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軽音楽部の合宿編 Vol.3

早瀬との誤解を解く回です。

 (早瀬櫻)

 夜、フロントに髪留めを借りようと、私は敷戸さんに一声かけてから部屋を出て、階下に行くエレベーターを待っていた。

 電子音が鳴り、エレベーターが到着したことを知らせてくれると扉が開き、乗ろうとした瞬間——中にいたのは、こうくんと廻栖野《めぐすの》さんだった。

 2人はエレベーターの狭い空間の中で、猫がじゃれ合うように、ぴったりと密着している状態だった。

 それを見た私は、言葉を失い、呆然とその場に立ち尽くしていた。そして、怒りなのか悲しみなのか全くわからない感情が込み上げてくる。

 こうくんは廻栖野さんの手を振り払って、急いで私に駆け寄り、何かを言ってくれていた気がする。けれど、考える余裕もないほど混乱している私はこうくんの言葉を全く聞きたくなかった。

 そして、この場にいることが耐えられなくなってしまった私はこうくんに背を向け、走って部屋へと逃げ込んだ。


 *

 結局、昨晩はよく眠れなかった。理由は廻栖野と2人で居たところを早瀬に出くわして、早瀬はそのまま何も言わず逃げるように部屋へ戻ってしまった。

 まだ合宿も2日目で、今日は朝から夕方まで練習をすることになっている。早瀬と会った時に何を喋ればいいのか、全く思い浮かばず考え込んでいたら寝付けなかったのだ。

 

 朝起床すると、僕と戸田は浴衣を脱いで、普段着に着替える。そして、朝ご飯が準備されているレストランへ向かうため部屋を出た。

 すると隣の部屋の扉も開き、女子3人も部屋を出たようで、エレベーターホールに向かおうとした僕たちに敷戸が声を掛けてきた。


 「おはよう、敦とともちん」

 毎回思うが、なんで戸田は名前で僕はあだ名なのだろうか。


 「敷戸、おはよう」

 「よ、明日香、おはよう」


 「あ……早瀬もおはよう、鍵山先輩もおはようございます」


 「お、おは、よう」


 「おはよう、友近くんと戸田くん」

 僕は敷戸に挨拶をしたとき、視界に入った早瀬と一瞬目が合ったが、気まずくなり目を逸らしながら挨拶をした。早瀬の表情は伺い知れなかったが、声色からいつもの雰囲気であるようだった。


 その後、食事中も早瀬はいつも通り鍵山先輩と敷戸、戸田とは楽しそうに会話をしているようだった。ただ僕に対しては、なんというか声色は普段と変わらないのだが、表情は少し強張っている感じがあった。


 一様に食事を済ませると僕たちは一旦部屋へと戻り、必要なものだけを持って、再び部屋を出る。そして、8時45分に1階のロビーで待ち合わせをして、スタジオへと向かった。


 *

 

 「敦、そこのフレーズ、もう少しゆっくり叩けない?」


 「あー、こんな感じでいいか?」


 「いいね、そんな感じで」

 戸田と敷戸は主にリズムパートだからリズムを崩さないよう、勢いで叩きがちな戸田へ敷戸が丁寧に指摘している。幼馴染でもある2人は、お互いのことを理解し合っているからか、曲の仕上がりも申し分ないほど2日目には出来上がってきているようだった。


 一方、僕と早瀬はメロディパートであるギターだが、メインは早瀬で僕はリフで曲全体を引き立てる役割になっている。当たり前だが僕にはボーカルパートもあるため、リフを弾きながら歌わなければならない。だが、今の僕には弾きながら歌えるほどの余裕は全くなかった。


「友近くん、そこのフレーズ、私のフレーズと合わせてもらいたいわ」

「あ、ごめん、ちょっとまだ上手く弾けないんだ」

「……まあいいわ、弾けるようになって頂戴」

 やはり早瀬は怒っているのか。僕に向けられる、今までなかった冷ややかな視線と何となく吐き捨てる言葉は言い知れぬ怖さがあった。


「あの、早瀬さ……」

「なに?」

 早瀬は僕に向けて、鋭い視線を浴びせ、その声を強張らせる。


「いや……なんでもない」

「友近くん、今日出来ないと明日は最終日だから、時間はあまりないわ。がんばりましょ」

「ん、そうだな、ごめん」


 結局、練習が終わるまで、僕は早瀬に声をかけることができなかった。必要な会話以外は、全く交わさないまま、合宿の2日目は終了した。

 ただ、唯一良かったことがある。僕たちは——この練習で2曲を最後まで演奏することができたことだけは良かった。


 *


 深夜、この日も僕は寝付けずにいた。

 布団に包《くる》まったまま、今日見せた早瀬の怒っている姿を目の当たりにし、昨日のことを何も話せずにいることを、僕はどうすれば良いのか思い悩んでいた。


 すると、突然、僕のスマホが振動した。

 LINEの通知だったので、アプリを立ち上げると早瀬からだった。


 「今、部屋の前にいる」


 僕は戸田が起きないように、ゆっくりと立ち上がり、音を立てないよう静かに部屋の扉を開けた。


 「こんばんは、こうくん」

 目の前で、スマホを両手で持ったままの早瀬は、練習中と異なり、少し緊張した面持ちで僕を見つめている。


 「少しこうくんに話があるのだけれど、いいかしら?」


 昨日のことを話さなければならない、僕にとって断る理由などなかった。


 「あーもちろん、僕も早瀬と話がしたかった」


 そして、2人並んで、エレベーターで階下に行き、ホテル内にあるテラスへと向かった。

 テラスには2組のカップルや独りで読書を楽しむ男性、スマホを弄っている女性などがいたが、とても静かだった。

 僕たちは少し離れた、2人用ソファーに並んで座る。


 しばらく無言の時間が続いたあと、早瀬がゆっくりと口を開いた。

 

 

 「あの……こうくん。はっきり言うわ。私、怒っているの」


 「あー、うん、そうだよね。ごめん」


 「私、廻栖野《めぐすの》さんがいるだけで、凄く不安だった。だって、廻栖野さんは明るい人だし、魅力もあって、お茶目なところもある」

 「私に、ないものばかり持っている人……だから」

 「だから、こうくんと久しぶりに会った時の廻栖野さんを見た時、嫌な予感はずっとしていたの」

 「でも、それは私の思い過ごしで、こうくんに限って、そんなことはあり得ないと思っていたわ」


 「……エレベーターで2人と出会う時までは」

 早瀬は、これまで一人で抱えていた不安や悩みを僕に、ゆっくりと打ち明けてくれた。


 「あれは、その……ごめん。ただ……あれは不可抗力というか。僕は廻栖野に対してそんなつもりは……」

 僕は早瀬の方へ向き直り、少し俯《うつむ》きながら、あの出来事がただの偶然だったことを懸命に伝えようとするが、言い訳のようになってしまった。

 

 「こうくん、私は言い訳を聞きたくないの」

 「そんなこと聞かされたって、起きたことは何も変わらないのよ」


 「うん……、ごめん」


 「私はあの後、部屋に戻って、辛くて、悲しくて涙が止まらなかった」

 


 「でもね敷戸さんが、そんな私を見て、すごく心配してくれて話を聞いてくれたの」


 *


 (早瀬櫻・敷戸明日香)

 「えっぐ……ひっく、ぐすっ」


 「え?え?どうしたん、はやっち、なんで泣いてんの?」


 「こ、こうくんが……ひっく、え、えっぐ」


 「こうくん?……あ、ともちんのことか。ともちんがどうしたん?」


 「ぐす、廻栖野さんと……」


 「廻栖野さん?あの巨乳女子とともちんを見かけたの?」

 

 「ぐすっ……うん」

 「こうくんと廻栖野さんが……そのエレベーターの中で……その密着していたのを見てしまったの」

 「私、何がなんだかわからなくて。ただ、凄く悲しくなって……ぐすっ」


 「あーなる、それは衝撃的……だね」


 「それで涙が溢れそうになってきたから、走ってここに戻ってきたの」


 「そっか、それは辛かったね」

 敷戸さんは私のすぐそばで寄り添い、優しく背中をさすりながら話を聞いてくれていた。

 

 「でもさ、はやっち。ともちんってそんなことをする人だと思う?」


 「…………」

 「ううん、思わないわ」


 「私もそう思うよ。だってさ、ともちんにそんな甲斐性なんかないし、それにあの巨乳女子が暴走しただけでしょ」

 「だからさ、明日練習が終わった後、夜なら時間があるでしょ?」


 「うん」

 

 「うんうん、2人で一度、ちゃんと話をした方がいいと思うんだよね」

 「私もこのまま、はやっちが辛そうにしているところ、ずっと見ていたくないし」

 「あーそうだ。それと、はやっちの今の気持ち、しっかり伝えなきゃだめだよ。曖昧なままなんでしょ?」

 敷戸さんは笑顔で、私の背中を軽くポンッと叩いて勇気づけてくれた。


 「うん……ありがとう。早瀬さん」


 *

 

 「敷戸さんが話を聞いてくれたから、廻栖野さんのことは、もういいの」

 「私もこうくんが、そんなことができる人じゃないことは分かっていたし」

 「こうくんのやったことを失敗として捉えるなら、あの敷戸さんの時のように、私もこうくんに対して怒ったり悔しがったりしないようにしないといけないわ」

 

 「そっか、早瀬、本当に悪かった。信じてくれて、ありがとう」


 「ふふ、こうくんも少し笑ってくれた。」


 早瀬は僕の方に向き直り、優しく微笑んで見せた。

 そして、ゆっくりとソファーから立ち上がり、僕の目の前に立つと少し頬を赤らめ、まっすぐ僕を見つめて満面の笑みを浮かべた。

 

 「だから、私がきちんとこうくんに伝えたかったことは」

 

 

 ——「私はこうくんのことが好きってこと」

 月に照らされた、早瀬の濃紺の髪は海から吹く風に靡《なび》き、キラキラと輝いていた。

 

 

 不意の告白に、僕の顔が熱くなっていく。でも、すぐに返事ができず、言葉に詰まってしまう。


 「……早瀬、いや僕は」

 この義に及んで、僕の脳裏にルカの言葉が思い出されてしまう。

 

 「返事はまだいいわ。」

 「私はどうしても、この気持ちをこうくんへ伝えたかったの」

 「だから、こうくんの気持ちは今すぐじゃなくて大丈夫」


 「ただ……わがままを一つだけ言うと」

 

 ——「それまでは私だけを、ちゃんと見ていて欲しい」


 

 「あー、もちろんだよ」

 

 

 

 *


 僕と早瀬はしばらくテラスのソファーに座り、明日の海水浴のことについて話をした。

 すっかり早瀬はいつもの調子に戻ったようで、「私の水着をちゃんと見てほしい」と悪戯っぽく言ってきたが、僕はさっきの早瀬の告白で、顔は熱くなったまま「わかった」としかいうことができなかった。

 ちなみに、あの練習の時、明らかに早瀬が怒っていると思っていたが、この事を伝えるのに緊張していたのとギターを覚えなければならないという焦りからだと教えてくれた。


 「早瀬、ごめん。ちょっとトイレに行ってくる」

 早瀬との誤解が解けたことで安堵した僕は、彼女にそう告げて、ホテルの中にあるトイレへと向かった。


 *

 

 こうくんがお手洗いに行ってる間、私が一人空を眺めていると、一人の女性から声を掛けられた。

 「早瀬さん、こんばんは。久しぶりだね。もし良かったら、少しだけ、あたしと話しない?」


 「!?」

 ——「え?……萩原……さん?」


 

次回は水着回の予定です

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