白い光を目指して
暫く時間が経ってから、俺はレイビスを発った。辺りはもうすっかり暗くなり、雲の隙間から漏れる月明かりが地面を青白く照らしていた。
レヴァリエが言った通り、俺以外の生存者はいなかった。一縷の希望を胸に大声で叫びながら、瓦礫の散乱した焼け跡をしばらく歩き回ったけれども、一つの返事さえ帰ってはこなかった。
街の住民は誰も助からなかったのか、それとも生存者はどこかに逃れているのか──時間が経ってしまった今となっては確認する術はない。少なくとも、この場所に留まっていても得るものは無いことは確かだった。
「……結論を言えば、お前たちは運が悪かった。リーベルンがエントリアを侵攻しようと軍を動かし、エントリアがこれに応じた。エントリアと国境を接するレイビスを挟んで二つの軍が衝突して、レイビスはその余波を受けて消滅した」
「たまったもんじゃない!」
時間が経過して多少は落ち着きを取り戻してくると、次は怒りの感情が湧き上がってくる。全く関係のない国同士の争いに巻き込まれて、平和を謳歌していた人々が命を落とすなんて、こんな理不尽なことがあるだろうか?
「しかし、戦いの発端は何なんだ? エントリアとリーベルンの仲が悪かったなんて噂、聞いたこともなかったのに……」
「さあな。俺はそんな細かいことまで知らされていない。……一つ言えることは、この戦いを始めたのはリーベルンの方だということだ。奴らは何かの目的で、エントリアを攻めようと画策している。もし戦いを止めたいのなら、リーベルンの奴らを徹底的に叩くより他に方法は無い」
「なら……俺はこれからどうすればいい?」
「まずはこれから、エントリアへと向かうことをお勧めしよう。奴らに手を貸して、リーベルンと戦う……それがレヴァリエ様の願いを叶える最短経路に違いあるまい」
他に行く当てもなかった俺は、ミーンの提案を受け入れることにした。エントリアへと続く土の道を、たった一人で歩き始めた。ボロボロの服装に、怪しい黒い剣を腰に差した珍妙な恰好で。
レイビスの街からエントリアの国境までは、徒歩で五、六時間というかなりの距離があった。普通なら自動車を使っての移動になるのだが、廃墟と化したレイビスにまともな移動手段は期待できなかった。
月明かりだけを頼りにして、俺はひたすらに歩いた。幸運、というより不自然なことに、どれだけ歩いても疲労を感じることはなかった。ミーンは特に言及しなかったけれど、この不思議な体力も呪いの力の一端であることは直感的に理解していた。
「呪いの力って、一体どういうものなんだ?」
俺は道すがら、ミーンに尋ねてみた。しかしミーンは意地の悪い笑い声を上げて、
「ド素人のお前に教えて理解できるようなものではない。お前はただ、その絶大なる力の恩恵に預かっていればいいのさ」
と、お茶を濁すような返答しか返ってこなかった。何度尋ねてもこの調子なので、俺はその内に質問するのを諦めてしまった。
やがて俺たちは、深い森の入口へとたどり着いた。月の光も鬱蒼とした茂りに隠されて、森の奥へと続く道は数メートル先も覚束ないほどに真っ暗だった。
「この森を抜けた先に、エントリアへの入国口があるはずだ。取り敢えず入国して、それから次の一手を考えることにしようじゃないか」
ミーンは無責任にそう言うが、俺はとてもではないが気が進まなかった。この真っ暗な中突入すれば、誰がどう考えても道に迷う。リーベルンと戦う以前に遭難して死にかねない。
「せめて明るくなるまで……朝になるまで待とう」
「フン、道が暗い程度で足踏みとは、根性が足りないんだ!」
俺はミーンの煽りを無視して、森の入り口で休憩を取ることに決めた。既に夜を迎えてからかなりの時間が経過しているのだ。あと二、三時間ウトウトしていれば日が昇って、多少は安全に前に進むことが可能だろう。
俺は手ごろな切り株の上に腰かけて、長々と息を吐いた。体力こそ有り余っていたが、精神的には酷く疲弊している自覚があった。俺は周囲を見回して、寝転がるのによさげな場所を探し始めた。
しかし、そんな健気な探索活動に、突然横槍が入った──森の奥から、鼓膜を破るような凄まじい爆発音が響いてきたのである。
「……なっ!」
俺は本能的に剣を抜いて、湿った土へと突き刺した。直後、石や木片を伴った爆風が、俺の全身を激しく苛んだ。元々ボロボロだった服が飛んできた枝にさらに引き裂かれて、殆ど上半身裸の状態まで剥かれてしまう。風は熱気を孕んでいて、晒された肌に焼けるような痛みが走った。
爆風は直ぐに勢いを弱めたが、森の奥で何かが眩く輝いていた。先程まで真っ暗だった森の中は、まるで照明を焚いたように明るく照らされている。困惑交じりに森の奥を見つめていると、
「おや、明るくなったじゃないか。これは都合がいい」
と、ミーンが呑気なことを言い出した。
「今のうちに前に進んではどうだ? 恐らくはエントリアの方角だぞ」
「いや、そんなことより……一体何が起きたんだ?」
俺は最初、爆弾の類が爆発したのだろうと思った。国同士の戦争中だという言葉を信じるのなら、特別不思議な事態でもない。しかし森の深部から届く白い光は、数分経った後もその勢いを弱めなかった。
何か異常なことが起きたのだ──そう理解すると同時に、俺の足は前へと動き出していた。好奇心からなのか、警戒心ゆえなのか、俺自身にも理解できなかった。奇妙な衝動に突き動かされて、俺は森の奥を目指して走り出したのである。