早瀬櫻(幼少期)
——私は5歳の時、父の仕事の関係で大分に引越し幼稚園へ通うようになった。
引越しをする前は教育熱心な母が私にピアノを習わせ、毎日ピアノの練習で同世代の子達との交流はほとんどなかった。
その影響か私は幼稚園の子達に全く馴染むことが出来ず一人で居ることが多かった。何に興味を持ってどんな話をすれば良いのか分からず、お遊戯などやらされている感じで嫌だった。
そんな時、私に一人の男の子が声をかけてくれた。
その子は他の子達と同じように声を掛けて来て、一人で居る私の横に座り、何かを手に持って私の目の前に差し出した。
「じゃーん!」
どこから持ってきたのかカプセルトイのカプセルに大量のダンゴムシを入れてある。
「ひっ!」
私はギョッとして顔を引き攣らせ目を逸らす。そして泣きそうになるのを我慢する。
「へっへ~すごいでしょ、外にダンゴムシいっぱいいたんだよ!」
その子に全く他意はなく、只々大人しく蠢くダンゴムシをツンツンしながら可愛がっていた。
「ひっく、や、やめて、怖い……見たくない、ひっく、なんでこんなことするの?」
私は半泣きになりながら、その子を睨み付けた。
「なんでって?さくらちゃん、お外で遊ばないじゃん。お外は生き物もいっぱいいて楽しいよ」
「いい!お外行かない!怖いからそんなの持ってこないで!」
私はその子を睨みつけながら顔を紅潮させ怒った。
「そっかー、お外楽しいのに。わかった、また遊ぼうね!じゃあね」
その子はカプセルに入ったダンゴムシを落とさないようにそっと両手で抱えながら外へ出て行った。
私は私の気持ちも考えないその子が嫌いになった。
だけど、この日を境にその子は私の気持ちとは裏腹に毎日私の横に来てはカプセルに何かを入れてわざわざ私に見せて来るようになった。
小さなコガネムシ、ツツジの花、方喰、どんぐり、キレイな石ころ、ネコジャラシ(草)などなど、毎日違うものを外から拾っては持って来ていた。そしてその都度お外で遊ぼうと誘ってくれていた。
——その子が私のところに来ることが日課になったある日、その子は私のところに来なかった。気になって先生に尋ねると風邪を引いたらしく、しばらく登園出来ないことを聞かされた。仕方ないのでその日はいつものように絵本を読んだり、絵を描いたりしていたけれど何となく物寂しい気持ちになった。
一人でいることが当たり前だったのに私はいつの間にか、その子が早く良くなって私のところに来ないかなっと思うようになっていた。
——3日後、その子はいつものように私のところにニヤニヤしながらやって来て、私は嬉しい気持ちになった。
「あ、さくらちゃん、笑ってる!」
「え?」私は自分が微笑んでいることに気付いていなかった。
「さくらちゃんの笑った顔、すっごくかわいいね!」
「!」
「そんなことないよ!変なこと言わないで!」
明らかにかわいいと言われたことが恥ずかしくて言葉とは裏腹に赤くなっていた。
「ううん、笑ってるほうがかわいいよ」
満面の笑みでその子はかわいいを連呼する。
「ねぇねぇ、さくらちゃん、せっかくだし僕とお外で遊ぼうよ」
そう言ってその子は体育座りの私に手を差し伸べてくれた。私はまだ赤くなっている顔を隠せないまま、ぎこちなくゆっくりと右手を伸ばして、その子の手をそっと握って立ち上がる。
「うん……こうくん…お外で遊ぼ」
——私はその子「友近皓太郎」くんのお陰で一人では無くなった。こうくんは毎日一人の私に見せてくれていた色々な動植物達はここにあるんだよと園の運動場で教えてくれた。私を一人にしないこうくんと遊んでいると私は楽しくて仕方なかった。そして、こうくんとは、ずっとずっと一緒だと思っていた。
※
「はい、はい、そうなんです。夫がまた急遽転勤で…………」
卒園をそろそろ迎える2月、私は母と幼稚園の先生が話をしている所を見ていた。話してる内容は理解できていなかったけど少なくとも良くないことが起ころうとしていることは子供なりに感じ取れた。
「そういうわけで、えーお世話になりました」
母はそう言い終えると先生に対して頭を下げ、先生もそれに倣った。
「じゃあ帰りましょうか。櫻、先生に挨拶しなさい」
私はいつものように何も喋らず先生にお別れの手を振った。
「さくらちゃん、また明日ね~」
先生は優しく微笑み手を振ってくれた。
そして幼稚園の近くに停めてある車まで母と手を繋ぎ歩いていく。
「さくらちゃーん!バイバーイ!」
こうくんが園の運動場の隅で何かしている手を止めて私に両腕をいっぱいに上げて、大きく手を振ってくれた。
私はその大袈裟な動きに思わず笑ってしまって、こうくんに小さく手を振った。
車の中で母は運転をしながら私に今日先生と話していた事を教えてくれた。
「櫻、お父さんまた転勤になったそうなの。」
転勤という言葉の意味は小さい私には理解出来なかったけど、以前に聞いた音声と同じだったので何の事かわかった。
「お母さん、ここをさよならするの?」
私は恐る恐る母に訊いた。
「そうね、いきなり決まったらしいから来月にはまた引っ越さないといけないわ」
「え?」
私の心はざわついた。それは、ここに……こうくんと一緒にいられなくなるという意味になる。
「や、さくら、引っ越ししたくない!」
私は運転する母の方を向いて、一所懸命にお願いした。でも無理なのはわかっていた。
「わがまま言わないで、櫻は仲良くなったお友達とお別れするのが嫌かもしれないけどお母さんもね、せっかくここでゆっくり過ごせると思っていたのに、また転勤で引っ越しの手続きとか準備とかで忙しくなって辛くなっちゃうの」
母は前を向きながら愁眉を寄せていた。私は母のその表情を見て、これ以上何も言えなくなってしまった。
※
——あっという間に3月となり、こうくんと過ごした幼稚園最後の日となった。
今日の私は園のブランコに座ってずっと俯いていた。そんな私の所にこうくんはいつものようにやって来て私の横にあるもう1つのブランコに座った。
「さくらちゃん、元気ないね。だいじょうぶ?」
「うん」私は俯いたまま頷く。
「元気出して、さくらちゃん」
こうくんはブランコを降り、私の傍に来て頭をヨシヨシしてきた。
「!」
「やだ、恥ずかしいよ~」私は顔を上げ恥ずかしくて首を横に振った。そして涙が溢れてきた。
「ないてるの?」
「さくら、ひっく、今日でここをお別れなの。ひっく、だからね、こうくんともう遊べないの。ひっく」
涙がボロボロ頬を伝って落ちていく。悲しくて悲しくて仕方なかった。
「だいじょうぶたよ、さくらちゃん!僕がまた遊びに行くよ!だからね、泣かないで」
こうくんの笑顔は反則だ。辛くて仕方ないのに嬉しくなってしまう。
「こうくんは……ひっく、さくらのことすき?」
「もちろん、さくらちゃんのこと大好きだよ!」
「そっか……さくらもこうくんのこと大好き!」
「ふふふ」私が笑う。
「ははは」こうくんも笑う。
——夕方になり、母が幼稚園に迎えに来た。
「先生、お世話になりました。今日まで櫻のことを見て頂き本当にありがとうございました」
母は先生に深々と頭を下げた。
「こちらこそお世話になりました。でもさくらちゃんのこと一番気にしてくれてたのは、ここにいる皓太郎くんなんですよ。」
「ねぇ、さくらちゃん」
「う、うん……」
「皓太郎くん、櫻と一杯遊んでくれてありがとう」
母は腰を落とし、こうくんにお礼を言っていた。
「ほら、櫻も皓太郎くんにお礼を言いなさい」
「…………ぐす」
「こ、ごう……ぐん……」涙がまた溢れ嗚咽になる。
「ありが……どう……」もう止まらず、こうくんの顔が滲んでちゃんと見ることが出来ない。
「おーい皓太郎~、迎えに来たよ~!」
こうくんのお母さんが園の外で大きな声を上げて呼んでる。
「さくらちゃん、だいじょうぶだよ」
こうくんはハンカチを取り出して私の涙を拭き、そのまま私に渡してくれた。
涙を拭うとそのハンカチは『キレイな水色の生地に流れ星の刺繍』がしてあった。
「僕とさくらちゃんは好き同士だから、また会えるよ」
「さくらちゃんにそのハンカチあげる」
こうくんの笑顔はいつも反則。
「んで~僕がさくらちゃんを迎えにいってお嫁さんにしてあげるよ!」
私は嬉しかった。もう、こうくんの事を好きで堪らなかった。
「こら~皓太郎~ほら早く!」こうくんのお母さんがまた呼んでる。
「すぐ行く!さくらちゃん、またね~!」
こうくんは走りながら私に大きく手を振ってバイバイする。
『わたし絶対こうくんのお嫁さんになる』
私はこうくんから貰った水色の生地に流れ星の刺繍が入ったハンカチを胸で抱きしめながら母に聞こえない声で呟いた。




