蒼輝祭編 Vol.1(古国府愛華)
蒼輝祭編です。新キャラ登場です。
9月、夏の日差しは全く弱まることを知らず、むせ返るほどの湿気とアスファルトからの熱波によって、立っているだけでも体中からじわじわと汗が湧き出てくる。
二学期が始まった。そして10月に津留高校、最大のイベントである『蒼輝祭』が3日間にわたり開催される。そこで、僕たち軽音楽部のライブもこの蒼輝祭の最終日にお披露目となるわけだ。軽音楽部で披露する曲は4曲と決まっていて、その内3曲の完成度は日々の練習のお陰で多少は見られるレベルまでになっていた。後1曲はというと、早瀬の提案でオリジナルをやることになった。作曲は鍵山先輩と敷戸が担当するのだが、早瀬もピアノをやっていたはずなので作曲ができるのではと思い訊いたら、「私は弾き専」だからと、また変なとこだけ誰かの真似をしていた。
とりあえず、軽音楽部は日々の部活動で蒼輝祭には間に合わせられそうなので大丈夫だが、それとは別に蒼輝祭では各クラスがそれぞれ出し物をすることとなっている。僕たち1年C組も例外はなく決めなければならなかった。
そして、今まさに高橋先生が教壇に立ち、1年C組の蒼輝祭実行委員のメンバーの選出から始めようとしていた。
「まずは文化祭の実行委員を4人決めなきゃならんのだが、誰かやりたいやついるか?」
「…………」
「えー、誰もいないのか……ったく、お前ら蒼輝祭の実行委員なんて1年と2年の2回だけなんだぞ。もう少し積極性をもってほしいもんだな」
「まあ誰もいないなら仕方ない……いないなら、くじ引きすっぞ」
高橋先生は僕たちのやる気のなさに溜息を大きくついて、後頭部を右手で掻きながら、くじ引きの準備している。
そこに僕の隣に座る、女子生徒が手を挙げた。
そういえば言ってなかったが、二学期に入り席替えをした。僕の前にいた鬱陶しい戸田は一番前の席に、早瀬は窓際の後ろの席、敷戸はまあいいか戸田の近く、そして僕の隣に座るのが、学級委員長を務める『古国府愛華』だ。
「お、古国府やるのか?」
「ええ、せっかくの蒼輝祭ですもの。私が皆さんの指揮を執って1年C組の凄さを思い知らせてあげますわ」
僕はまだ彼女のことをよく知らないが、古国府愛華は名家のお嬢様らしい。お嬢様ならこんな公立高校じゃなくて私立のお嬢様が集まるような高校に通うものだと思う。だが敷戸曰く、親御さんの意向で一度しかない高校生活を普通の女子高生として友達を作り、勉学やスポーツに励んで欲しくて、公立に通わせたそうだ。現に古国府は公立高校生らしからぬ、才色兼備・文武両道で成績は優秀、そんな彼女に憧れる女子生徒も多い、いわゆる完璧女子高生なのだ。それにしても、凄さを思い知らせるって蒼輝祭はそんなんではない気がする。
「じゃあ、古国府、キミが実行委員になるなら、後のメンバーは任せていいか?」
「ええ、先生。もちろんですわ」
古国府は席を立ち、片手を胸にあて、自信に満ちた笑みを浮かべると、高橋先生と入れ替わるように教壇に上がった。
そんな完璧女子高生が指揮を執る1年C組の蒼輝祭は、とてつもなく面倒くさくなることを古国府を含め。——この時は誰も思っていなかった。
*
「では、残りの3名はわたくしが決めますわ。よろしくて?」
誰一人反応を示さないので、僕はとりあえず頷いておいた。その時、古国府と目が合い、彼女は優しく微笑みがら僕を『地獄へといざなう』
「うん、では、友近さん。お願いしますわ」
「はぁっ!?僕がやるの?」
不意の指名に僕は目を丸くして思わず自分を指差す仕草で確認してしまった。
「あら、何か不服でも?貴方、頭も良いですし、何より皆に優しいから私は一番頼りにしてますわ」
何かな地獄にいざなっておきながら、褒めているのか。意味が分からん。
それに背後から鋭い視線をチクチクと感じるのは気のせいだろうか。まるで何の罪もないのに針地獄の刑を執行される前の死刑囚になった気分だ。
「いや、まあ古国府がそう言ってくれるのは嬉しいから、やるよ」
僕は反論するのも面倒なので不承不承うなずくと、なぜか古国府は目を泳がせて、うっすらと顔を赤らめていた。
「こほん、では友近さんも前へ」
選ばれた以上仕方ないので、僕は席を立って、古国府の隣に並ぶ。
こうして、教壇から皆を眺めると、誰も目を合わせたがらないな。確かに蒼輝祭の実行委員をやるために、ここにいるわけじゃないだろうし、普通に考えれば余計なことをするぐらいなら勉強していた方がいいんだろう。ただ早瀬だけは違うようだな……僕をジト目で睨んでいる。
「では、次の実行委員は……」
古国府の言葉を遮るように、早瀬がこれでもかというぐらい、まっすぐ手を挙げる。
「あら?早瀬さんもやりますの?」
「ええ、やるわ」
早瀬はなぜか古国府に対して語気を強め、まるで対戦相手に送るような鋭い視線で古国府を見つめていた。
古国府は早瀬から視線を外し、瞳を閉じて大きくため息をつつくと、やれやれと肩を竦ませる。
「このあと皆さんに出し物について説明するつもりでしたけど、早瀬さんにはその役をやっていただきたいのですわ」
「せっかくのご厚意ですけど、却下ですわ」
古国府は真剣な面持ちで早瀬に言い放つと、何も言い返せないのか早瀬は顔を紅潮させ頬を膨らませたまま、席についた。
「金池さんと敷戸さんお願いしますわ」
「えー、俺やんの?」
「えー、私やんの?」
「そんなに2人して声を揃えて、喜んで頂かなくてもよくてよ」
「よろこんでない!」
またもや金池と敷戸は声を揃えて突っ込んだが、半ばあきらめて結局僕と同じように2人は席を立ち教壇に並んだ。
「それでは1年C組の蒼輝祭実行委員会は、わたくし古国府と友近さん、金池さん、敷戸さんの4人で進めていきますので、宜しくお願いしますわ」
そういうと、古国府はその姫カットされたプラチナブロンドのロングヘアーを、手ぐしで後ろに流して、今日の本題に入ろうとした。
「さっそく今日の本題ですが、わたくしたち1年C組は他を圧倒するために『メイド喫茶』をやりますわ」
教室内が一気にざわついた、教壇に立つ僕たちすら一様に目を丸くして、古国府に視線を向けていた。
「いやいや、こういうのって意見聞いてからやるもんじゃねぇの?」
「そう、私たちだってやりたいことあるのに」
一同がそろって古国府に意見を飛ばすと、古国府は教壇の机を「バン」と強く叩いて一同を黙らせる。
「だったら、なぜ高橋先生が実行委員の立候補を募った時に手を挙げなかったんですの?」
「わたくしが教壇に立った時も、誰一人として目も合わせようともしなかったのはなぜですの?」
「そんなやる気のない状態で、わたくしが決めた途端、意見をしてくるとか都合がよすぎますわ」
「それに、松本さん、あなたは何をやりたいのですの?」
古国府は松本を指差して問い詰める。
「いや、なんか劇とか……」
「では、その何かとは?」
「…………何も考えてない」
松本は古国府の勢いに気圧され、徐々に小声になっていった。
「まあまあ、古国府。そんなに熱くなるな。じゃあ古国府はなんでメイド喫茶をやりたいんだ?それを説明すればみんな納得するんじゃないか?」
高橋先生は教壇の脇にある椅子に座り、腕組みしながら、古国府を諭していた。
「ふぅ、先生のおっしゃる通りですわ。少し熱くなってしまいました。わたくしがメイド喫茶をやりたい理由は」
「わたくしの家は代々継がれる『呉服屋』を営んでおりますの。それは皆さんご存じでしょう」
「はっきり申し上げますと東洋の習慣は生まれてから今までずっと見てきましたけど、西洋の文化はわたくし全く知らないのですわ」
「だからメイド喫茶をこの蒼輝祭で行うことで、わたくしは西洋の文化を少しは知ることができるのと他のクラスが何をするかは存じ上げませんけど、圧倒することができると考えてますの」
「それに、恐らく皆さんの中に『屋台』などをやりたい方もいらっしゃると思いますわ」
「メイド喫茶は喫茶店として、それすらも叶えてくれますわ。だから皆さんと一緒にメイド喫茶をやりたいのです」
恐らく、古国府は今日の日のために自分なりに、高校生活でやりたいことを真剣に考えていたのだろう。まあ西洋だからといってメイド喫茶に行きついた理由はわからんが。いずれにせよ勉学優先の進学校で、蒼輝祭を真剣に取り組もうとする生徒はそんなにいない。皆、決めてもらった方が都合がいいのだ。かく言う僕もその一人だった。なのでクラスの中に古国府のように先導のできる生徒がいることで意見の対立も少なく、後々問題にもなりにくいと思う。
「それと昨日お父様ともこのことをお話して、給仕用の服装はすべて『古国府呉服店』が作って給仕役の方々には提供致しますわ」
古国府の思わぬ発言で、高橋先生は持っていたシャーペンを指から滑らせて落としてしまう。
「お、おい、ちょっとまて古国府。それはさすがにやりすぎだぞ。」
「先生、さきほど先生は蒼輝祭の実行委員は2回しかできないと仰っておりましたが、たった2回しかできない蒼輝祭で、わたくしは今しかできないことをやりたいのですわ」
「だからお願いします」
古国府は高橋先生の方を向き、深々と頭を下げた。
「あー、その前にみんなの意見はどうなんだ?」
「まあ古国府さんが言うことも一理あるよね」
「あー確かにな。俺ら1年C組でやれるのはこの1回だけだもんな」
「せっかくならみんながやらないこととかやってみたいよな」
先程の古国府に対する意見はなくなったように見え、同意を示す発言があっちこっちから聞こえ始めた。
「じゃあ、まあ校長先生とかには俺から言っておくから、全部古国府含めた実行委員に任せるぞ。いいな?」
「はい、先生ありがとうございます」
「せっかく、やるんだから失敗するなよ。古国府」
「先生、もちろんですわ!」
古国府は、その綺麗なプラチナブロンドの髪を再び手ぐしで後ろへ流すと、自信満々の笑顔を浮かべた。




