34.長政と三姉妹
太陽暦1305年1月初旬 柳泉
「そこへ」
「はい」
呂伏殿に呼ばれた俺は、早速主様への部屋へと通されていた。
こうして主様と2人っきりで会うのは初めてだ。
「此度重要な案件が発生した。よって臣らに意見を聞こうと思っておる」
「重要な案件ですか?」
主様は扇子で床をポンポンと叩きながら、俺をジッと見ている。
「朱光に縁談の申し入れがあった」
「それはおめでとうございます」
俺の恩人である朱光様に縁談とはめでたい話じゃないか。
しかし、主様の顔色は優れない。どうやら俺の答えは間違えだったらしい。しかしどういうことだろうか。宰相殿の元で学んだことを思い出した。
王国や国を興している主やその血縁者は、複数の妻を娶ることがある。主様がまさにそうだった。
それに主様の亡き父もそうだったらしい。主様は一ノ妃の長子、白轟様は二ノ妃の次子。この2人は異母兄弟だったということになる。
そういう事ではあるのだが、その立場にある人間の一ノ妃はだいたいが強い権力を持つ者が後ろ盾としている。
朱妃様は現帝の孫だし、主様の母親も当時は名の知れた領主の娘だったらしい。
二ノ妃以降はだいたい嫁いだ順になる。
そういう理由もあって、王やその子息は一ノ妃を慎重に娶るという文化があるようだ。
主様の顔色が悪いのは、相手に不足があるということなのだろうか。
「聞いたことはあるか?北の近陵という国を」
「えぇ、最近代替わりがあった国ですね。先日水月様に教えて頂きました」
「そうだ、その新当主から娘を朱光に嫁がせたい。婚姻同盟をと使者を送ってきたのだ」
頭の中で地図を思い描いてみた。
海興国の北側はわりと山に囲まれていて、唯一平地で移動しやすいのが近陵国と接してる地域だ。
しかし、前当主との関係は冷え切っていて海興国の商人が近陵国に立ち入ることを禁じられていた。よって、危険な海上ルートを進んで山脈を迂回し太陽大陸の東側にある港から帝都を目指していた。
陸上ルートは危険が少ないが輸送容量も少ない。海上ルートは危険が多いが輸送量が多い。メリットデメリット複数あるが、やはり陸上ルートを確保するに越したことはない。
現に海興国の北側を拠点にしている商人からは、一刻も早い通商協定を望んでいる。
「しかし近陵国は、隣国の越内国と半永久的な同盟を結んでいるのではありませんでしたか?」
「それよ、越内国とは何があってもわかり合えん。有事の際に近陵の者らがどう動くかが不安要素になる。そもそも奴らをどこまで信じて良いものかも分からん。柳泉、ぬしは如何思うか」
ん~、正直結んでも良いと思う。しかしこの話は、アレに似ているな。
名前もそれとなく似ている気がする。
俺が考えていたとき、主様の側仕えがお茶を持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
茶碗を見ながらじっくりと俺の考えをまとめた。
「どうか?」
「婚姻同盟は現状害のあるものとは思いません。ここ数ヶ月東で怪しい動きがあります。宰相殿をはじめ、白轟様や有力な臣の方々も気にしておられるようです。南以外に友好関係を結んでいる国が無い以上、全力で東にあたれないでしょう。であるならば、唯一平地で接している近陵国と同盟を結んでもよろしいのではないでしょうか」
東でどうもきな臭いことが起きている。近いうちに領監部で行われる各領地の視察は早めに東を巡ることが決定された。
俺の初仕事ということもあって、初っ端に紅林殿の補佐という形で一緒に向かうことになっている。
「であるか。では先ほど何を悩んでいた。懸念事項があるのならば述べよ」
「私はこれに似た事を、元の世界で知っています」
「その話詳しく話せ」
俺は織田信長と浅井長政の話をした。
足利将軍を京へ戻す尾張からの道中には敵対する領主が多くいた。信長は浅井長政に妹の市を送って婚姻同盟を結んだが、浅井家の盟友である朝倉家を信長が攻めている最中に裏切って背後を突いている。
決死の撤退戦で信長は生き延びたが、婚姻同盟は無くなりその後浅井・朝倉両名は滅んだ。
まぁ歴史なんていうものはどこまでが真実か分からないし、後世の人が伝えたもので話がすり替わっている可能性だってある。
ただ似たようなことなのだから注意するに越したことは無い。そう主様に言った。
「なるほどな。ぬしの懸念ももっともであろう。にしても信長か・・・」
今度は主様が考え込んでいる。
「どうかされましたか?」
「・・・いや何でも無い。貴重な話を聞けた。紅林に聞いたぞ、これからしばらくは各地を巡るようであるな」
「はい、まずは自身の目で確かめようと思います」
「励めよ、そちの部下は全員そちを認めておる。部内を纏めること自体はたやすかろう。ただし新たな部署、武官を監視する新たな機関ということで周りの目はあまり気持ちの良いものではなくなるであろう。我の期待に応えてくれ」
「はい」
俺は部屋を出て、領監部棟へと戻った。
にしても、本当にそっくりだ。近陵国の現当主の名前が江政長。越内国の当主一族が朝家。極めつけが朱光様に嫁ごうという長女の名前が江初淀。漢字をよく見てみると、有名な浅井三姉妹の名前と同じだった。
淀は茶々、豊臣秀吉に嫁ぎ、秀頼とともに大阪城で果てた人物。
初は浅井家の主筋に当たる京極家の当主であった京極高次に嫁いでいる。
江は数度の結婚の末、徳川秀忠に嫁いでいる。
そんな有名な3人の名前が1人に纏まっている。嫌でも浅井朝倉の同盟と裏切りを思い出してしまう。
しかしこの場合は好都合と捉えるべきかも知れない。
万が一を想定できた今なら織田信長の金ヶ崎みたいなことにはならないはずだ。
「柳泉様、おまちしておりました。少しお話があります」
領監部棟に戻ってきて早々、冬椿に捕まった。
紅林殿が苦笑いをしながら俺を見ている。
「・・・あぁ、わかった」
これから奥で一体何が始まるというのだろうか。ため息が漏れてしまった。




