43.国試
太陽暦1305年 3月上旬 柳泉
王都に戻ってきてから約2週間が経った。もちろんこの期間何もしていないわけではい。
俺は主様より任じられた命があるため王都からもうしばらく出られないが、代わりに紅林殿が比較的近場の南部領地を視察に行ってくれていた。
紅林殿から送られてくる情報を基に、大量の書類を作成していく。と言っても、大方冬椿がやってくれているわけなんだが、申し訳ないと思っている暇は俺にはなかった。
「して、何か妙案がありましょうか」
「そうですね・・・」
目の前にいるのはある省の役人。なんでも紅林殿を昔から知っているらしい。
「最南端の領地では不治の病で多くの者が苦しんでおると報告を受けています。長官殿が宰相殿に報告をされたのですが、柳泉殿に尋ねよと言われたそうでして・・・」
また宰相殿だよ。いつか文句を言ってやろうと思ったが、残念ながら今の俺の身分ではその願いが叶うことはない。
「そもそもその地に医者はいないのでしょうか?」
「いませんな。今この国では明らかな医者不足が起きております。知識がある者が圧倒的にいないのです」
それもよく分からない。と思ったが、考えてみると日本とこの国では根本的に学問に関する仕組みが違っていた。
日本でいう公務員試験に受かれば、国に雇われた何かしらの職業に就くことが出来るのだが、それも本人の意思ではなくその試験から適性を認められたところに配属されることになる。
よもやメチャクチャな話だが、これによって重要な職業に偏りなく人がいることになっている。
農民か商人か職人か王に仕える者か、その人たちを支えているのが公務員試験っぽいもので選ばれた者たちなのだが、その人たちの意思は関係ないのが問題であり、医者みたいな特殊な知識が特に必要なものは必然的に数が減る。
さすがにやたらめったら医者にしても死人が増えるだけになると分かっているからだ。
俺は解決策を知っているが、そもそもその概念がなければ気がつかないものなのだろうか?
「まず聞きたいのはこの国の識字率についてです。一体いくらくらいの人が字を読めるのでしょうか」
「そうですな・・・。正確に確認したわけではないですが、基本的に読めるのは王に仕える者、それは使用人も含めてですな。それと商人は基本的に読めるはずです、この部屋におる文沈殿もそうでしょう」
確かに文沈は商人の子であった。
「で、この国の農民と職人の割合は?」
「職人はそこまで多くはありませんな。基本的に大都市と呼ばれている場所に集まっておりますが、地方の方に行けば減ります。それより農民が圧倒的に多いです。そうですな・・・少なく見積もっても全国民の8割、と言ったところでしょうか」
「では2割の人材しか活かせていないことになりますね」
「そうは言うても、やはり字が読めないとどうにもならんでしょう。まず農民には学ぶ場所も時間もない」
やっぱりそうだ。この世界には学校という概念がない。商人の子は将来家を継ぐために親から知識を学ぶ。臣の子も同じだ。親や知識を持つ者を師として物事を学ぶ。
しかし農民や職人は違う。子は教えを請う存在が周りにいない環境なんだ。それが代々続いていく。
「では作れば良いのです。知識のある者を派遣し子供や、ときには大人にも知識を伝える。これで最低限識字率は上げられましょう。そしてそこからさらに探求する者には専門知識を持つ者に教えを請える環境を作る」
いわゆる大学だ。
専門知識を付ければ、その先の職業を選ぶ自由は格段に広がる。
「なるほど・・・、しかしそれでも農民の子が通うものでしょうか?今までも問題はなかったのだ、必要としないかもしれませんぞ」
「そこは兵農分離と同じです。最初こそ何かしらで釣って、いずれそれが普通になればよし。そうならなくても多少なりとも字を読める者は増えましょう。これまでのような人材不足は多少軽減されると思いますが」
「ふぅ~む・・・」
唸って黙ってしまった。
しかしもう1つ気になっていることがある。
「ついでにその試験も廃止にしましょう」
「廃止とな!?」
「えぇ、廃止にしましょう。そのやり方はやはりあまりにも効率が悪い。それよりもあらかじめ医者の試験、教える者の試験といったように決めていた方が直接的に人を集められる上に適性もハッキリと分かる。問いも基礎知識とそれぞれの専門知識にすればより良いでしょうね」
どう考えてもこっちの方が効率が良いし、この世界では常識であってもやはりそれが足を引っ張っているのならぶち壊した方が良い。
「私はこれを『国試』として実行することで、宰相殿の依頼に応えることにします」
「一度戻って相談してきます。ではまたいずれ」
慌てて自身の所属省へと帰って行った。
「相変わらず柳泉様は面白いことを仰るのですね」
「そうか?文沈も面白いと思うだろ?」
文沈は難しい顔をしながら曖昧に頷いた。まぁ文沈はその廃止にしようとしている試験の首席だから、なんとも言えないのも仕方がないのかもしれない。
ただこれが海興国の人材不足を大きく改善させることになるのだがそれはもう少し先の話だ。




