16.後宮を出て
太陽暦1304年8月終旬 柳泉
俺は無言で頷いた。よく分からないが、目の前の女性は試そうとしている。そう察した途端に急に空気が重くのしかかってきたように感じた。
「合格だ。ついてまいれ」
「ご、合格って、ちょっ、どういうことですか!?」
俺の言葉は聞こえているはずだが、一切返事は無く部屋を出て行ってしまう。
「なんだよ。っていうか桂葉って言ってたよな?誰だっけ・・・」
どこかで聞いたことのある名前だと思ったんだが、どこだったかがまったく思い出せない。「早く来い」と叫ばれたのをきいて慌ててあとを追った。後宮ですれ違う侍女らは、この桂葉という人物を見て慌てて頭を下げている。少し怯えたように見ているのは気のせいだろうか?
あと少しで後宮を出るといったところで、これまで散々お世話になった人の姿が見えた。その人は侍女らと違って頭を下げない。むしろこちらをジッと見ていた。
「まさかあんたが認めるなんて驚きだね」
「何を言うかと思えば、こんな逸材を1ヶ月も眠らせていたことに驚きだ。何故誰も気がつかなかったのか。こやつはしばらくわらわが預かる。当分こちらにも戻らんだろう。一ノ妃にもそう伝えておくがよい」
桂葉という人は、主様ですら気を遣う美麗様にも遠慮の無い口調で話していた。それも嫌味をたっぷりと含めて。っていうかなんで俺はこんなに過大評価されているのか。
「ちょっと待ってください!俺しばらくここに戻れないんですか!?何もきいてないんですけど」
「言ってないからな。そもそもぬしに拒否権など最初から存在せん。言われたとおりに動けば良いのだ」
「だとすればせめて朱妃様に挨拶だけでも」
スッと目が細められたのが分かった。背筋がゾゾゾッと寒くなる。人生で初めて感じた、あれが殺気だというのだろうか。
「どうやら自身の置かれた状況が分かっていないらしい。すでにただの居候では無いのだよ。いつからだ、と聞きたそうだな。恵楽の地で燕の者らを完膚なきまでに叩き潰してからだ。知らぬとは言わせんからな」
と言うことらしい。思考を読まれているわ。迫力が凄いわ。もうこの人に文句を言うのは止めよう。正直、呂登さんより怖い。
「すっかり桂葉に怯えて、かわいそうに」
先ほどまで険悪な雰囲気だったにもかかわらず、俺の大人しい様がツボにはまったのか楽しそうに美麗様は言った。
「わかったわ。奥方様方には伝えておく、その代わり柳泉をよろしく頼むよ」
そう言ってこれまでの侍女達と同じように頭を下げる。
「任せよ」
頷く桂葉という女性は、そのまま後宮から出る。俺もついて出た。
しばらく歩いているが、すれ違う男の人たちもほとんどの人が頭を下げていた。
唯一下げなかったのが主様。
「柳泉よ、もう宰相殿に魅入られたか。これから忙しくなるであろうな」
「主よ、失礼なことを申すでない。我は才ある者を適切な場所に置いているに過ぎぬ。その者が忙しくしているのは我の責任であらず。その者の怠惰である」
「ふむ。呂伏にはそう伝えておこう。精進せよ、とな」
「では頼もうかの」
主様ですら遠慮する存在。そして宰相という言葉。これまでの会話で1人の人物の名前を思い出した。初めて主様と会った日、鉱山開発の功労として褒美を与えられた人物の名前は陸桂葉と言っていた。
「なんだ、我の顔をマジマジ見て。惚れたのか」
「いえ・・・まさか、桂葉様がこの国の宰相様だとは知らず」
「驚いたか?」
「驚きました」
なんでそんなに嬉しそうな顔してるの?これまでずっとからかわれたの?もしかして実は凄く良い人なの?
「驚いたそうだぞ、主よ」
「そうやって呂伏もだまされたのだ。いや、それで言うのであれば朱光もそうだったな。柳泉よ、宰相殿は厳しいぞ。強い気持ちで付き従わねば心をやられることもある。ただしそれを乗り切れば、我が守らずとも周りの臣らも認めるであろう。頑張るのだぞ」
そう言って主様は通り過ぎて行かれた。
流石に宰相殿も頭を下げている。まわりの官らは、チラチラと俺らを見ながら通り過ぎていく。
・・・そっか~。俺大丈夫かな。




