13.囮
太陽暦1304年7月下中旬 李雲玉
燕の者らが侵攻してきて6日が経った。こちらは兵糧が無いというのに、奴らは一向に攻めてくる気配が無い。
そんな日の夜のこと、
「父上、馬琴が戻りました」
城にあるワシの部屋に倅が入ってくる。その後ろには援軍要請をしに行ったはずの馬琴がおった。
「何故1人で戻ってきた?兵は?兵糧は?」
「援軍も兵糧も直に来ます。ですが馬琴がどうしても今話すことがあると」
倅の後ろに目をやると小さく頷いておる。
「わかった。2人ともそこへ」
「はっ」「はい」
2人は並んで腰を下ろし、倅もワシも馬琴の方へと身体を向ける。馬琴もそれを確認したのだろう。小さく咳払いをしてから話し始めた。
「3日前、私は長港宮へと入り主様に援軍の申し出をしました。主様はこの地を見捨てることは無いと仰られ、大将軍様の軍2000を送り道中の領地で兵糧を確保しながらこの地へ進むと仰られました。途中宰相殿の登場があったものの軍議自体は問題なく終わったのです」
分かっておったが、主様がこの地を見捨ててはおらぬと聞いて安心した。援軍2000では燕の者らには及ばぬが十分に勝機はある。しかし、それを何故今言う必要があったのか。皆の前で言えば士気も上がろうに。
「実はこの話には続きがあります」
馬琴の表情はあまり良くない。悪い知らせでもあったかと心臓がザワつく。
「言え。何があった」
「夜中、主様が雄全殿を連れて私の部屋へと来られたのです。何事かと思いましたが、内密に話したいことがあると言われ」
内密に話したいこととは不思議なことだ。まるで誰かを警戒しているようだが。
「何故主様は雄全殿と一緒に?」
倅はワシが聞くよりも先に、引っかかる点を尋ねた。
「確かにの。連れるのなら呂親子のどちらかでありそうなものだが」
「主様はこう仰られました。ある者から献策があったと。その策は主様や李大西将軍の悩みの種を解決する可能性を秘めていると」
ある者?献策?ワシや主様の悩みの種を解決・・・
「よかろう。話せ」
「はっ。主様曰く、燕の者どもは李将軍を目の敵にしている。であるからこそ、将軍自らが囮となり敵を殲滅せよと」
この説明だけではよく分からん。ワシが嫌われていることくらいは分かるがな。
倅の表情が曇ったことも見えた。囮、か。
「よくわからんな。詳しく」
「現在恵楽御城には2000の兵が詰めております。李将軍はそのうち300ほどを連れて夜中敵本陣に奇襲を仕掛けます。敵方が李将軍の姿を確認したと判断すれば、そのまま北の森へとお引きくだされ。あくまで夜襲に失敗したと思わせるのです。燕の者どもは、夜襲を仕掛けなければ海興国の者らは厳しいのだと思うと同時に、将軍を捕らえれば容易に東進できると考えるでしょう」
「それを策だというのであれば、森に伏兵を置くのだな」
「はい。そして挟み込んで追いかけてきた敵を殲滅いたしましょう。いくら兵数で勝っていても味方が惨めにやられれば士気は落ちます。その中に敵方大将がいれば尚よしですが、そうでなくともこの戦勝てましょう。しかしあまりにも李将軍にかける負担が大きい。もし少しでも失敗すると思えば、援軍を待てと仰られました。この話を内密にしてこられたのは、臣の中に怪しい動きをしておる者がおるからだそうです」
怪しい動き。おそらく主様も今回の異常事態に気がついておられる。
例年なら、この頃には兵糧が尽きて大人しいはずである。どこからか援助された。しかし燕を援助するなど容易ではないはずであるが。
「父上、如何いたします。確かにその策であるならば、我らが少数でも兵の質の差を上手く使えますぞ」
「うむ。その策に異論は無い。すぐに用意させようか。白雲、お前はここに残り時を見計らって本陣に襲いかかれ」
「父上と行くことは叶いませんか」
「・・・叶わんな。もしやワシが死ぬと思っておるのか?そう簡単に李家は継がせんぞ。馬琴よ、付いてまいれ。200の精鋭の支度をするぞ」
ガハハと大きな声で笑い飛ばしてやった。
「はいっ」
馬琴はワシの背後についている。後ろを少し見てみると、倅のたくましくなった顔が見えた気がした。




