呪われし少年の生誕
ぞっとするような静寂の中で俺は目覚めた。雨は既に止んでいた。風の音もしなかった。既に太陽は地平線の向こうに消えかけていて、夜の影が足元まで迫っている。
ムクリと起き上がって周囲の様子を伺いながら、俺は奇妙な事実に気が付いた。全身を走り巡っていた鋭い痛みが、すっかり消え去っていたのである。自分の体に視線を向け、思わず「うわっ」と声を出した──爆風や飛翔物が付けたはずの全身の傷が、まるで嘘のようになくなっていた。
「一体何が起こった?」
瓦礫を払いのけて立ち上がり、改めて周囲を見回した。レヴァリエと名乗った女性は、既に影も形もなかった。あの人が手当てをしてくれたのか? しかしこの傷の治りは、いくら何でも異常な速さである。
「呪いの力……」
俺は彼女の語った言葉を、反芻するように呟いた。本当にそんな力が実在するというのだろうか。俺の脳は理解を拒んでいた。
しかし、俺の困惑に畳みかけるように、どこからともなく声が掛かる。
「……やっとお目覚めかい?」
「だ、誰だ!?」
俺は思わず身構えて、不安を払いのけるように声を張る。慌てて周囲を見回したが、近くに人の気配はない。
「ククク、誰だと思う? なんだと思う? 考えてごらん」
挑発するような男の声。少なくともまともな奴ではない──俺の本能がそう言っていた。
「どこに隠れてる?! 姿を見せろ!」
「隠れてなんかいないさ。もう既に、お前の目の前にいるじゃあないか」
俺は目を細めて、声の方向に積み重なった瓦礫の山を睨んだ──と、俺は一つ不自然な発見をした。崩れた柱の上に、一本の黒い剣が置かれていたのである。
なぜこんなものが、こんなところに? 俺は好奇心に駆られて、その古びた剣を手に取った。見た目以上にズシリと重量感があり、危うく瓦礫の上に取り落とすところだった。
鞘の表面に描かれた奇妙な文様を眺めているうちに、胸の中に正気とは思えない考えが浮かんできた。俺は戸惑いながらに声を出して、
「まさか……お前か? お前が俺に話しかけたのか?」
と黒い剣に向けて話しかけた。
「ククク、頭でもおかしくなったんじゃないかと疑っているね? でも、安心するといい、大正解さ。この呪いの剣、ミーン様が、お前に話しかけているのだ」
俺は思わず絶句したが、ミーンと名乗った黒の剣は、如何にも楽しそうな声で言葉を続けた。その声は鼓膜を通してというよりは、直接頭の中に語り掛けているような、奇妙に透き通った響きを持っていた。
「俺はレヴァリエ様から派遣された呪いの意志。お前が呪いの力を上手に扱って、我らが望みを叶えるための指導者というわけさ」
「どういうことだ?」
「……理解が追い付いていないようだな。今のお前は、レヴァリエ様の力を受け取って”呪われた”状態にある。自分の体を見てみるがいい。あれだけボロボロだった体が、既に元通りに治ってきているだろう?」
「……この傷の治りは、その呪いの力とやらが……」
俺は自分の掌を見つめ、手を開いたり閉じたりを繰り返してみる。体の痛みは既に殆どが消え失せていた。それどころか、腹の底から燃えるような活力が湧いてくるような感覚さえある。
「呪いの力の効力は、何も傷を治すことだけではない。お前がこれから倒すべき敵に対抗する力も与えてやる。折角のチャンスを無駄にするなよ、ククク……」
「敵……俺が倒すべき、敵?」
「なんだ、もう忘れたのか。お前はレヴァリエ様に託されたのだろう? お前はあの愚かな戦争を止めるために、死の淵から蘇らされたのだ。お前はやり遂げなければならない。あの方の願いを無下にすることは許されない、決して!」
ミーンは声を張り上げる。手の中の黒い剣は、何かを主張するようにブルブルと小刻みに震えていた。
戦争を止める──大国エントリアとリーベルン。二つの巨大国家の間で、突然起こった戦争を止める。この俺が? 出来るのか、そんなことが……。
「出来るさ。レヴァリエ様が目を掛けたお前なら」
ミーンは俺の不安を見透かしたように言う。俺は剣の柄に手を掛けて、ゆっくりと引き抜いた。鈍い金属光沢を放つ刀身が姿を現し、その表面にはぼんやりと自分の顔が映っている。
俺の愛した故郷の平和は、既に死んだ。そして今この瞬間も、理不尽な戦いに巻き込まれ、誰かの平穏が脅かされているのかもしれない。こんな不幸なことが、これからも起こり続けていいはずがないのだ。
抜刀した剣を上段に構え、虚空を切り裂くように勢いよく振り下ろした。それは心の迷いを断ち切る決意の一振りだった。戦争を止める──そんな無謀な使命感に駆られて、俺は夕闇に沈んだレイビスの街を歩き始めた。
俺──レイル・フリークの呪われた冒険は、こうして幕を開けたのである。




