幕間(廻栖野楓の夏休み 前半)
幕間(廻栖野楓の夏休み)です。長くなってしまったので前後半で分けました。
(廻栖野楓)
夏休み前、期末テストの数学と物理でボクは赤点を取ってしまった。だって難しすぎるんだから仕方ないじゃないか。
はっきり言おう、ボクは勉強が苦手というか、あんまりやりたくない。あんまりって言うのは、少しはやらなきゃとは思ってるってことだ。
「お前は空手を真剣にやってることはいいと思うが、勉強もやらんと空手だけじゃ高校行けないぞ」
そんなボクは中学生になっても成績が悪くて、先生によく怒られていた。
そういう時は、同じ空手部の友達『藤代雫』が、よくボクに勉強を教えてくれる。
「楓さ、そこはそうじゃなくて、こことここを掛けたら、こうなるの、わかった?」
雫はボクの机の横に椅子を持ってきて、隣でノートに指さししながら教えてくれている。ボクがちゃんと分かっているのか表情を伺い、難しい顔をボクがしているともう一度同じ説明を繰り返してくれた。
そう、ボクは雫のおかげで、何とか成績を上げて今の羽屋高校に入学できたんだ。
*
「楓さ~、まーた赤点取ったの?しかも期末で。どうすんの夏合宿あんのに。」
雫は呆れた表情で、左手を腰に当てながらボクの机の横に立っている。
「うー、だって難しすぎてわからないんだ」
ボクは雫から視線を逸らして、頬を膨らませた。
「まあ、補習あるんでしょ?私が教えてあげるから、夏合宿は一緒に行こうよ」
「う、うん、ありがとう雫」
雫は屈みこむようにボクと目線を合わせて、顔をぐっと近づけてくる。ボクは優しく微笑む雫の少し潤んだ瞳と口角を上げた口元に思わずドキッとしてしまった。
それから、雫は部活動の前にボクのクラスにやってきて、毎日勉強会をしてくれた。お陰で夏休み前の補習テストでは無事合格してボクは夏合宿に行けることとなった。
*
「ほら、楓、電車でちゃうよ。はやくはやく」
雫は駅のホームで手招きしながら、ボクに声を張り上げて急かしている。
ボクは階段をかけあがって、ホームに着くと、雫と並んで電車へ乗り込んだ。
「ふぅ~、あっついなぁ。何とか間に合ってよかった」
ボクはエアコンの効いた車内で、Tシャツの胸元をつまんでバタバタと扇ぐ。Tシャツに張り付くほど汗が湧き出ていて、風を体に送り込むと鳥肌が立つほど涼しかった。
何だか周りの視線が気になるけど、まあいいや。
「楓、お菓子買いすぎ。遠足じゃないんだよ」
「それとさ、楓は胸が大きいんだからTシャツそんなに延ばしちゃったら、色々目立つでしょ。暑いのは自分が悪いんだから諦めなよ」
雫はボクの方に体を向けて、ボクの顔に指をさしながら説教をする。そんな怒っている雫の顔を見て「ごめん」とボクは一言謝った。
電車に揺られながら、10分程経つと隣で雫が寝息を立て始め、横揺れをした瞬間、雫がボクに寄りかかってくる。
寄りかかった雫からシャンプーのふんわりした花のような匂いがする。昨日も練習があったから疲れてるんだろうな。
起きる様子はなかったから、ボクは左手でそっと雫の頭を撫でると、雫は一言「ん」といって、再び寝息を立て始めた。
ボクは電車で肩に雫の重みを感じながら、この前久しぶりに再会した晧太郎のことを思い出していた。
小学生の時、皓太郎は空手しかやっていなかったボクにとって、唯一の友達だった。晧太郎は弱かったけど、すごく優しかったんだよな。
遠足があった日、ボクははしゃぎすぎて、足をケガしてしまった。みんなと合流しないといけないのに、足が痛くて泣きそうで動けないボクに晧太郎は背中を貸してくれた。
皓太郎の背中はお父さんのように大きくはなかったけれど、ボクにはない男らしさと、何より居心地がよかった。抱えられるボクは皓太郎にドキドキが伝わらないか心配したけど、みんなと合流すると、いつものように皓太郎は接してくれたからボクは安心した。
そんな皓太郎とこの前再会できて、凄くうれしかった。雰囲気は高校生になって変わったみたいだったけど、面影はしっかりとあって小学生の時よりもカッコよくなっていた。きっとボクは皓太郎のことが好きなんだろうな。
*
練習は合宿所に到着してからすぐに始まり、夕方まで続けられた。今日の宿泊先は露天風呂もある大きなホテルらしいから、ボクは楽しみにしていた。
そして練習が終わった後はホテルに移動して、ボクたちはお腹を空かせて一目散にレストランへ向かった。レストランのビュフェ形式はボクにとって、好きなものを好きなだけ食べられるので大好き。
「ふぅ、お腹いっぱい。楓さ、一緒にお風呂入ろうよ」
雫はお腹をさする仕草をしながら、ボクに顔を向けてにこにこしてる。
「うん、いいよ」
ボクと雫は部屋に戻るとタオルや着替えを準備して、屋上階にある大浴場へ向かった。
脱衣所で浴衣を脱いでいると周りから視線を感じる。まあいつものことだからボクはあまり気にならない。
「楓のは誰が見ても大きいね……」
雫が横で同じく浴衣を脱ぎながら、ボクの胸元を見ながらぼそりと呟く。少し雫の顔が赤くなっている気もするけど大丈夫かな。
ボクと雫は浴場内の洗い場で体を洗うと、少しだけ「あつめ」の湯船に浸かってから、楽しみにしていた露天風呂に向かった。
ボクたちが露天風呂へ入ろうとした時、予期しない人と出会った。
「あ、すみませ~ん、お邪魔しま~す」
「って!?」
「は、早瀬さん?なんでここに?」
早瀬さんもボクたちと同じように部活の合宿で来ているのだと教えてくれた。
と言うことは同じ軽音楽部の晧太郎も来ているのかな。
ボクは声を張り上げて晧太郎を呼んでみたけど、何も反応はなかった。肩を落とすボクに雫がなぜか頬を膨らませて怒っていた。周りに迷惑をかけるから怒ったのかな。
夜、晧太郎と会いたいと思ったボクは特に用事もなく、部屋を出てエレベーターホールでスマホを見ながら待ってみた。すると、背後からボクの名前を呼ぶ人がいたから、振り向くとそこには晧太郎がいた。
期待はしていたけど、本当に会えると思っていなかったから、ボクは目を泳がせて慌ててしまう。
晧太郎はボクがなぜ慌てているのか分からないみたいで首を傾げてた。
「あ、そうだ。せっかくだし3階に行かないか?遊戯場があるらしくて、ボクは別に晧太郎と遊びたいわけじゃないんだけど、その卓球で汗を流せばいいと思ってアドバイスだ」
せっかく会えたんだからボクは昔みたいに晧太郎と遊びたくなった。そういえば3階に遊戯場があるって、雫は言ってたかな。思い切ってボクは晧太郎に「卓球をしよう」と誘ったら、首を縦に振ってくれた。——ボクは凄く嬉しかった。
*
遊戯場で恥ずかしいところを、ボクは見せてしまったけど、久々に晧太郎と遊べて楽しかった。
エレベーターの中で、ボクは晧太郎と遊べてたのが嬉しすぎて、思わず腕に抱きついてしまった。晧太郎は身を引いて顔を赤くしているけど、ボクはそんなこと全く気にならなかった。
そして、エレベーターが目的の階に到着したことを知らせる、電子音がなって扉が開く。——そこにはさっき露天風呂で会った早瀬さんが立っていた。
早瀬さんの顔はみるみると歪み険しくなっていく。晧太郎は慌ててボクの手を強引に振り払い、早瀬さんに駆け寄っていった。「あ」っとボクは小さな声が漏れたけど、晧太郎との楽しい時間は一気に終わりを迎えた。そして、ボクの大好きな晧太郎は、もうボクだけの晧太郎じゃないことがわかった。
早瀬さんは涙を浮かべながら、走って部屋へと戻ってしまった。きっとボクのせいだ……。肩を落とす晧太郎に、これ以上は何も言えなくて一言だけ。——「ごめん」と謝った。
次回は、後半です。




