20.裏切り③
裏切り②の冒頭で、年月が8月となっていましたが正しくは7月です。訂正済みです。
太陽暦1304年7月下中旬 金武稜
儂の部屋へと駆け込んできたのは側近の『夏玄明』と軽鎧姿の伝令であった。今この国が戦をしておるのは恵楽の地しか無い。であれば、勝ったという報告だろう。
ふむ、思ったよりも早く決着が付いたようだ。
「武稜様、急ぎこの者から話があるとのことでございます。如何いたしましょうか」
「ここで聞く。その方、話せ」
「はっ!」
しかし、この伝令の者がなかなか話そうとせん。じれったく思い、足を揺すった。
「全て話せ。あとは私がお話しする」
先に聞いていたのであろう玄明の言葉が耳に入ってくる。目の前の2人の表情、そして言い出すことが憚られる伝令。嫌な予感がした。
「け、恵楽の地にて御味方敗走。多くの将が李雲玉によって捕縛、兵も約半分が李白雲の率いた部隊にやられ、生き残った者も散り散りになりもうした」
「なっ!?武錬はっ!息子はどうなった!!」
「武錬様は少数の護衛と共に燕城を目指している最中でございます。しかし物資は無く、馬も走らせることが出来ませぬ。どうか撤退の支援をして頂きとうございます」
「・・・わかった。詳しいことは武錬が帰ってきてからにする。そちは支援隊の先導をするためにしばらく残れ」
「ははっ」
軽鎧の伝令は部屋から出て行った。
それにしてもまさか負けるとは思わなかった。
「何か聞いておるか。玄督からは何も言うてこんのか」
「兄からは卑劣な罠に陥れられた、と。夜襲に伏兵、これまでにない策に味方の動揺は凄まじかったと聞きます。先の伝令にあった将の捕縛の件ですが」
最初は武錬が捕まったのだと思った。周りは山で囲まれ、特に産物も無いこの国だ。解放のために銭を吹っ掛けられれば、交渉によって取り返すことなど無理。結局は儂が兵を率いて奪還せねばならん。それで海興国を倒せても武錬を後継者にすることはもう出来ぬであろう。
しかしだからといって、あの出来損ないに跡を継がせる気は無い。あれは我が一族に不要な人間だ。こればかりは頭を悩ませる。
「で、誰が捕縛されたのかは分かっておるのか」
「武錬様にお付けになった金武扇様、韓羽甲将軍、猿楽毅将軍、・・・・・・・・・現状把握できているだけでもこれほどでしょうか」
ここまで散々ため息しか出なかったが、玄明の捕虜にされた者どもの名を聞いて1つ息を吐くことが出来た。そうか、ちょうどいい者らが捕まったことだ、と。
「玄明よ、近う」
「はい」
声を小さくしても聞き逃せないほど近づく。ここから先は他言無用な話である。
「羽甲と楽毅の一族を捕らえて牢へ入れろ。武扇はその直系に繋がる者どもを邸宅に監禁せよ。一人たりとも外へ出すことは許さぬ。そう伝え兵を動かせ」
「どうするおつもりでございますか?」
怪訝そうに見るな。これは我が国が将来乱れないための一手なのだ。ただ、そうは言わんがな。言えばこの男必ず反対するであろう。
「この敗戦の責任をとらせる。まだ大将として慣れていない武錬を支えるようにと申しつけたにもかかわらず、ここまで惨めに負けたのだ。その責はその者らにあるであろう」
そして空いた家に人をやり、海興国との密書を見つけ出したと報告させる。もし解放されても、裏切りの汚名をかぶせて処刑し、族滅させる。解放されずとも一族の者どもを裏切り者の親族として処刑し、他の者への見せしめとする。武扇、楽毅、羽甲は親道明派の中心どもである。その者らに敗戦の責を押しつけ、なおかつ裏切り者として排除すれば道明を表立って支持する者も減るであろう。
「よろしいのですね?そのお三方は古くより武稜様に仕えておる方々です。臣の信が離れかねませんが」
「それでもせねばならん。甘さなど不要だ」
それにしてもまさか負けるとはな。刈り入れ時のギリギリまで儂自らが兵を出し、海興国の兵糧を圧迫した。協力者の支援の元、大量の兵糧を得ていた我らは仕上げとして、そして跡継ぎとして功績を挙げさせるために武錬を大将として軍を出した。あわよくば、親道明派の臣どもを不手際の責任を負わせて排斥するつもりであった。ここまで手配しておいて、結果成功したのは、不要な臣の排斥のみ。
・・・頭が痛い事だ。
「ではそのように手配いたします」
玄明も部屋から出て行った。そこでようやく一息つけたというものだ。臣の前でため息などはけぬ。舐められれば終わるのだ。儂はそうやってこの国を治めているのだから。
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太陽暦1304年8月上中旬、海興国の捕虜とされており帰還した親道明派の将らの一斉粛正が行われた。これによって道明を支持する者は、少なくとも表立ってはいなくなった。韓家、猿家その他複数の一族は族滅させられ、従兄弟であり数少ない親族衆の武扇は投獄、妻と甥と姪、叔父夫婦は自宅への謹慎が申しつけられた。
恵楽での戦はこれが最後となり、敗走する燕の兵を追いながら放棄された城を接収した海興国は14年ぶりに国境線を変更した。燕国での大粛正は、太陽大陸でも最大級の規模となり、将来を憂いた武稜のこの措置は結果的に燕国をさらなる混迷へと陥れることになったのだった。
人物紹介
たぶん紹介されていない方を1人
夏玄督(34):元武稜の側近。武錬初陣を機に配置換えされる。武錬に大将としての心構えなどを説いており、師として信頼される。
夏玄明(30):金武稜の側近。夏玄督の弟。兄弟仲は良くも悪くも無いが、兄が武錬を推しているのに対して、自身は道明を推している。派閥には属しておらず、武稜にも目を付けられていない。




