早瀬の告白
今朝ルカから啓示された課題は大して難しくなかった。
元々早瀬の性格はこの前聞いた通りで、本人が話したいと思う人以外とは話をしたがらない。その性格のお陰か朝から放課まで戸田と早瀬は一言も会話をすることはなかった。
唯一僕が焦ったのは早瀬が授業中に消しゴムを落とした時だ。早瀬の消しゴムが僕の横を不規則に転がって通り過ぎ戸田の机の横で静止した。
戸田が気付いて取ろうとしたので、これはまずいと僕は思って、急いで立ち上がり僕が拾って早瀬に手渡した。
戸田はきょとんとしていたが、早瀬はなぜか頬を赤らめ口パクで「ありがとう」と言って僕に微笑んでいた。
早瀬に好かれたいわけではないが最初の課題で躓きたくはなかったから仕方ない。
そして放課後、戸田は「家の手伝いしねーと行けねーから今日は帰るわ。」と言ってさっさと教室を出て行った。そうなると今日の部活は早瀬と僕だけとなる。これで課題はクリアだとホッと胸を撫で下ろしていると早瀬が鞄を持って、まだ教科書類を鞄に詰めている僕の横に立っている。
「さぁ友近くん、部活に行きましょうか。」
※
二人並んで北校舎にある部室に向かう。
「そういえば友近くん、昨日あげたお守りは持ってる?」
「うん?あ、もちろん持ってるよ。ほら。」
僕はポケットから水色のお守りを取り出して早瀬に見せた。
「ポケットだと落としちゃうかもしれないから、鞄に入れおいた方がいいと思うわ。なくして欲しくないもの。」
早瀬にそう指摘されると、確かになと僕も思い鞄に入れとくよと言って鞄の中に仕舞った。
「友近くん、今日少し時間ある?」
早瀬が少し意味深な顔つきで僕に尋ねてくる。
「あんまり遅くならないなら大丈夫だよ。」
内容を聞きたいところではあったが早瀬の事を邪推する必要はないと思い何も聞かず首を縦に振った。
「ありがと。友近くん話をしたいことがあるから、部活が終わったら一緒に帰りましょ。」
——正面を向いたまま歩く早瀬は笑顔だったが、僕にはどこか緊張しているように見えた。
※
部室に到着すると引き戸を軽くノックして「失礼します」と言って部室に入った。
「や、おつかれ!」
皆春先輩が右手を上げて挨拶をしてくれたので僕らも「お疲れ様です」と挨拶した。
僕らは鞄を所定の位置に置き、皆春先輩に今日の活動を訊いた。
「今日も友近くんはベースの練習かな、幸志よろしく。早瀬さんはギターだけど初めてだろうし少しだけ楽器の説明をさせてもらって、それから少し触ってみようか」
まあ、まともに弾くことが出来ない訳だから当然だな。ちなみに幸志は森町先輩の名前だ。
僕は引き続きベースを手に取り、今日は森町先輩の指示でリズムの要となるルート弾きの練習をした。
「友近くん、そこは人差し指ではなく薬指で抑えると次のフレーズで指運びが楽になるよ。」
ベースを教えくれるのは森町先輩で初心者の僕へわかりやすいように手を叩きリズムを取ってくれながら都度弾きやすい方法を教えてくれた。
実はギターの皆春先輩と森町先輩は中学の時からの同級生らしく、中学2年の時に推しバンドが同じだとわかり、そこからは意気投合して部活以外でバンドを組み、今でも休日はスタジオで練習をしたりライブに参加しているそうだ。
何となく僕は早瀬の方が気になり、横目で伺うとやはり同じ指を使う楽器とはいえ全く異なる弾き方になるのでかなり苦戦をしているようだった。
「う、このFメジャーコード、難しいわ。全然音が出ない。」
Fメジャーは人差し指で全ての弦を押さえる必要があり概ね初心者にはかなり難しいコードとされる。実際、かき鳴らしてもジャーンという音は出ずカスカスと鳴るだけだった。
「Fはとりあえずすぐには無理だから最初のうちは別のコードを覚えて感覚を掴んでいくといいよ。」
皆春先輩は優しく早瀬を見守るように声を掛けていた。
そんな二人のやり取りを見ていると森町先輩から優しい激が飛ぶ。
「友近くん、よそ見は禁物!リズムズレてるよ。」
僕はズレたリズムを演奏中に直せるほどスキルがないため、一旦練習を停めた。
「なに?修也と早瀬さんが気になるの?」
森町先輩が僕に近づきニヤとこれ見よがしに意地悪な質問をしてくる。
「いや、そんなんじゃ……」
僕は森町先輩と目を合わせず少し恥ずかしながら呟く。
「心配しなくても大丈夫だよ。修也はちゃんと彼女いるし、何より今でもこっちが見てられないくらいラブラブだからさ。」
「だから、友近くんの早瀬さんを取ったりはしないよ。キラーン☆」
「いや、だからそんなんでは……」
僕は恥ずかしさと森町先輩の意味の無いキラーンに少しイラッとしたので唇を尖らせた。
「はは、冗談だよ、友近くんは面白いね。」
森町先輩は笑いながら僕の肩を叩いて、その場から離れ練習を再開するよう促した。
※
部活からの帰り道、二人並んで自転車を押しながら今日の部活のことなど話をしていた。
そして分かれ道となるT字路の手前で早瀬が足を止める。僕は数歩先を進んでしまったので振り返りながら「どうかした?」と早瀬に問いかけた。
——なんだろうか、早瀬は少し俯きながら僕と目を合わせようとしない。
「私ね、友近くんに話したいことがあるって言ったよね」
「うん、部活前に言ってたよね」
「とても言いにくいんだけど、友近くん、私のことどう思う?」
「ど、どうって?」
「ん、いや私のこと……」
早瀬の顔は俯いているため伺いしれないが、明らかに髪の隙間から見える耳が赤くなっているのがわかる。何となく言いたいことが垣間見えて僕まで顔が赤くなった。
「は、早瀬は誰が見てもキレイだし、品があるのに笑顔は凄くカワイイ……よ」
とんでもなく恥ずかしいことを言いながら僕も赤くなる。
「あゎ、え、ん、あ、う、嬉しい……ありがと……」
早瀬は焦り、顔をあげると湯気が登りそうなぐらい真っ赤で、二重瞼の切れ長な瞳も少し潤んでいる。
「あ、あの……」早瀬は僕に顔を向けながら緊張からか口をパクパクさせている。僕も生唾を呑む。
「わ、わたしね、ずっと友近くんのこと……す」
「わーわー、ちょ、ちょっと待て!こっから先はなし!」
「え?」早瀬は僕のなし発言できょとんとした。
「ごめん、僕が全然理解出来てなくて……そもそもさ早瀬とはまだ会ったばかりで、それに早瀬がなんで僕のことを気にしてくれているのか分からないんだ」
僕はルカの前提条件を思い出し『恋人を作らない=好きと言われない』と勝手に思い込んで一旦早瀬を手で制する。
「私は別に気にしてなんていないわ、純粋に友近くんのことがす……」
「わーわー、待って待って!わかったから!」
「ふーとりあえず、僕は早瀬のことをよく知らない。もっと早瀬の内面だったり色々なことを知ってからの方がいいと思ってるんだ」
何だか早瀬って一度スイッチが入ると止まらない性格なのかもしれない。
「ん、内面なら簡単だわ……」と早瀬が制服のスカーフを外そうとする。
「おぉぅ!?待て待て!その内面じゃない」
早瀬はこちらを見て「違うの?」みたいな顔つきになってる。何をやってるんだ早瀬は彼女のクール美人はどこに行った。
「うーん……わかったわ。でも気持ちは変わらない。やっと会えたんだもの。だから……まずは友達として連絡先だけでも交換したい」
早瀬は鞄からスマホを取り出し、LINEのアカウントを僕に差し出した。
「う、うん、まあ友達なら……別にいいか」
僕はあまり使わないスマホを取り出し早瀬とLINEの交換をした。
「ふふ、ありがと。こうくん!」
眉尻を下げて満面の笑みを僕に見せる早瀬は眩しくて本当にこんな清楚でクールな美人が僕の何が良いのか全く分からなかった。まあ友達なら万が一のことがあっても僕のメンタルは保たれるだろう。
ん?早瀬はこうくんって言ったよな?
「は、早瀬、なんでそのあだ名……知ってるんだ」
——僕が幼少期に呼ばれていたあだ名だ。
「なんでって?だって、こうくん、私たち幼馴染じゃない」
「はぁ?」
何だかこれから僕の夢を邪魔する厄介事が色々と増えそうな気がしてきた。




