軽音楽部の合宿編 Vol.4
萩原と早瀬の話が少し長かったので分割しました。次のVol.5が水着回になります。
(萩原薫子)
深夜、ホテルのテラス席で、あたしはスマホを弄りながら、ある人たちを待っている。
本当に来るのかも分からないけれど、ホテルの中では大してやることもなかったし、来なかったとしてもあたしにとっては何も問題はなかった。
すると、30分ほど待っていたら、2人がテラスへ来るのが視界に入った。
あたしは心の中で「本当に来た」と思わず目を疑った。けれど余りジロジロと見て、バレるのは面倒なのであたしはスマホを弄りながら横目で彼らの様子を伺うことにした。
その2人、『友近晧太郎』と『早瀬櫻』はあたしから左手奥のテラスソファーに座ると、2人ともなぜか神妙な面持ちで会話をしているようだった。当たり前だけど2人が話している内容は全く伺えない。——けれど、あたしの目的は彼らが話す内容ではなく、『早瀬櫻』と話をすることだから。
あたしは、しばらく様子を伺いながら、彼女が1人になるタイミングを見計らっていた。
数十分後、急にお腹でも痛くなったのか、『友近晧太郎』は立ち上がり、少し前傾姿勢のまま急いでホテルの中に戻っていくのが見えた。
あたしは、これはチャンスと思い、すっと立ち上がって『早瀬櫻』の方に歩み寄る。
「早瀬さん、こんばんは。久しぶりだね。もし良かったら、少しだけ、あたしと話しない?」
*
(早瀬櫻)
私は驚いた。こんなところで、『萩原薫子』さんに会うとは全く思ってもみなかったから。この前会った時より少しやつれている印象を受けたけど、顔色は悪くなさそうだった。
それよりも彼女は髪を切ったみたいで、可愛くリボンで束ねていたポニーテールはばっさりとなくなり、今はショートに変わっている。
「こんばんは、萩原さん。まさかこんなところで会うとは思わなかったわ」
「覚えてくれていて、ありがと。あたしどうしても早瀬さんに訊きたいこととお願いごとがあるの」
「え?訊きたいこととお願いごと?」
私は萩原さんに何を訊かれお願いされるのか、全くわからず、少し不安な表情を見せてしまったかもしれない。
「あんまり長話をすると、友近くんが戻ってきてしまうと思うから手短に言うね」
萩原さんは両手を胸の前で合わせながら、笑顔で私をどこか見透かしたように見つめる。
「訊きたいことは、『達臣くん』って知ってる?」
私は全く分からなかった。どう答えればよいか逡巡したけど、素直に伝えることにした。
「ううん、全く知らないわ」
「あー、そっか、やっぱりそうだよねぇ。そういうと思ったよ」
なんだろう、萩原さんの目に悪意を帯びた何かを感じてしまう。
「それが、何か問題でも?」
「ううん、いいの。ただ聞きたかっただけだから」
萩原さんの意図が全くわからない。私の中で不安がさらに募り、彼女が話しているのに視線を合わせることができなくなってしまった。
「じゃあ、最後にお願いごとね」
「今度、私と2人で会ってほしいの。そこでゆっくり話したいことがあるんだ」
萩原さんは私の前で腰を落として、私より目線を下げた状態で、笑みを浮かべながら上目遣いで見つめてくる。
「お願い!」
そして、両手を合わせて頭を下げる。
「私がいやだって言ったら?」
「んー、正直あたし早瀬さんを脅すつもりはないんだけど、嫌だって言うんだったら」
——「私は『早瀬櫻の秘密』を知ってるよっていうよ」
萩原さんは一体何を言ってるのだろうか。そんな根拠のないことを言われて彼女のお願いを聞く必要もないのだけれど、なぜか私は彼女の黒い瞳の奥に見える深い闇を感じて怖くなってしまった。
「……萩原さんの言ってる意味が全く分からないのだけれど、会うのは構わないわ」
私は強がって見せたつもりだけど、萩原さんとは視線は合わせられず、目は泳いで明らかに不安が表情に滲み出ていたと思う。
「うん、ありがとう。じゃあさ、連絡先だけ交換しよ。はい!」
——そして、私は萩原さんとLINEの交換をした。
「じゃあ、日にちとかは私から連絡するねぇ~バイバイ、おやすみなさい」
萩原さんは微笑みながら、小さく手を振ると、踵を返して、ホテルの中へと消えていった。
「早瀬、ごめん、おまたせ。ん?どうかしたの?」
こうくんはお手洗いから戻ってくると、私の不安な表情に気づいて訊いてくる。
「ううん、何でもないわ。夜も遅いし、眠くなってきただけよ」
萩原さんのことは、こうくんには、まだ話さない方がいいかもしれない。とにかく萩原さんともう一度会ったあとで考えよう。
「ふわぁあ……確かにもう眠いな」
「じゃあ、こうくん、ホテルに戻って休みましょ。」
私は、前を歩く彼の背中を見つめながら、ずっとこうくんの傍にいたいと祈るように心の中で呟いた。




