35.母というもの
太陽暦1305年1月初旬 高白麗
柳泉と話し終えた後も、呂伏に命じて複数の臣らを呼び寄せた。
全員に朱光と近陵国との婚姻同盟のことを問うた。そして全員が全員、同盟を結ぶべきだと言った。
近陵国は、まだ帝家と関係を結んでいないものの周辺国との関係は良好で格式も低いわけでは無い。
我が国が興る前より長く栄え、その政治も安定している。
朱光の一ノ妃として、娘を迎え入れるのも悪くは無いだろう。柳泉が申しておった懸念も考慮した上で我らは同盟を結ぶべきだ。
「主よ、柳泉はなんと申しておった」
「現状は利のある同盟だと申した。気をつけるべきは、北方の問題がいよいよ抑えきれなくなったときであろうとな。あの者の世界で似たような事があったようだ」
宰相殿は頷きながら聞いていた。その姿に柳泉を心配しているのが見て取れる。
「随分と可愛がっておるな」
「馬鹿を申されるな。と言いたいところではあるが、あやつはよくやっておる。一定の理解者はいようが、結局よそ者はよそ者。弱音を吐かんことに感心したものよ」
「ふふ、やはり柳泉は厄介な者に目を付けられたのだな」
不快そうに宰相殿が目を細めておる。愉快であるな。
「ところで希京のことであるが」
縁を切ったとはいえ、元は我に嫁いだ者。やはり希京のことは気になる。
「心配するでない。周冬椿には気に掛けるように伝えてある。あの者は世話好きであるからな。今頃お節介でもされているのではないか?」
宰相殿はおかしそうに笑った。
気に掛けているというのは真であろうが、実際のところ柳泉を困らせたいだけかもしれんな。
「で、宰相殿は如何思うのか」
「朱光様のご結婚真めでたい話ではないか。その話、進めても問題ないであろう。何か起これば、父である主が、宰相である我が、それにあの知恵者である柳泉が、忠誠を誓っておる者らが助けになろうぞ」
「では、何も問題ないな。その方らがおれば怖いものなど無いわ」
気がつけば我は抑えること無く笑っておった。宰相殿も珍しく我に合わせて笑っておった。
宰相殿が部屋から出て行った後、呂伏に申しつけ、朱光と朱陽を呼ぶ。
すぐに2人は我の部屋へとやって来た。
「旦那様、朱陽と朱光にございます」
「入るがよい」
扉が開き、前に朱光が、後ろに朱陽が立っておる。2人は小さく頭を下げて我の前に座った。
「して私たち2人にどういったご用でしょう?」
「うむ、実は今日北の近陵国より使者が参った」
「近陵国にございますか?最近、当主が替わったようですが、それと何か関係があるのでしょうか」
このあたりの話は雄全に聞いたのであろう。周辺国の情報に興味を持つことはいいことである。
「そうだ。新たな当主になった江政長より娘を朱光に嫁がせたいと申してきた。我としては喜ばしいことだと思っておる」
「旦那様はその話を受けるべきだと申すのですか?」
朱陽の表情はやや険しい。やはり朱光は一人息子である。嫁探しに慎重になるのはわかる。だが嫡子の妃など、好意1つで決められるものでも無い。
それは本人が1番知っていように。
「我は、な。あと主だった臣らにも話を聞いた。その者らも全員がめでたい話だと言っておったわ」
「ですがそれはあまりにも・・・この子はまだ13にございます」
「であるな。我がそなたを帝家より迎えたのも16のときであった。それを思えば、早い方であろう。ただあくまで我や臣らが賛成したのはこの国を守ることを優先した話である。朱光、そなたはどう思うておる?」
黙って我と朱陽の話を聞いていた朱光は如何思っておるだろうか。
「私は・・・その話お受けするべきだと思います。昨年、龍尾の郷に滞在したとき東の方がきな臭いと、商人が申しておりました。東で何かが起きたとき、やはり周囲に敵がおれば満足にことにあたれますまい。私も父の子なれば、父の手伝いがしたいと思います」
「・・・朱光は本当にそれで構わないのですか?会ったこともない相手と結婚するなど」
「母上もそうだったと父上に聞きました。最初は全然心を開いてくれず困ったとも言われていました。ですが今では、そんな話が信じられないほど仲がよろしいではありませぬか」
朱陽がキッとこちらを睨んでおる。それが照れ隠しだということを我は知っておるがな。
「しかし、それは結果に過ぎません。上手くいかぬかも知れません」
「それでも私は婚姻同盟を結ぶべきだと思います。どうか私の言葉を信じてください」
朱陽に向き直った朱光は深く頭を下げた。
「信じてやれぬか?」
「・・・」
朱陽は黙ったままである。朱光は根気強く頭を下げておる。
「一度その娘に会えませぬでしょうか」
「会ってどうする?反対するか、それとも見極めるか」
「私の想いを告げまする。そして朱光に嫁ぐ覚悟があるのか問いまする。そこで納得できなければ、例え朱光の下に嫁いだとしても、我は決して関わりませぬ」
困ったものよ。
「ではそう使者を出しておく。一度面通しをしたいとな」
「ありがとうございます」
1人朱陽だけが先に出ていった。
「もうよいぞ、朱光」
朱光の顔は落ち込んでいるようであった。
「いつまでたっても私は母上にとって幼子のままなのでしょうか」
「親とはそういうものよ。我はぬしと同じ年の頃、立て続けに父と母を亡くした。そして自らの手で兄と弟を討った。当時残った一族の者は白轟のみになった。やはり寂しいものだと思ったぞ。朱光のお婆さまも大層な世話焼きでな、我らの兄弟喧嘩を穏便に収めるために自らの命を賭けたのだ。母とはどこまで子が大きくなってもそういうものなのであろう。朱陽も朱光を心配しているのだ。分かってやって欲しい」
「それは・・・わかっております。もう一度母上と話して参ります。たとえ母上が心配してくれているのだとしても、私にも折れることができないこともございますので」
朱光もまた一礼して部屋を出ていった。
「呂伏、おるか」
「ここに」
すぐに扉の外から声が聞こえた。
「先の話聞いておったな。すぐに使者を出せ、近いうちに一度長会談を行うつもりだと。その用意をしておくようにとな」
「はっ」
呂伏が遠ざかっていく。
果たして江初淀とはどのような娘なのか、果たして朱陽が納得できる娘なのだろうか。
真楽しみなことであるな。
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