軽音楽部の合宿編 Vol.2.5
温泉回、友近サイドです。
(友近晧太郎)
大浴場は入口手前から「ぬるめ」と「あつめ」で別れていて、外には露天風呂もあった。
「体を少し温めたら、後で露天風呂に入ろう」
「おう、そうしようぜ」
まずは先に身体を洗い、僕はぬるめの湯船に浸かった。
戸田はなぜか、いきなり「あつめ」に浸かろうとして「あち、あち」とか言いながら、我慢して浸かっていた。戸田が好きで入っているならいいけど無理すんなよ。
しばらく体を温めたあと、僕たちも露天風呂へ移動した。
「はぁ、最高~……もうのぼせそうだわ」
「そりゃ、お前が「あつめ」に入ったからだろうよ。」
「あれは、自分の精神力を試すために入ったんだ」
戸田は「ふん」と鼻息を漏らし、自信満々に言い放つが僕には全く理解不能だ。
「ところでよ、早瀬さんとはどうなん?」
戸田が僕の方に向いて訊いてくる。
「どうって、いつも通りだよ」
「ふーん、まあいいや。……そういや早瀬さんの胸、どんな感触だったんだ?」
戸田が僕の方へ滑るように寄ってくると、ニヤニヤしながら耳打ちをしてきた。
「っ!?」
僕はその一言で早瀬から布越しに伝わってきたあの感触が思い出されてきて、顔が赤くなるのを隠すように鼻下までドブっと湯船に浸かった。
「(ブクブクブクブク」
「で、どうだったん?」
「くっ、お前に言うつもりはない」
僕は湯船から顔を出し、戸田にきっぱり断ったが、正直なところ僕はあのことを、口にするのが恥ずかしくて言えなかった。
「とりあえず、そのことはもういいだろ。僕は早瀬とは仲良くしたいけど、付き合ったりとか考えていないよ」
「え、そうなん?いやいやもう、あれ見せられたら付き合ってるのと一緒じゃねぇか」
考えていないは嘘だ。あんなに綺麗で誰もが付き合いたいと思われる女性がいるだろうか。そんな高嶺の花である早瀬は僕に対して、好意を持ってくれている。そんなことぐらい僕にだってわかる。
付き合った経験のない僕からしてみれば、こんなチャンスはこれから先あるか、どうかも分からないぐらいのことだから、今すぐにでも付き合いたい気持ちはある。
でも今の僕には早瀬にきちんと向き合ってあげられる自信はなかった。仮にルカからの啓示がなかったとしてもだ。
そんなはっきりしない状態で、もし付き合ってしまったら、僕は早瀬を傷つけてしまうことになると思う。
それなら、とりあえず先に付き合っておいて、後で好きになれば良いかもしれない。だが、約束されたものでもないことに賭けるぐらいなら、僕は僕自身がはっきりするまで今のままが一番いいと思っている。じゃあ、高校卒業まで早瀬とは今の関係を続けていけるのかどうか……それはわからない。——それでも僕には行きたい大学、将来の夢がある。
それは何としても実現したい、何よりそのために僕はこの高校へ通っているんだ。——だけど、その時まで早瀬は待ってくれるのだろうか。それもわからない。
「はぁ、あっちーな、そろそろ出ようぜ、友近~」
戸田は湯船から上がると、滑らないようにペンギン歩きでゆっくりと浴場内に戻っていった。
「おーい、晧太郎!いなくてもいいけどいるのか~?」
「っ!?」
あの声は廻栖野だ、まさか廻栖野もここに泊まっているのか。この前久々に会って、あのモデルのような廻栖野のスタイルを目の当たりにしていた。
普段は何とも思わないのに、露天風呂という開放的なイメージがそうさせたのか。僕の頭の中で、『あの仕切りの先には裸の廻栖野が…………おおぅ』
これ以上は邪なことしか思い浮かばなさそうなので、頭を横に振って、「すまん廻栖野」と心の中で謝り、無言のまま露天風呂を後にした。
*
夜、部屋の中で戸田は疲れていたのか、さっさと眠ってしまった。僕も寝ようと横になっていたけど、全く寝付けなかった。
すると脳内から『ルカ』の声が聞こえてきた。
『ねぇ、明日の夜、早瀬さんがキミを散歩へ誘いに来ると思う。多分キミは断れないから一緒に行くこととなるけど、その時10分間だけ早瀬さんを一人にしてあげて。——きっと、これから先キミにとっていいことが起こる、きっかけになるはずだから』
意味が分からん。毎回、僕の夢と何の関係があるのか理解不能で、突飛なことしか告げてこないから、僕はルカに対して話半分で「わかった」としか言わなかった。
「それにしてもあんまり眠れないな」
まあ、時計を見るとまだ21時過ぎだった。いや疲れているとはいえ、戸田は寝るのが早すぎだろ。
*
僕は一旦部屋を出て、階下にいくためエレベーターホールへ向かうと、廻栖野がスマホを弄りながらエレベータを待っていた。
「あ、廻栖野」
「!」
「こ、晧太郎……いたんだ」
廻栖野は僕が声を掛けるとビクッと肩を竦ませ、目を泳がせながらこちらに顔を向けた。
「いや、そんなにびっくりしなくても、さっき露天風呂で大声上げて僕のこと呼んでただろ?」
「いや、あれは、そのとりあえず呼んだだけだ」
何だか全く目を合わせようとしないな。廻栖野は胸の前でスマホを持ったままモジモジしていた。
「まあ、いいや。暇だし、少しホテルを探索しようと思って。廻栖野はどこかいくの?」
「ん、あ、いや喉が渇いたから飲み物を買いに行こうと思って……」
「あ、そうだ。せっかくだし3階に行かないか?遊戯場があるらしくて、ボクは別に晧太郎と遊びたいわけじゃないんだけど、その卓球で汗を流せばいいと思ってアドバイスだ」
何だか良く分からないことを言ってるな。要するに卓球をやろうってことだろうか。
「じゃあ、卓球でもやってみるか。あんまり自信はないけど」
「うん!」
僕が首を縦に振ると、満面の笑みを浮かべる廻栖野。確かに汗を少し流せばよく眠れるのかもしれないな。
こうして、僕と廻栖野は階下へ行くエレベーターに乗って、3階にある遊戯場へと向かった。
*
「おぉ、結構広いんだな」
3階の遊戯場は卓球台だけでなく、ダーツやビリヤード台なども併設された広い場所だった。
「あそこが卓球台だな。うわっ!」
「走ると危ないぞ」
小走りで卓球台に向かった廻栖野だったが、着慣れていない浴衣の裾を踏んでしまい、派手に前のめりに転んだ。
「いったー……」
前のめりに転んだ廻栖野は、四つん這いの体勢のまま、おでこに右手を伸ばしてさすっていた。
「……め、廻栖野……そのなんだ」
廻栖野は気づいていないのか、転んだ拍子に浴衣の裾が腰の上まで捲れ、白いレース生地の下着が露わになっていた。
「あーボクは大丈夫」
「大丈夫じゃない、早く仕舞え……下着が丸見えだ」
僕は廻栖野が突き出したそれを直視出来ず、目を逸らしたまま声を震わせて指摘した。
「つ!?あーーーー!」
廻栖野はまるで完熟したトマトのように顔を真っ赤にして飛び上がった。急いで立ち上がり裾を戻したが、羞恥心で俯いたまま、しばらく言葉を発することもできずにいた。
「あ……ありがと、晧太郎。言ってくれて……」
「いやいいんだ。気晴らしに卓球でもやろう」
お互い目を合わせることも出来ず、静かに身を縮ませながら卓球台へと向かった。
*
——結局、卓球は廻栖野の完全勝利だった。
「ふふん、晧太郎は相変わらずよわっちなぁ~」
廻栖野は先程のことはすっかり忘れたかのように、僕に勝ったことを全身で大喜びしていた。
実は僕には負けた理由があった。それは廻栖野が転んだ時、裾は直していたが、胸元ははだけたままになっていた。そのせいでチラチラと視界に入る、彼女の谷間が気になって仕方なかったなんて、ここでは言わないでおこう。
「今日はありがとう、晧太郎と遊ぶ気はなかったけど、楽しかったよ」
「まあ僕も楽しかった。これでゆっくり眠れそうだ」
僕たちは階上に行くエレベーターの中で二言三言交わす。
「ボクがまた遊んであげるよ」
廻栖野はぐっと距離を詰めて、僕の腕に抱きついてきた。腕を包み込む柔らかな感触が浴衣越しに伝わり、思わず顔を赤くして身を引いてしまう。
——チーン。
無機質な電子音とともに扉が開く。
「っ!?」
扉の向こうには、早瀬が立っていた。
密着したままの僕と廻栖野、そして目を見開く早瀬。その場で3人は凍りついたように固まる。
「あ……こ、こうくん……」
早瀬の瞳が揺らぎ、その声は弱々しく震えている。
「は、早瀬、これは、その、廻栖野が勝手に……」
僕は慌てて廻栖野の手を振り払い、早瀬に近寄った。そして事情を説明しようとしたが、早瀬は僕と視線を合わせることすらなく、聞く耳も持ってくれなかった。
「やっぱり……廻栖野さんと……嫌な予感がしたの」
早瀬の表情に深い悲しみが滲み、瞳にはうっすらと涙を溜めていた。そのまま踵を返して、僕から逃げるように、走って部屋へ戻ってしまった。
「…………」
「晧太郎……ごめん」
肩を落とし、失意に沈む僕へ廻栖野は頭を下げた。だが——今の僕にとって、そんなことはどうでもよかった。




