と同等な立場になったのであるのだから、横を歩いても良いものを。
そしてすぐに執務室へと着いた。
柳泉は、まだわらわの下についていた頃と同じ場所に腰を下ろす。わらわもまた自身の椅子へと腰を下ろした。
「我が陸宗家の当主であることは知っておるな」
「はい。大陸中に陸家の分家があり、国に仕えたり世捨て人としてひっそり暮らしていたりと様々だと聞いています」
「うむ、そして当然越内国にも分家が存在する。一般的に越内陸家と呼ばれておる者らであるな」
柳泉はまた頷いた。その辺りもしっかり調べているようである。立派になったものよ。
「現当主は陸楓仙という者なのであるがな、越内国の王である朝景雨を既に見限っておるとの知らせを受けておる」
今度は頷いておらん。そうであったな、驚いたときの柳泉はこういう顔をするのであった。成長著しいこの者は、我の言うことをすぐに吸収しおった。それ故この者は驚くこともあまりなかった。
あの時こそ面白くはなかったが、今またこういう顔をさせることができたと思うと愉快なものである。
「そして楓仙より隠密に使者が参った。ある者を匿って欲しいとな。誰であると思う」
「・・・わかりませんね。しかし宰相殿にお願いされるということはよほどの人物で違いないでしょうね」
「その見立ては正しいな。我は誰かと聞いたのだ、答えよ」
柳泉は困り果てた顔をした。それはそうであろう。
正解が出るなどとは思っておらん。ただこの童子を困らせてやりたかったのよ。
「我が預かっておるのは、朝家の嫡子朝景雪」
「ハァ!?それはまずいですよ!嫡子様が亡命など前代未聞も良いところです」
「であるから内密なのよ。景雪もまた既にあの国を・・・、違うな。あの王を見限った」
「朝景雨は実の息子にまで見限られたのですか」
わらわが頷くと、やるせなさそうな顔をする。軍師として名をあげつつある柳泉もこのような顔をするのだ。その口から発された策によって燕国の侵攻軍は多大な被害を出した。多くの者がその功績を褒め称えた。しかし柳泉は喜んでおらんかった。
まこと、この世界の者では無いのだと思わされる。
しかし此度の侵攻作戦において、柳泉は守りの要を担うことになるであろう。この者の策によって味方が死ぬか敵が死ぬか。そういう立場に立たされる。我が主も酷なことをするものよ。
「この者、そちに預ける。主様には我から伝えておこう。鶴城に連れて行くが良い。きっと役に立つであろう」
「・・・わかりました。宰相殿の意に従いましょう」
「ではそのようにな。数日後にそちの家へ送ろう。面倒をみてやるがよい」
また柳泉は驚いた。まこと面白き顔であるな。




