19.裏切り②
太陽暦1304年7月下中旬 金武錬
天幕から出たとき、騒ぎで気がつかなかったが雨が降っていた。
俺の姿を確認した家来どもが、慌てて俺の元へと寄ってくる。
「敵を追撃するとは真ですか!?」
「これはきっと罠ですぞ。相手はあの李雲玉なのです!」
オレに対して、不必要で士気の低下に関わる愚かな問いを仕掛けてきたのは、親父よりこの戦で使えと預けられた『韓羽甲』と『猿楽毅』だった。こいつらはオレの兄である『金道明』を後継者にと推している連中であり、そんなことは親父も知っているはずだが、何故か今回オレの下へと付けた。
オレは最初から断ったのだ。連中はオレが手柄をあげることを必ず邪魔してくる。だからいらぬと申したのだ。それでも親父は連れて行けと言った。案の定こうなった。
「だからどうした!その雲玉は逃げていくではないか。この好機を逃せば、次いつ機会がやってくるのかわからんのだぞ!」
馬を連れて来た兵士から手綱を奪い取る。こんなところでモタついていいわけが無い。
オレは・・・
「これより夜襲でしか勝てぬと我が陣に飛び込んできた愚か者どもを討つ!手柄をあげた者には褒美を約束しよう!!!」
オレの言葉に多くの兵どもが雄叫びを上げた。士気はあげた。
「オレに続け!!!」
馬の腹を蹴って走らせる。
目指す場所は、この地より北にある森の中。森の中に逃げ込めば、安全だと思ったのだろうが甘いわ!どこまでも追いかけて膝を付かせてやる!
「若!お逃げください。ここは我々が!」
森の中に火を掛けながら進んだ。雨のせいで火の広がりは悪い。地はぬかるみ馬の足も遅い。そんなもどかしい進軍中、気がつけばオレ達は包囲されていた。
「オレに逃げよと申すか!この程度の兵、オレ達の敵では無い!」
正直なところ逃げ出したい。こんな森から一刻も早く出たい。しかしここで敵に背を向ければ、オレに誰も付いてこなくなる。そんな気がした。
「死ねばどうにもならん、武錬!逃げよ!!」
オレの叔父である『金武扇』は、身体を張って敵の攻撃をオレに届かないように防ぐ。
くそっ、こんな惨めに負けるのか!?
オレの意思とは別に足は森の外へと向いていた。
「必ずここに戻って来るからな!それまで耐えよ!!」
家来どもが足止めをしている間に敵の包囲網を突破したオレと護衛の者どもはどうにか森の外へと逃げ出した。
これから本隊を率いて、森の中の者どもを一掃してやる。受けた侮辱は何倍にしてでも返してやる。そんな意気込みをしたオレの前には、もはやそこに陣があったとも思えぬ惨状の跡だけがあった。
「これは・・・」
「若、撤退しましょう。本隊が壊滅した今、我らのみでは勝てません」
「オレは負けたのか!?あれほど優位に戦っていたというのに・・・」
手のひらからは血が流れている。傷を負わされたのでは無い。オレは自らの手で後継者の座から転げ落ちたのだ。そう思い強く手を握りしめていた。
「まだ終わってはおりませぬ。生きて城に戻り、領主様に再戦を誓いましょう。叱責はされても、あの方が後継者になることなどあり得ぬのですからな」
玄督の言葉はすんなりと入ってくる。そうだ、親父は兄を嫌っている。継承権を持つのは我ら兄弟2人のみ。あの不出来な者では国を治めることなど出来まい。ましてや東進など出来るはずがない。
「帰るぞ。我らが国へ。そして今度こそ奴らを打ち負かす」
「御意でございます」
不本意ではあるが我らは少数の味方と共にこの地から撤退した。
人物紹介(今回登場人物編)
金道明(20):武稜の長子。二ノ妃が母であること、海興国との同盟を推しているため父武稜に疎まれる。
韓羽甲(51):金道明派の金武稜の家臣。
猿楽毅(56):金道明派の金武稜の家臣。
金武扇(45):金武稜の従兄弟。金道明を後継者に推している。




