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『軽音楽部』

 軽音楽部の部室は北校舎の3階にあるため、僕らは1階の渡り廊下を通り北校舎に入り、階段で3階まで上がっていく。途中2階の渡り廊下では演劇部であろうか発声練習をしていたり、遠くから運動部の威勢のいい掛け声が聞こえた。

 3階に着くとドラムなのかドスドスとリズムを刻む音とギターであろう歪んだノイズのような音が聞こえる。そこには何人かの生徒が見学に来ているのが見えた。


 部室に近づくと戸田が抜群のコミュニケーション能力で見学に来ている女子に声をかける。


「初めまして、1年C組の戸田敦です。見学っすか?俺らも見学なんで一緒に見させてください。」


ニコッと微笑み話しかけると話しかけられた女子は「は、はい」と少し頬を赤らめているように見えた。その隣の女子たちはヒソヒソと会話し戸田の方をチラチラ見ていた。普通に戸田はカッコイイよな。羨ましい限りだ。


 部室を覗くとそこには5人の部員が何やら曲を演奏している。曲は分からないが楽しそうに演奏している姿を見ると興味が湧いてきた。隣を見ると戸田も楽しそうな顔をしていたので恐らく同じ思いなのだろう。


 僕らは決心し演奏が終わるのを見計らい引き戸を叩き部室に入った。先輩にあたる上級生らに挨拶をした上で入部を希望した。厳つい顔つきの部長、皆春(みなはる)先輩はその厳つさにたじろぐ僕らを予想以上に優しく迎えてくれた。部活動で行っていること、楽器の説明、簡単ではあるがTAB譜の見方なども教えてくれた。いつの間にか外で見学していた生徒たちはいなくなっていた。説明を一通り終え談笑しているとトントンと叩く音が聞こえ部室の引き戸が開かれた


 ガラッと音を立てた引き戸の先へ全員が視線を向ける。

 引き戸の前には一人の女子生徒、早瀬櫻が立っていた。

 僕は早瀬さんがここに来るはずがないと思っていたので、目を疑い開いた口が塞がらなかった。


 そんな全員の視線を気にすることなく早瀬さんは「失礼します」と部室の中に入る。なぜか部長を含め全員が沈黙したままだが、早瀬さんは皆春先輩の前に立って


「軽音楽部に入部したいのですがよろしいでしょうか。」


と頬に掛かる横髪を耳に掛けながら入部希望を伝えた。


 自己紹介の時早瀬さんはピアノをやっているって言っていたよな。普通に音楽部に入ってピアノを続けるんじゃないか。僕は彼女の立ち姿を横目で見ながら混乱していた。もしかして単純に音楽部と軽音楽部を間違えたとか、いやさすがにここにある楽器類を見れば一目で違うことは分かる。なぜ早瀬さんがここに来て入部を伝えているんだ。


 暫しの沈黙の後、皆春先輩が口を開く。


「歓迎するよ、まずはキミの名前と理由を教えてもらえないか。」


「1年C組の早瀬櫻と申します。中学校では音楽部でピアノをやっていました。でも長年続けたピアノはもう飽きたので高校ではピアノではなく、先輩が弾くエレキギターをやりたくて軽音楽部に入部希望しました。」


 早瀬さんは淡々と理由を話しているが、僕には彼女が何を考えているのかさっぱり分からなかった。


 そんな僕の混乱を他所に先輩は自分がやっているギターに興味を持ってくれたことが嬉しかったのか、「そっかそっか、ピアノも飽きたなら仕方ないよな。今日は遅いし簡単に部活動の内容とかだけ説明して細かいことは明日またここに来てくれ。」と早瀬さんの言葉に喜び大いに歓迎していた。他の部員も同じ感じだった。


 皆春先輩から入部届は明日で構わないとのことで、僕と戸田は説明を聞いている早瀬さんを残し部室を後にして駐輪場まで二人で今日のことを話をした。


「早瀬さんってさ、めっちゃ綺麗だよな。自己紹介の時なにあの人種っておもちまったわ。あんな子と同じ部活なんて高校生活最高じゃね?いや~これから楽しみだわ。」


「はは、そうだな、凄く綺麗な人だと僕も思ったよ。」


「でもさ~早瀬さんなんでピアノ辞めんのかな~、先輩は気にしてなかったみたいだけど俺は気になるわ~」


 戸田も同じことを思っていたようだ。


「まあ確かにな~でもピアノに飽きた理由なんて人それぞれだろう。あんまり気にしなくていいんじゃないか。」


 相槌を打ちつつ内心気になって仕方ないことを興味が無いような素振りでうそぶいた。


「俺、早瀬さんみたいなクール美人、あーいうタイプは苦手なんだよな。もっとこう可愛い系が好みっていうか守ってあげたくなるような子がいいな。」


 正直戸田の好みのタイプには興味はないが、何故かほっとする自分がいた。


 僕らは駐輪場に到着すると戸田は俺こっちだからと僕の帰り道とは逆の方向へ自転車に跨りペダルを踏んで帰って行った。


 一人になった僕は右側を眺めると西の空は日没が近づいているのか茜色に染まり、日中の陽気が嘘のように冷たい風が首筋を通っていく。思わずさぶと呟き駐輪場から自転車を引き出しサドルに跨がろうとした時、校舎の方から急ぎ足で近づいてくる早瀬さんが見えた。


「ふー、せっかくだし、一緒に帰ろう。いいでしょ。」


 一息ついて少し乱れた髪を直しながら、早瀬さんは鞄を籠にいれ自転車を引き出し、何も言わない僕の横へ勝手に並ぶ。


「お待たせ、行きましょうか。」


僕に笑顔を向け、自転車を手で押し歩き出す。一緒に帰るとは思ってもいなかったので、僕は少し人目を気にしながら仕方ないので彼女に並んで歩いた。


「今日、朝教室に入ったら友近さんが居たから、同じクラスなんだってびっくりした。」


「僕も同じだよ。早瀬さんの自己紹介まで全然気づかなかくてびっくりしちゃったよ。」


「ふふ、同じだね。」


早瀬さんの癖なのか淑やかに笑うので彼女の美しさに比例した品性を感じる。


「自己紹介の時、ピアノをやってたって言ってたのに何で軽音楽部なの?」


「先輩に話した通りよ。飽きちゃったのピアノ、だからもう良いかなって……でも音楽は私の取り柄でもあるから続けたい気持ちはあって、ピアノ以外で新しいことを探していたら軽音楽部が部活になったって聞いて選択したの。」


 数瞬の沈黙の後、


「でもこれは建前、本当は違うの。」


「違う?」


「そう、でも今は内緒。そのうちわかるわ。」


 目を細めて僕の方を向く彼女の顔は夕方の茜色のせいなのか少し赤らんで見えた気がした。


「こうくっ…コホン、友近さんはどうしてこの高校に?」


 早瀬さんは何かを言いかけて咳払いしてから僕に尋ねる。


「んー、夢があるんだ。」


「夢?」


「そう、まずは東京のT大学に行ってAIの研究を行いたい。今AIは凄く発展してきているけど、それって人の補助的な役割ぐらいしか担っていなくて、自立型のAIも作られてきているけど、僕はそこに携わってもっと人の人生に関わるぐらい便利なものにしていきたいと思ってるんだ。そうすれば、みんなが最適解を人生の中で選択出来きてみんなが幸せな世の中になると思っているんだよね。」


「そうなのね、凄いわ、こうくっ…コホン、友近さん」


 何か目がキラキラした表情の違う早瀬さんを見た気がしたが咳払いをするといつも通りだった。


「だからさ、高校ではしっかり勉強していかないとT大学には合格出来ないから、今は気合い入ってる。」


 僕は早瀬さんの方を向きながら胸の前でグーをする。


「勉強がメインなら部活とかやってる暇なんてないとは思うのだけど、軽音楽部にはどうして?何か楽器とかやってるの?」


 ここまで話して至極当たり前に思う疑問だろう。


「いや、楽器は全然だけど、さすがに勉強ばかりだと高校生活もつまらなくなりそうだから勉強以外も充実させたいというか楽器のひとつぐらいは扱えるといいなって。」


「ふふ、いいんじゃない、楽器は、私はピアノだけぐらいだけど弾いてるとストレス解消にもなるわ。」


 早瀬さんの所作にドキドキする。


「それにしても早瀬さんと同じ部活になるとは思っても見なかったよ。」


 僕は片手を頭の後ろに当てて軽く笑う。


「私のことは名前でよっ…コホン、早瀬でいいわ」


 なんかちょいちょい咳払いをするな。


「そしたら僕も友近でいいよ。」


「うん、そうする。よろしく友近…くん。」


「う、やっぱり私はくん呼びにする。こうくっ…コホン、友近くんを呼び捨てなんて出来ないわ。」


 なんだろう、ここまで来るとわざとかなと思ってしまう。

 暫く話しながら歩いていると幹線道路に繋がるT字路が見えてきた。


「私はこっちの方だから」


と早瀬は僕の家とは逆の方向を指さした。


「わかった、また明日。」


「また明日ね、友近くん。」


 早瀬はそう言い残して、日は落ちたがまだ茜色の空が残る西の方向へと自転車をはしら……戻ってきた。


「あの、友近くん、夢が叶うって言うお守りを上げる。私は二つ持っているから大丈夫よ。」


 そう言って早瀬は自転車に乗りながら籠にある自分の鞄をゴソゴソと探って水色の布で中身を包んだ、少し膨らんだ小さなお守りを僕の前に差し出した。


「いや、なんか悪いよ。」


 早瀬は初対面ではないけれど、まだ仲良くなっている訳でもないのに貰うのは非常に申し訳なく思い、胸の前で掌を振り断る。


「いいの、これを友近くんに渡したいの。渡すために今日……」


早瀬は言いかけたことを飲み込み、頬を少し膨らませて僕のことを睨む。


「いいから、貰って、お願い!」


 早瀬は自転車を降りて、僕のみぞおち辺りにお守りを押し込む。


「わ、わかった。ありがとう早瀬。大事にするよ。」


 僕は早瀬のみぞおちパンチでうっとなったが、そこまで言われて貰わない訳にもいかず、早瀬からそのお守りを受け取った。


「じゃあ、また明日。」


 早瀬は渡せて満足したのか、笑顔を僕に向けた。そして踵を返すと自転車に跨り前を向きながら手を振り大分川にかかる舞鶴橋を走り抜けて行った。


「僕も帰ろう」


 早瀬を見送った後、僕も自転車に跨り帰宅した。


 自宅に帰ると母親は帰宅しており、遅かったわねと台所で夕ご飯の支度をしながら小言っぽく声を掛けてきた。


「もうすぐ夕ご飯出来るから、着替えたら下に降りてきなさい。」


「うん、わかった。」


 僕は台所を後にして2階の自分の部屋に入る。鞄を机の上に置き、着替えるため制服のポケットを触ると、さっき早瀬から貰ったお守りが出てきた。早瀬の勢いに気圧されてよく見なかったが水色の生地には流れ星が描かれた刺繍が入っていた。膨らみが気になりフニフニしてみたが何か入っている様子はなかった。遠くから母親の催促の声が聞こえて来たので、とりあえずお守りは机の上に置き、急いで着替えて下に降りた。


「学校どうだった?友達とか作れそう?」


 母親が初日の登校で必ず聞くであろう内容を尋ねてくる。


「問題ないよ。友達もまあ一人ぐらいは仲良くなれそうな感じ。」


「そう、なら良かったわ。これからだから頑張りなさい。」


 母親が安堵したのか顔を綻びさせながら僕を鼓舞する。


「一応勉強メインだけど部活もやりたいから見学してきた。見学して楽しそうだったから軽音楽部に入ってみようと思う。」


「あら、そうなの。楽器とか難しそうだわ、それよりも行きたいところ(大学)あるんでしょ?置いていかれないようにしっかり勉強をしなさい。」


 どうも母親はあまり部活の話には興味がなさそうだった。一応「もちろん勉強は頑張るよ」と軽く安心させ米を口に放り込んだ。

その後は母親の仕事の愚痴を聞かされ、僕も大して母親に話すこともなくなったのでさっさと夕ご飯を食べて部屋に戻った。


机の椅子に座り今日の授業の復習をしながら早瀬とのことを改めて思い返してみると彼女との接点が今日一日で多かったことに気づく。まず朝早くに平和公園の土手で会ったこと、同じ学校で同じクラスであったこと、さらに選択した部活が同じであったこと、そして最後に一緒に帰ったこと、授業と休み時間を除けばほば一緒にいたことになる。一日でこれだけ一緒にいると彼女は僕に興味があるのだろうかと思ってしまう。いやいや自惚れは良くない、住む世界が違う早瀬がそもそも僕に興味を持つはずがない。偶然に偶然が重なっただけで、たった一日でそう考えるのはどう考えてもおかしい。


肩肘をついたまま鉛筆をぐるぐる回して煩悶していると勉強は大して進んでおらずいつの間にか眠くなってきた。時計を見ると10時を回っていたので勉強は諦め、寝間着に着替えて布団に入るとあっという間にまどろみに入った。


「……わた……し…は」


 僕は夢を見ていた。夢の中ではっきりとしない声が、徐々に鮮明になって聞こえてくる。


「私は貴方の夢を必ず叶えることが出来ます。貴方の夢を実現させるために私はサポートします。ただし貴方の夢を実現するためには多くの課題をクリアしていかなければなりません。まず課題の前に前提条件として貴方は高校を卒業するまで恋人を絶対に作ってはなりません。これを誤ると貴方の夢は必ず実現しません。それは守るべきルールになります。課題は時が来るタイミングで貴方に啓示します。」


 その声は女性のまるでAIが文章を読んでいるような平板な言葉で綴られて夢の中で語り続ける。


「……か…な…………ら………………ず………………」


 再び言葉は途切れ始めて、僕は深い眠りに着いた。


 翌朝、目が覚めるといつもは夢を覚えていることはなく大体ぼやけた内容なのだが、昨晩のそれははっきりと覚えていた。

 変な気持ち悪さを感じつつも、目覚めは悪くなかったので身体を起こして身支度を整えるため寝間着を脱いだ。


「恋人か……」制服を着ながら僕は夢で語られた内容を頭の中で反芻すると頭を横に振り、そもそも恋人なんて作るつもりもないのに出来る訳がないでしょと夢と思いつつも半信半疑のまま奇妙なことに笑ってしまった。


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