21.不審な収支
新章突入します。
太陽暦1304年12月上旬 柳泉
俺がこの地にやって来て、もうじき半年が経とうとしていた。
部屋の外を見てみれば、今日も雪が降っている。日本にいた頃には当然の景色だったし、ストーブで温まった部屋でこたつに入って食べるミカンは格別だった。俺は冬が好きだったんだ。
ただし、こちらに来てそうも言えなくなった。まずストーブが無い。まぁ当然だ。
そしてコタツ?みたいなものはあるが、懐かしさは感じない。普通にやけどの危険性もあって、おちおちうたた寝することも許されない。そんなわけで嫌いとまではいかないが、ただ寒いだけの冬を好きでは無くなってしまった。
唯一俺に暖を提供してくれるのは、今羽織っているマントのみ。これは王宮御用達の商会『青海商会』の交易品から買ったものだ。
青海商会とはこの国最大の貿易商会であり、商会主の『漢水月』は二ノ妃である月姫様の兄にあたる。宰相殿に目を掛けて貰っていると知って色々そろえてくれているのだ。
そして俺自身はというと、本当にあれから後宮に戻っていない。この執務室に備え付けられた小部屋を借りて、日夜宰相殿の元で勉強という名の雑用を押しつけられていた。
そしてここ最近は、あまり何も言われなくなったのだが宰相殿が1人で唸っていることが多くなっていた。今もほら、中央の机に腰を掛けてウンウン唸っている。
「どうかされました?」
つい声をかけてしまった。今までも首を突っ込んで良かった事なんて一度も無かったじゃ無いか。顔に出さないように後悔しつつ、宰相殿の返事を待つ。
「これを見よ」
ポイッと投げられた紙には、例の如く先月分の様々な物資の収支が計上されている。のだが確かにおかしい点があった。
「なんで食料の消費がこんなに多いんでしょう?」
「それよ。兵農分離の策は見事なほどに成果を出した。禄として帝銭を支払っておるから、銭の支出は増えておる。これはいい。じゃがあれ以降戦が無いにもかかわらず、食料の消費が抑えられておらん」
これでは兵農分離を行った意味が半分なされていないことになる。しかしこれといって不自然な報告があるわけでも無かった。
「調べる必要がありそうよな。おぃ、『張義涼』を呼んでまいれ」
側に仕えていた使用人へと声をかける。普通は宰相とは言え、そんな人いないのだが彼は陸家の使用人らしい。陸桂葉が宰相へとなったときからずっと側に仕えているそうだ。
そしてそれから数分後、
「張義涼でございます。何か某に用がおありと聞いて参りました」
この張義涼とは、宰相殿の部下の1人で俺の事を最初に認めてくれた青年であり、その父は物産省長官殿でそれなりの家系の出でもある。
「ぬしは義京より何か聞いておらんのか?」
「食料の支出が多いことでございますね?父からは何も聞いてはおりませぬ。その代わり副長官である『秋幕林』殿は調査すると仰っておられました。なにぶん父は荒れた恵楽以西の地の視察に行っておりまして・・・」
申し訳なさそうにしているのは、宰相殿の顔がどんどん曇っていったからだろう。その気持ちよく分かるわ~。
この3ヶ月ほど、住み込みになった俺は良くも悪くも長く宰相殿と一緒にいる。機嫌が悪くなれば、その火の粉は俺に降りかかってくるんだ。そして口では一切勝てない。もちろん手を出した事なんて無い。
宰相殿は機嫌が悪くなると、徹底的に論理的に追い詰めてくる。精神的に病んでしまいそうになったことも多々ある。だから義涼さんが恐れるのもわかる。
「ぬしの父の目は節穴かもしれんな。何故このような異常事態に、国の内政の全権を預かっておるわらわに何も言わんのか」
「申し訳ございません」
そう、こうなったら何を言っても無駄。ひたすら謝るしか無いんだよ。義涼さんには申し訳ないけど、俺は関わりたくないから余り見ないでおこう。
視線を2人から外したとき、
「柳泉よ、そちが物産省に直接赴き秋幕林副長官と共にこの一件調査せよ。わらわが書状を出す。そちの言葉はわらわの言葉と思えと書いてやるから必ず成果を出して戻ってこい。何も掴めていないのに戻ってきたら承知せん」
こういうことになるから関わりたくなかったんだ。幸いにも物産省には兵農分離の件で何度も俺自身がお世話になっている。
まぁつまり幸いにもそこまでやりにくい仕事でも無いと言うことなのだ。
「はぁ・・・」
人物紹介(過去・今回登場人物紹介編)
誰を出したかもはや分からないので、被っている可能性もあり
後宮関係者
朱妃(30):一ノ妃。元の名は朱陽。大陸守護家現帝の孫娘。海興国建国の折に帝家と高家の婚姻関係を結ぶために妃として出された。子に朱光がいる。
月姫(28):二ノ妃。元の名は漢月華。海興国最大の貿易商会「青海商会」の商会主である漢水月の妹。子に星蘭がいる。
高星蘭(7):月姫の長女。10歳になるまでは後宮からほとんど出ることが出来ず、腹違いの兄である朱光とはあまり会えていない。さすが商人の血が流れていると思わせる言動がある。
今回登場
漢水月(35):「青海商会」の商会主。父の跡を継いで以降、手広く商売し、海興国一の商会にする。その後王宮御用達に任じられ、妹の月華を高白麗の妃とした。




