48.海近同盟の成立
太陽暦1305年5月初旬 柳泉
しばらく書庫に籠もっていると、鶴翼殿が入ってきていた。
「主様がお呼びです」
「分かりました。春岳、あとは頼む」
「・・・分かりました」
すでにグッタリしている春岳にあとを託して、俺は鶴翼殿と共に部屋を出た。
にしても場内もなかなかに複雑な構造だ。万が一場内に踏み込まれたときの対策だろうが、城に仕える人たちも大変だと思う。
「はぐれればしばらくは会えぬかもしれませんな。それほどまでにこの城の廊下は入り組んでおります」
「鶴翼殿はどれほどかけて場内を把握されたのでしょう」
「そうですね・・・幼き頃よりこの城で過ごしてきました故、10になるころには流石に把握できていました。しかし幼い頃はご先祖様を恨んだものです。一体何度迷い子になったことか。何度弟たちを探して城を走り回ったことか」
冗談ではなく本心だと思われる。盛大なため息を吐かれた鶴翼殿が、そうは言っていないものの背中がそう言っていた。
「さて主様はこのお部屋におられます。他に呂登殿、そして父旺羽鶴がおります。私はここで」
そう言って扉を開けて横へと控える。
小さく会釈して部屋へと入った。
太陽暦1305年5月初旬 高白麗
「柳泉にございます」
「待っておったぞ。そこに」
「はっ」
柳泉は既に用意してあった場所へ腰を下ろした。
にしても、我の両側の者は表情が硬い。萎縮させてどうするのだ、と言いかけたが柳泉はさほど気にしていないようである。これまでの領地視察で慣れたのであろう。
「柳泉よ、紹介する。この者はこの鶴郡を治めておる旺家当主、旺羽鶴である」
「旺羽鶴でございます。儂の子が1人世話になっておるようで」
何の抵抗もなく頭を下げたように見えた。本心でどう思っておるかは分からんが、羽鶴も我が柳泉に信をおいていることを知っておるはずである。
忠臣と名高い旺羽鶴は、この場では嫌々でも頭を下げるであろう。
「柳泉でございます。本当は旺輝も来たがっていたのですが、やはり実家に配慮していると周りから言われかねませぬ故、此度は紅林殿とともに恵楽郡に向かって貰いました。また別の機会にでも連れてくるようにしましょう」
「配慮かたじけない」
「して・・・」
そう言って、柳泉は身体を向け直した。そう、此度柳泉を呼んだのはいくつか話があったからである。
「うむ、まずは1つ。江家との婚姻同盟は成る」
「では朱光様は江初淀姫とご結婚ですね。おめでとうございます」
「まだ祝いを行うのは早い」
成ったのはめでたいことなのだ。しかし、めでたくない話も江政長より聞いた。
「江家と隣国の朝家が親密な関係であるのは知っておるな」
「はい」
「江家の隠居は朝家の三子を養子に迎えておる。名を江景晴というのだが、この者当主になれなかった不満を近しい臣に漏らしておるようだ。そして、我が国と盟を結ぼうとしておる政長の動きに隠居も反発しておる。政長は父と義弟を敵に回したのだな」
間を空けて柳泉を見ると、なにやら考え込んでおる。もう我の話は耳に入っておらぬか?
しかし、少し考えたようなそぶりを見せた後小さく頷く。纏まったのであろう。
「厄介なことにこの2人、朝家に力を借りようとしておる。隠居は復権のために、義弟は次期当主確約のために。そしてそこに絡む朝家もやや面倒な立場にある」
「と、申しますと?」
「朝家の跡継ぎは現当主である朝景雨と間反対の人となりのようでな、次子が既に死に三子が養子に出ている故嫡子として置かれておるが朝景雨はどうにか跡継ぎを入れ替えようと画策しておった。その鍵となるのが三子景晴の存在よ」
また頷いた。我が・・・、朝景雨が何をしようとしているのかが分かったらしい。
にしても頭の回ることよな。この短時間で他人の思考を読むか。
「江景晴を江家の次期当主として定めた後、何らかの事情で朝家の長子を廃嫡し三子を当主として据える。合併にしろ分家にしろ、朝家は江家を喰って大陸の中央を抑えることになるということですね。結果的に海興国は陸路を使えない以上、帝家との関係は嫌でも薄くなる。朝家からすれば良いこと尽くめです」
「そういうことよ。これは我が国の危機に等しい。よって海近同盟の最初の行動として、これまでの領地荒らしの報復として軍を起こす。目標は朝家越内国の制圧、これによって江家との同盟を盤石なものとするつもりである。柳泉よ、如何思うか」
柳泉はまた黙った。何も思いついていないわけではあるまい。
何か1人でブツブツ言っておる。奇妙なものを見る目で柳泉を凝視しておる羽鶴と、表情を一切変えず柳泉を見ておる呂登。
しばらくそんな状況が続き、ついに柳泉は口を開いた。
「恐れながら私が思いますに」




