呪われた少年と炎の剣聖
白色の光を正面に見据え、でこぼこした悪路を延々と走る。疾走の果てに、やがて奇妙な光景へと辿り着いた。
突然視界を覆い隠していた木々が消え、開けた場所に出る。その地面は夜の中でもはっきり分かるほど黒く焼け焦げて、ところどころ白煙を上げていた。まるで森の一か所を、炎を使って刳り抜いたかのような様相である。
そして──その爆心地のような場所の中央に、一人の少女が倒れていた。彼女は白く眩い光を放ちながら、黒い地面に体を横たえている。
それから、彼女の枕元に立つように、黒い服を着た人影が一つ。そいつは人間の胴ほどもある巨大な剣を振り上げて、少女に向けて今まさに振り下ろそうとしているのだ。
「……よせっ!」
状況を一つも呑み込めないまま、俺は叫んでいた。勢いよく男の前に躍り出ると、手にしたばかりで使い方も分からない剣を、本能の赴くままに抜刀する。
「何者だ? 邪魔をするんじゃない」
黒装束の男は重々しい声を発した。その威圧感に満ちた響きに気圧されて、背中には冷たい汗が流れた。
「何をしてる。彼女を殺そうとしているのか?」
「その通りだが……お前に何か関係があるのか? 首を突っ込まない方が賢明だと思うがね」
実際のところ、その通りなのかもしれない。しかし、見知らぬ少女の危機に遭遇して、見て見ぬ振りを出来るほど俺は出来た人間ではない。
俺は中段に剣を構え、鈍く光る剣先を男の顔へと向けた。男はフン、と威嚇するように鼻息を鳴らす。
「そちらがやる気なら……手加減はなしだ」
そう言い終えた瞬間、男は剣を大上段に構えたまま、弾けるように地面を蹴った。息をする間もなく間合いが詰まり、銀色の大剣が俺の脳天へと勢いよく振り下ろされる。その凄まじい迫力! 俺は剣を振りかざした状態で、思わず目を閉じてしまった。
ギィン! 鈍い金属音を発して剣が激突した。
地面に足がめり込むほどの凄まじい力。俺が苦し紛れに構えた剣は、驚くべきことに、その圧倒的な剣圧に抗っているのだ。力が拮抗して剣同士がガチガチと震える音が響く──明らかにこれは、俺の元々持っていた腕力を凌駕していた。
「ほう、細腕の割には非力と言うわけでもないようだな」
俺の剣を力に任せて払った男は一歩後退し、それから今度は素早く左右に振り回し始める。強烈な斬撃が右から左から、俺の体を両断しようと襲い掛かる。
しかし、俺の身体は、俺の感覚を越えて軽快に動いた。相手の剣の威力を上手に相殺しながら、まるで一端の剣士のように切り結んでいる。誰も俺が、今日この日まで剣など持ったことのないド素人だとは思うまい。
「……! これが、呪いの力だというのか?」
「ククク、流石に気が付いたか」
ミーンの声が胸の中に響く。対面する男には、どうやらこの剣の声は聞こえていないようだった。
「お前の体の動きは、呪いの力によって支えられている。少なくとも、そこらの一般人を遥かに上回る身体能力が宿っている。お前が思うがままに体は動くはずだ。精々有効に使いこなすことだ」
……なるほど気のせいではないようだ。呪いの力は俺を死の淵から救っただけでなく、新たな力まで授けてくれたのだ。正直なところ理解が追い付いていなかったが、せめて利用させてもらうしかない。目の前の男をどうにかしなければ、この緊迫した状況を打破することはできないのだ。
俺は無我夢中になって剣を振るった。男の放つ激しい剣戟に対応こそ出来ていたが、相手に一撃を返せるほどには攻めきれない。相手も相当な手練れであることは明らかである。
「フン、このまま遊んでいるのも一興だが……」
男は俺の剣を弾き返して一歩退くと、上段に構えていた剣を水平へと下ろした。それと同時に、男の放つ闘気が一瞬にして雰囲気を変えたように思えた。男は冷たい殺意を孕んだ視線で俺を睨み、
「……早く帰らなければ、あの方が心配なされるだろう。さて、そろそろ本気で行こうじゃないか」
大剣は時が止まったようにピタリと静止し、鋭い剣先は正確に、俺の喉元を向いている。奴の言葉に偽りはない。本気で襲い掛かってくる。糸のように張り詰めた緊張感に、生唾をゴクリと呑み込んだ。
「さあ、行くぞ! 名も知らぬ少年!」
男が絶叫して飛び掛かろうとした、まさにその時。
「──炎舞、『一線』」
全身に鳥肌が立つような、ドスの効いた声が辺りに響き渡った。
ふと見ると、倒れていたはずの少女がいつの間にか立ち上がっていた。ぼんやりとした白い光に包まれた彼女の手には、橙色の光を放つ不思議な剣が握られている。
「……なにっ!?」
男も俺も、ほとんど同時に驚きの声を上げた。突如として彼女の持つ剣の先から巨大な炎が立ち上った。轟音とともに飛び出した炎の球は、無防備に剣を振りかざした男を目掛けて飛翔する。男の羽織っている黒いコートにその炎が触れた瞬間、けたたましい炸裂音を伴って爆発が起きた。
勢いよく吹き飛ばされた男の体は紙くずのように舞い、数メートル離れた木の幹に鈍い音を立てて衝突した。男の大剣は持ち主を失って、黒色の地面へと深々と突き刺さった。
「……」
あまりのことに絶句して、へたりこむように尻もちをついた。男は気を失ったのか、奇妙な格好に体を折り曲げて完全に沈黙した。少女は燃え上がる剣を構えた銅像のように突っ立っていたが──急に空気が抜けたように膝から崩れ落ち、ドシャリと音を立てて再び地面に倒れた。
「お……おいおい、大丈夫か?」
俺は慌てて彼女の傍に駆け寄った。敵なのか味方なのか、それすらも分からない謎の少女。見た限りは大きな怪我はなく、呼吸もはっきりとしている。彼女を包んでいた白い光は次第にその輝きを弱めていき、周囲に夜の闇が再び這い寄ってきていた。
「……見た限り大した外傷は無い。しかし一体、何をしたんだ? 剣の先から炎が出たように見えたが……」
彼女の手の中に握られたままの剣は、その刀身から白煙を上げていた──見間違いではない。確かにこの少女が、あの男に向けて炎を放ったのだ。一体何だ、ここで何が起きたというのだ? 考えれば考えるほどに、俺の頭の中はこんがらがっていった。
「……おやおや、誰かと思えば」
困惑の極致にいた俺とは対照的に、ミーンは何故だか楽し気に笑っている。
「これも何かの運命だというのか。まさかこんな辺鄙な場所で、”炎の剣聖”様と出会ってしまうとはね」




