33.領監部始動
太陽暦1305年1月初旬 柳泉
領監部にて近日中に始まる王国各地の領内視察の準備をしていたとき、紅林殿に呼ばれて部棟から出た。
「これは呂伏殿ではないですか」
「お忙しいときに申し訳ない。主様がお呼びですので、数刻中にお迎えに参ります」
「わざわざありがとうございます」
部屋の外で話しているのだが、やや開いた扉の隙間からこちらの様子を伺っている部下の皆さん。
話し相手が尚書令の呂伏殿だと知って、嬉しそうな顔をしている者も数名いる。
補佐長についてから知ったことだったのだが、ここに配属された者らは自薦他薦あるものの、俺がこの国の者ではないことを知った上で志願してきたらしい。
自分で言うのも恥ずかしいが、皆俺を認め、ともに仕事がしたいと思ってくれたのだ。
「ではまた後ほど」
呂伏殿が自身の仕事場に歩いて行くのを見送ってから、棟の中へと戻った。
「補佐長様、一体呂伏様はなんと?」
最初に俺の元にやって来たのは、『旺輝』だ。1つ年上である。そして1番慕ってくれている。
なんでも、昨年秋の恵楽の戦いに1つ上の兄が従軍していたらしく伏兵部隊として森に潜んでいたようだ。
見事手柄を立てたその兄は李将軍の子息である李白雲殿の弓兵部隊の1隊を預かるまで出世した。そして兄伝手に釣り野伏せのことを聞き、俺の元へとやって来たようだ。
ちなみに旺家は王国北部に領地を預かっており、旺輝は現当主の三子にあたる。
「あとで迎えに行くから用意しておくようにとのことです」
「それは主様からのお呼び立てでしょうか?」
まわりの者らが聞き耳を立てているのも分かった。今は極力手を止めて欲しくない。
チラッと紅林殿、そしてこの部署唯一の女性である『周冬椿』に目配せをする。
「旺輝!柳泉様が困っておいでであろう」
冬椿は宰相殿推薦でここにやって来た文才豊かな人だ。事務仕事が圧倒的に多いこの部署で1番といって良いほど仕事が出来る。
そして平均年齢の若いこの部署で姉さん的ポジションで皆を引っ張ってくれている。
「わ、わかってますよ。冬椿殿」
うぬぬ、とでも言いたげな顔で返事をする旺輝。・・・正直頭の中でとは言え、年上を呼び捨てにするのは辛いところがある。
しかし年上でも周冬椿は俺の部下、それは旺輝にも言えるし他の者らも同様だ。
それだけはどうしても認められなかった。
ちなみに俺は紅林殿の部下という扱いに無いらしい。長官や副長官、補佐長は宰相や主様に決定権があるため、横の並び的にほとんど平等な立場と言えるからだそうだ。もちろんその中にも上下関係はある。
わかりやすいのは、大将軍である白轟様と大西将軍である李将軍は主様から見れば同じ位の立場になるが、本人達から見れば大将軍の方が格上という存在になる。
まぁその辺りは本人達次第で、互いの合意があればそこまで身分に縛られる必要は無いのだ。
その最たるものが、主様と宰相殿の関係である。
普通宰相といってもあんな無礼な口調を許されるわけが無い。あれは主様が許しているから成り立っているだけなのだ。
それを聞いた時は流石に安心した。宰相殿の下にいたときはいつもヒヤヒヤしていたんだ。
「皆も手を止めてはいけません。我々の仕事は視察だけでは無いのですからな」
紅林殿が全員に向けてそう言う。すると全員がまた手を動かし始めた。
俺は小さく2人に礼をしておく。紅林殿は笑っておられたが冬椿は困った顔だ。
この部署にはこの2人の他に、『桜慈子』・『桜慈栄』という双子、『奏徳』という最近海興国に従属した領主の弟、『歩文沈』という商人の息子、『春岳』という高白轟様推薦の武人が勤めている。
これからもう少し人が増える予定ではあるが、初期メンバーはこの7人に俺と紅林殿を含めた9人。
俺達の仕事は、紅林殿がいったようにこれから始まるのだ。
人物紹介(領監部部下編)※人物紹介の年齢は1304年の時のものです。
旺輝(19):王国北部に領地を預かっている旺家の三子。
奏徳(25):東方諸国で近年唯一海興国に従属した領主の弟。
春岳(18):高白轟推薦で出仕。武人であり、事務仕事が苦手。
桜慈子(17):桜慈栄の双子の兄。実家は本家筋が途切れたため断絶。別の臣に保護された。
桜慈栄(17):桜慈子の双子の弟。
歩文沈(23):恵楽を拠点にしている商人の次子。昨年末の役人採用試験の首席。
周冬椿(32):陸桂葉推薦で出仕。文才豊かで事務仕事が得意。領監部の姉さん的存在。




