15.品定め
太陽暦1304年8月終旬 柳泉
あれから約1ヶ月の月日が流れた今日、約束通り俺には報償が与えられた。俺の望みはやはり身の安全1つ。それ以上は望まないし、望めない。こちとら養ってもらっている立場なのだ。
大広間から出て行く家臣の皆さんの顔といったらもうたまらなかった。
全員が出ていき、隣に座る雄全殿と少し話をして分かれた俺は、やはり部屋へと戻ってきた。
「ん~暇だ。さすがに王都は巡りきったし、妃様たちの部屋に頻繁に話しにいくというのも、後々何を言われるかわからん。う゛ぁ~暇」
机に頬杖をつき、ただボォーッと外を眺めていた。
遠くから足音が聞こえる。パタパタという音が聞こえる。この足音は星蘭ちゃんだろう。しかしもう1人分の足音が聞こえる。月姫様だろうか。
「りゅーっせん!」
ガタガタッと扉を開けると同時に部屋に飛び込んできたのは、やはり星蘭ちゃんだった。自らの服を踏み、危うくこけそうになるから受け止めてやった。
「またお母様に怒られますよ?」
「バレないから大丈夫よっ」
エヘヘと笑う彼女の後ろから、もう1人の人物が姿を現した。
てっきり月姫様だと思っていたが、違ったようだ。・・・というか知らない人だった。年は・・・、若くみえるが朱妃様より少し上くらいだろうか?っていうかめっちゃ見られてる?
「あっ、別に変なことをしていたわけでは」
慌てて星蘭ちゃんから手を離す。後宮の人であれば、よそ者の俺が星蘭ちゃんを受け止めたそのままの状態で止まっているのを見るのはいい気がしないだろう。
「桂葉様、この人がりゅーせんよ」
「そのようですね。ではこちら約束のものです」
その女性は、星蘭ちゃんに何か丸いものを渡した。
「対価はしっかり頂いたわ!」
そう言うとまたパタパタと走って部屋から出て行ってしまった。にしても流石大商人の孫。普通の7歳はあんなこと絶対いわない。少なくとも日本で生まれ育ったら・・・。
「あ、私を探していたようですが」
話しかけてみたが無言で睨まれている。え、俺この国で嫌われすぎじゃね?
「わらわの前で取り繕う必要はない。素でいよ」
「あ、俺に何かようですか」
小さく頷いた。どっちの意味か分からない。俺に用があるのか、それで良いという意味なのか。
何も言われないまま数十秒。耐えられなくなってもう一度話しかけようとしたとき、バサッと紙の束が投げ渡された。当然困惑する。
「その数字を頭に入れよ。全て」
「全て!?ん~?」
紙自体は数枚程度なのだが、その中にはびっしりと数字と文字が書かれていた。
途中まで読んで気がついたが、これは食料と金の収支のデータだ。いくら収入があり、いくら支出があった。そんなところだが、細かな項目が大量に並んでいて頭が痛くなってくる。それからしばらく眺めた。いくつか分からないこともあって全てを把握するのは難しいが、なんとなくなら理解できた気がする。
顔を上げると、その女性はまだジッとこちらを見ていた。
「どうだ?」
「いくつか質問があります」
「許す。なんでも聞け」
その態度と話し方。よく分からないが王家の親族かと思った。でも、聞いた話ではすでに近しい親族の顔は全員見ている。この人は一体誰なのだろうか。
「はい、まずこの紙に書いてあるのは?」
「それは昨年の我が国の食料と帝銭の収支の報告書である」
えっそんなの部外者に見せて良いものなの!?あ、そういう立場の人なんだ。1人で納得しておいた。
「なるほど。で帝銭っていうのは一体?」
ハァっとため息が聞こえた。なんで?そんな変なこと聞いただろうか?
「ぬしは一体今までどうやって過ごしておったのだ。帝銭を知らねば何も買えぬであろう」
そんなこと言われても、俺居候だし、全部世話してもらってたし・・・自分で言っていて泣きたくなってきた。
「まぁよい。帝銭とはこの大陸共通で発行されている銭貨のこと。それとは別に大陸間の取引で使用される大陸硬貨というものもある。大陸硬貨と帝銭は各大陸の帝同士の話し合いでその価値が決まっておるから、交換するにしても有利不利は生まれないことになっておる」
「なるほど。帝銭はこの大陸共有の通貨と・・・。ではこの食料支出欄にある兵糧支出と徴兵支出の違いを教えてください」
「兵糧支出とはその字の如く、戦などにおける兵士が消費した兵糧の数値である。徴兵支出とは、徴兵によって男手を一時的に失う兵の家族に支払われる食料のことだ」
その説明に納得してみる。だとしたら、この表にはいくつか引っかかる点があった。
「では本題だ。それから読み取れたことと感じたことを話せ」
「えーっと、年間通して食料収支があまりにもギリギリであること。それに対して帝銭は大陸間貿易や国外、主に海洋国家との貿易により多大な益を出しているにもかかわらず、上手く使えていない点が気になります」
そう、食料は収支の差がギリギリだ。保存がきかないとういう点を考慮した上でも、下手すると底をつく勢いである。逆に帝銭は余りに余りまくっている。使わずため込んでいるようでも無い。商人に還元はしているし、公共事業も行っている。それでも使い切れていないのだ。
「ぬしにはその改善案が見えているのか?今わらわが問えばすぐに答えが出せるか?」
まるで試されているような。いや、後から思えば間違いなく試されていたのだ。俺がこの国で使える人間かどうか。
そう、目の前にいる女宰相殿に。
しかしその事実を知ったのはもう少し先の話であった。




