『戸田敦』
「えー、初めまして、1年C組担任の高橋です。担当教科は英語、1年間、みんなよろしくな!」
高橋先生は眼鏡を掛けていて一見若そうには見えるが目尻には皺が横に伸び、白髪混じりで光の当たり方によってはグレーにも見える髪の毛は40代をゆうに超えた男性だった。
「まあ今日は初日だしみんなのことようわからんから自己紹介しとこうか、阿部くんと渡瀬さん、ジャンケンして負けた方からスタートってことにしよう」
何とも分かりやすい方法だな。まあ、初めということもあり席順は五十音順になっている。
左の一番前の席から阿部くんが立ち上がり、よくあるジャンケンのおまじないを見せ、どこからかクスクスと笑い声が聞こえる。
渡瀬さんは右側の一番後ろの席から立ち上がり、前の方へ歩いていく。僕は丁度真ん中辺りの席なので渡瀬さんの表情などは伺いしれないが、前に出てきた姿を見ると緊張している面持ちで少し俯いていた。
「じゃーん、けん、ぽん!」
阿部くんの声がやたらとでかいというか煩い。右手を思い切っり出した阿部くんはチョキ。阿部くんの勢いに圧倒された渡瀬さんは控えめに右手からグーを出す。大袈裟に悔しがる阿部くんに対して渡瀬さんは安堵の溜息をつき、早々と自席に戻って行った。
「ん、勝負ありだな、じゃあ阿部の方から順番に自己紹介をしてくれ、みんなやるから控えめにな」
高橋先生がそういうと阿部くんから自己紹介がスタートした。
次々と自己紹介が進行していく中、僕はみんなの自己紹介を話半分に聞きながら——勉強以外にやりたいことを考えていた。
正直勉強がメインになるのは当然なのだが、せっかくの高校デビューなわけで一度しかないアオハルを少しは経験しておきたいと思っていた。もちろん邪な事(恋)をしたい訳では無い。
バイトとも思ったが進学校はバイトそのものが禁止されている。別にお小遣いに困っているわけでもないしな。そう考えると部活が無難かな。とはいえ中学時代に部活をしていたわけではないから、何にするかはどんな部活があるかを見てから考えてみよう。
一人考え事をしていると、なあなあと前の席に座る男子が背もたれに肘をかけ半身を捻って僕に小声で話しかけてきた。
「おま、あー、名前…」
初対面でいきなりお前呼びをされそうだったが相手も申し訳ないと思ったのか少し言い淀む。
「友近皓太郎です」僕は名前を伝える。
「同い年なんだからタメ口でいいよ。友近はさ、部活とかやんの?、あ、俺、戸田敦、よろしく」
戸田はミディアムショートで橙の髪色、明らかに中学時代は運動部であっただろう肌が少し焼けていた。見た目も結構良いな、目は奥二重で鼻筋も通った容貌は明らかにモテそうな感じだった。
「え、おい無視すんなんよ~」
少し上擦った声をあげる。
「あ、ごめん、部活はやろうとは思ってるけどまだ決めてない。」
「俺さ、中学ん時サッカーやってんだけどさ、まあサッカーって人気もあるけどスタメンになれるヤツなんて限られてるからスタメンにもなれない部活を一所懸命頑張るぐらいなら別の部活やろうと思ってんだよな。帰宅部って選択肢もあるけど何もしないのはつまんないしさ。」
戸田は僕から見てもサッカー得意そうな雰囲気があるが、なぜスタメンになれない前提なのか理解できない。
「せっかく三年間やってきたのに高校でも続ければいいと思うし、スタメンになれないとは限らないだろう。」
「いや、俺、ずっと補欠だったよ。どう考えても無理でしょ。多分俺って運動神経良くないのか、運動部向いてないんだよな」
思わず、は?と言ってしまった。運動が得意そうな見た目で運動音痴って、猿も木から落ちるなんてことわざがあるが、戸田はその前提を覆す猿なのに木すら登れないということだ。僕はそんな彼に対して若干の哀れみの気持ちを覚える。恐らく見た目で判断されてきたこと数知れず、実は苦労してきたのかもしれない。
「まあそれなら仕方ないな。どこか気になる部活とかあるのか?」僕が尋ねる。
「なんかさ、今年同好会から部活になった軽音楽部があるらしくてさ、そこに行ってみようと思うんだが、友近もどうだ?」
戸田は目を輝かせ自信に満ちた表情で話し、最後にウインクしてくる。なんだかよく分からんが面白そうなヤツだな。
軽音楽といえばギターとかベースとかいわゆるバンドだろう。楽器は弾いたことは全くないし楽譜も読めないが新しいことと言う意味では少し興味はある。
にしても運動と演奏は結局同じことなんじゃないか。戸田は果たして楽器を弾くことができるのだろうか。まあ余計なことは言わない方がいいな。
「いいよ、じゃあ放課後にでも行ってみようか」
「ょっしゃー!」
ガッツポーズをする戸田を見て、高橋先生が「うるさいぞ」と注意する。戸田はすぐに前を向き直し「すみません」と後頭部を右手で掻きながら、謝っていた。
意外と戸田は寂しがり屋なのかも知れないと思うと僕は少し口元を緩ませた。
僕の自己紹介は名前と出身中学校、最近ハマってることを話して呆気なく終わった。
そして後半となり高橋先生が——「次、早瀬櫻」と口にした瞬間は僕は「え!」と思わず首を捻り、僕の右斜めに座る早瀬さんを見てしまった。
一瞬目が合った気がしたが早瀬さんは「はい」と立ち上がり自己紹介をする。
「名前は早瀬櫻です。出身は城東中学校で音楽部でピアノをやってました。」
堂々とした立ち姿と口調はクラス全員の注目を集めていた。胸下まで伸びた濃紺の髪、少しつり目になっている、くっきりとした二重まぶたで淡い瑠璃色の瞳は、他の女子とは明らかに異なる隙のない端正な容姿で同級生だけでなく上級生の男子まで人気が出そうな感じだった。
高橋先生が「じゃあ次、稗田」と自己紹介を進行していく。
僕は正面に向き直り改めて朝早瀬さんに会ったこと反芻する。彼女の姿が脳裏で映し出せれ平和公園で出会い、会話をしたこと。
そして彼女の容貌にドキッとさせられたこと。思い返すと少し顔が熱くなりそうなので誰にも悟られないよう静かに俯いた。
俯きながら、音楽部にいたんだな、確かにお嬢様然とした容姿ならピアノも似合いそうだ。
――僕とは全く違う世界で彼女は努力し実績を積み重ね、然るべき人に認められ続けているのだと考えると何も無い自分を情けなくなってしまった。
彼女は恐らく高校でも音楽部に入るのだろう。
初日の授業はつつがなく終了し放課となり、戸田が鞄を持って立ち上がり、僕の横に立つ。
「友近、時間あるなら、さっき話してた軽音楽部に見学に行かね?」
僕は「わかった」と返事し今日貰った教科書類を鞄に入れる。朝より大分重量が増している。
ふと早瀬さんの方を見るとまだ帰る様子はなく、クラスメートの女子からグイグイ話し掛けられて少し顔を引き攣らせた笑いを見せ雑談していた。
「友近~早く行くぞ~」
既に教室の引き戸の前で待っている戸田が声を上げる。戸田が教室を出ていくので僕もその後に続いた。




