14.大勝
少し意味の違う言葉辞典
尚書令:皇帝の文書の管理を行う秘書官→王の側近。王と臣のつなぎ役。幅広い仕事。
天子:君主→大陸を治める帝が神の代理として扱われ、皇太子が神代理の子と扱われるため天子と呼ばれる
太陽暦1304年7月終旬 柳泉
クーラーも扇風機もないこの世界。暦を聞けば7月18日。この世界では1ヶ月20日のため、夏真っ只中と言っても良いだろう。ようするに、メチャクチャ暑い。唯一救いなのは、俺のいる紅玉宮のすぐ側に大きな木があるため部屋に影が出来ていることくらいだ。
「あづいぃ~~~じぬぅぅぅ~」
部屋の中をゴロゴロ転がり、涼しい場所を探し続ける。ここ連日こんなことを繰り返すか、下男に案内されて王都巡りをしていた。王都長港の様子だがわりと発達している。
遠くの方から、足音が聞こえ始めた。こっちの方面で使われている部屋はここしか無いため俺への客だとすぐに分かった。
「柳泉・・・あなた何をしているの?」
「いやぁ、あまり一ノ妃様に見せられる格好ではなかったもので」
ハハハと笑っておいた。転がり回ったせいで衣服が乱れていたが、間一髪だと思いたい。
「まぁいいわ。旦那様があなたに会いたいそうよ。身なりを整えたら私の部屋へ来なさい」
一ノ妃朱妃様はそれだけ言うと部屋から出て行ってしまった。別に召使いに伝言すれば良いのにと思うのだが、まぁいいだろう。
急いで用意をする。乱れた服は下男に直してもらって、朱妃様の部屋へと急いだ。
「お待ちしておりました。どうぞ、中へ」
部屋の前には蓮招様が座っていて、扉を開いてくれる。
「ありがとうございます」
会釈をして部屋へと入った。いつも朱妃様が座っている場所に、主様である高白麗様が、その隣に朱妃様が俺の事を待っていた。
「お待たせしました。・・・私はどこに座ればよろしいでしょうか?」
主様に会うのは数回目。こうやって面と向かって会うのはまだ3回目だ。
「ここへ」
主様は自身を扇いでいた扇子を閉じて、目の前の座布団らしき敷物がある場所を指した。
たぶん本来なら駄目なところだと思いつつ、それでも指示されたならば仕方ない。
「では、失礼します」
恐る恐るその場に座る。一応周りを確認しておいた。あの呂登さんがいればまた何を言われるかわからない。いや、むしろわかる。
「安心せぇ。今日は呂登はおらぬ。そもそも血の匂いのする者はここに来れんことになっておる」
主様は本当か冗談か分からないことを言われて笑われた。
「それで、一体何でしょうか?もしかして、もうそろそろ出て行かなければいけませんか?」
これまでも何度か考えたことがあった。いつまでも居候をさせてもらえるわけも無い。俺を置いておくだけでも金がかかるのだ。
「な、それは誠なのですか!旦那様!?」
「少し落ち着け、朱陽よ」
朱陽というのは、朱妃様の本来の名だ。朱妃とは嫁ぎ名といい、実家を離れる際に与えられる名のこと。つまり朱陽とは、まだ帝家の娘であったころの名である。
「しかし、柳泉は最早家族も同然でありませぬか。一度でも同じ宮で過ごしたのですよ!?」
朱妃様の言葉に泣きそうになる。しかし主様は困っていた。それだけ俺をここに置いておくのは限界ということなのだろうか。でもだとすれば、主様を困らせることは絶対に駄目だ。
「朱妃様、私は大丈夫です。ですから主様にそこまで言われるのは・・・高白麗様、いままでお世話になりました。今日までここに置いて頂いたご恩は一生忘れません」
色々耐えるため早々に部屋を出ようと、膝を立てる。直後大きなため息が聞こえた。泣きそうな顔を見られないように下を向いていたため、その張本人の表情は見えない。
「2人とも少しは我の話を聞け。誰も柳泉を追い出そうなどしておらぬ。むしろ逆だ」
「「逆?」」
俺と朱妃様は声をそろえ、そしてその続きの言葉を待つ。
「我は柳泉に感謝しているが、邪魔など一度も思ったことは無い」
「感謝、ですか?私は何もしていませんが」
本当に思い当たる節が無い。何かあっただろうか?強いて言うのであれば、朱光様と一緒に勉強したり星蘭ちゃんと遊んだり、あとは妃様方と話したりといった感じだが別に感謝されるほどのことでもない気がする。
「実はな柳泉、そちにまだ言っていなかったことがある」
「はい・・・はい?」
「今、我が国は隣国と戦争中だと言うことは知っておるか?」
「はい、雄全殿がチラッと言っていらしたのを聞きましたがそれが何か?」
「お主が朱光と雄全に話したという”釣り野伏せ”なる策を用いて燕国の遠征軍を潰走させた。白轟よりそう連絡が来た」
「・・・」
意味が分からない。えっ戦なんていの字も知らない素人である俺の机上の空論策を使って敵を潰走させた?・・・はっ!?どういうこと!?えっ・・・。
駄目だ。言葉が出てこない。なんて返せばいい。
「ん~・・・それは・・・おめでとうございます」
「どういう反応だ、それは。たしかにそちに何も言わず、この策を用いたのは悪いとは思っておる。しかしそちのおかげでこの国の平和は守られたのだ。胸を張れば良い」
そういうものなのだろうか。なんとも反応に困る。
「とにかくだ。そちには後に行われる恩賞授与の席で第一等功績者として褒美を与える。何が良いか考えておくと良い」
俺の返事を待たず、主様は上機嫌で部屋から出て行ってしまった。
「凄いじゃない。それでその”釣り野伏せ”?と言ったかしら。一体どんな策なの。教えてちょうだい」
俺が本気で頭を抱えているのとは対照に、朱妃様は自分のことのように喜んでくれていた。
通用するのかと考えた策が今回の戦において大活躍だったというのは嬉しい。
ただ俺の言葉1つで何千という人間が死んだのだと思うと素直に喜ぶことは出来なかった。




