軽音楽部の合宿編 Vol.2
合宿編の温泉回です。長くなってしまったので「早瀬サイド」のみにしています。
「き、今日の、練習は、こ、ここまで、にしましょ」
夕方まで、僕たちはそれぞれのパートの練習を疲れ果てるまでやり、鍵山先輩の合図で今日は終了した。
僕は背中に早瀬のあの感触が残ったまま、練習に身が入らず、結局1曲を通して弾くことすらできないままだった。
「鍵山先輩、今日泊まるとこは温泉あるんすか?」
戸田はドラムだから大して片付けるものがないのか、敷戸の片付けを手伝いながら、鍵山先輩に尋ねた。
「あ、うん、戸田くん。温泉、あるよ」
「おーっ!よっしゃー!温泉とかめっちゃ久々だー!」
戸田は右手を大きく振り上げて、温泉があることに大喜びした。
僕と早瀬も楽器を置いて、アンプからシールド(ケーブル)を抜いて丸めると、それぞれケースに仕舞ってスタジオの壁に立て掛けた。
鍵山先輩もキーボードをスタンドからゆっくり下ろして、ケースに仕舞うと同じように立て掛け全員の片付けが終わった。
*
「じゃあ、そ、それでは、行きましょ!」
なんだか急に元気になった鍵山先輩は、いつもの緊張しい言葉遣いではあるものの、先程とは異なり意気揚々と僕たちを先導し始めた。もしかして温泉が楽しみなのかもしれない。
僕たちが今日から宿泊するホテルは、県内でも古くから知られる有名な大型ホテルで、長年にわたり県民に愛され続けられている。その佇まいは老舗ならではの風格を湛えており、「このホテルなら間違いのない」ということを主張しているかのようだった。
僕たちはロビーでチェックインを済ませるとそれぞれの部屋へ向かう。今回泊まる部屋は2部屋で僕と戸田の2人で1部屋、そして鍵山先輩と早瀬、敷戸の3人で1部屋となっている。
ロビーで従業員に、夕飯の準備が整っているから早めにレストランへ来るよう言われていたので、僕たちは部屋に着くなり荷物を置いて浴衣へと着替えた。
そして、夕飯の会場となっている2階のレストランへと足を運んだ。
レストランの入口では従業員に部屋番号を伝えると席へと案内された。レストランはビュフェ形式になっていて、入口に近い方から順番にサラダバー、メイン、ご飯ものと続いている。僕たちも席につくなりトレイと空のプレートを手にそれぞれ好きな物をよそっていった。
「ビュフェとか、あるもの全部食べたくなるんだよな」
戸田はそんな事を言いながら、メインに肉ばかりを山盛りに持ってきて、ご飯もこんもりと大盛りにしていた。
「ちょっ、敦、茶色いものばっかり、野菜も食べなよ」
「あ、うん、わかった」
戸田は敷戸に軽く説教されると、言われた通り野菜も手に取ってトレイに乗せていた。
これは敷戸から尻に敷かれるやつだな。敷戸だけに。ガンバれよ戸田。
「はやっちは綺麗に盛り付けるよね、凄い」
「そう?普通だと思うわ。ほら鍵山先輩も綺麗に盛ってるわ」
早瀬はサラダとメインを綺麗に盛っていて、嫌いなキュウリだけは入っていない。鍵山先輩は綺麗にというか、少ないなプレートの半分ぐらいしか盛っていなかった。そりゃ綺麗に見えるわ。
「いただきまーす!」
全員がテーブルに揃ったところで手を合わせて、食べ始めた。
「食べた後は風呂だな。(パク、モグモグ)おんふぇんふぁもふぃみふぁな~」
「敦さ、食べながら喋るのやめてくんない。行儀悪い」
「ふぁい……」
再び敷戸から説教をされる戸田、食べながら喋ったら何言ってるかもわからんから、僕もやめて欲しい。
それにしても、相変わらず早瀬は所作に品性を感じる。ナイフとフォークを上手く使い、ゆっくりと口へ運んでいく姿は本当にお嬢様のように見えてしまう。僕も早瀬に倣ってナイフとフォークを使うがポロっとフォークから落ちて、上手く口に運べなかった。
結局、面倒くさくなって、ナイフで切り分けた後、箸を使って食べた。
「ごちそうさまでしたー」
僕たちは食事を済ませた後、一旦部屋へ戻り、温泉に入るためタオルと着替えを準備し、最上階にある大浴場へ向かった。
最上階にある大浴場は手前が男湯、その隣が女湯になっていて、奥には休憩所が設けられている。僕たちはそれぞれ男湯と女湯に別れ、入口の暖簾をくぐった。
*
(早瀬櫻)
脱衣所で浴衣を脱いでいる時、ふと自分の胸元が目に留まり、今日の出来事が思い出されてしまった。
いくら気づいてなかったとはいえ、こうくんにあんな大胆なことをした自分がすごく恥ずかしくて、湯船へ浸かる前に顔が熱くなってしまう。
「ふーん……はやっち結構あるんだね」
「えっ!?」
敷戸さんの不意な問いかけに、私は何のことかわからなくて、思わず敷戸さんに向け、赤くなった顔のまま目を丸くしてしまった。
「いや、胸がって話。はやっちってさ、あんまり大胆な服着ないからさ、気づいてなかったけど、それ結構ある方だと思うよ」
「そりゃあ、ともちんも顔を真っ赤にしちゃうよねぇ」
敷戸さんは意地悪だ。私が顔を真っ赤になっていることを良いことに、目を細めてニヤニヤ上目遣いで見てくるんだもの。
まあ今まで自分ではあんまりわからなかったけど、そういうものなのかな。
「ふー、ぬ、脱ぐの、大変……」
「っ!?」
「その上がいた……」
明らかに大きいとわかる鍵山先輩の双丘——私は思わず敷戸さんのと見比べてしまった。
「ちょっと、はやっちさ~、私傷つくんだけどぉ!」
*
私たちは洗い場で体を洗って、浴場内にある湯船で少しだけ体を温めると、冷めないうちに露天風呂へ向かい、ゆっくり湯船に入り肩まで浸かった。
「ふぅ~、気持ちいいねぇ」
「そ、そうだね、さ、さいこう、だね」
「うん……最高だわ」
私たちは露天風呂のふちに並ぶ岩へ頭を預けながら、今日の疲れが温泉で癒えていくのを感じていた。空を見上げると星たちは控えめに煌めき、丸くて大きな月だけが私たちに存在を主張するかのように明るく照らしている。
「ねぇ、はやっちさ。ともちんとはどうなの?」
「どうって?」
「いやさ、2人ってさ、最近いつも一緒にいるじゃん。もう付き合ってもいいと私は思うんだけど」
こういう時、敷戸さんは優しい目をしてくれる。私もこうくんと敷戸さんたちのような仲になりたいとは思うのだけれど、こうくんの気持ちは正直わからない。
私が今日みたいなことを、こうくんにやり続けていたら、もしかしたらこうくんも私のことを好きなってくれるのかしら。
ううん、そんなこと私にはできない。勇気があるとかないとかじゃなくて、そんなことで好きになってもらっても私は全然嬉しくないもの。
「うん、まだもう少し時間をかけたいと思っているわ。私も友近くんのこと沢山知りたいもの」
「ふーん、別に付き合ってから知ればいいとは思うけどなぁ」
「まあ、はやっちははやっちなりのペースがあるんだろうねぇ」
「うん、そうね。そんな感じだと思うわ」
敷戸さんが言うことはもっともだと思う。別に付き合ってからでも、こうくんのことを知ることが出来るのぐらい私もわかってはいる。本当は私自身がもっとこうくんに踏み込んだ方がいいのかもしれない。
でも私がこうくんに、きちんと向き合った時、こうくんの気持ちが私ではなかったら——なんだか怖い。
その時、露天風呂にある入口の引き戸が「ガラガラ」と開け放たれ、中から2人の女性が露天風呂に近づいてくる。
「うわー、星がきれいだなぁ。こんな場所でお風呂に入れるなんて最高だよ。なぁ雫」
「ちょっと楓~、あんまりはしゃぐと転んで怪我しちゃうよ。」
あの声は聞き覚えがあるわ。もしかして彼女もこのホテルに泊まっているのかしら。
「あ、すみませ~ん、お邪魔しま~す」
「って!?」
「は、早瀬さん?なんでここに?」
やっぱり廻栖野さんだった。彼女の体は湯煙でよくわからなかったけど、健康的な肌の色をしていて、肩幅は広いけど、くびれのある女性らしい体つき。そして、どうみても主張しすぎている双丘は、鍵山先輩よりも遥かに上をいくサイズだった。うーん、これは面倒なことが起きないと良いのだけれど。
「こんばんは、廻栖野さん。私たち軽音楽部の合宿で明後日までここにいるの」
「あ、そうなんだ。ボクたちも空手部の夏合宿でここに来てんだ」
露天風呂のふちに座る廻栖野さんがザブッと湯船に浸かる。
「はやっち、知り合い?その子めっちゃ巨乳じゃん、羨まし」
敷戸さんが、その湯舟に浮く2つの風船に目を奪われて、思わずぼやく。
「ボク、廻栖野楓って言います。早瀬さんとは都町で知り合ってLINEも交換したんです」
「え、都町?なんで?はやっち何したん?」
「タピオカガールズのライブ観に行った後、ナンパされそうになって廻栖野さんに助けてもらったの」
「あー、なる。せっかく来てくれたのに大変な目に合わせてごめんね」
「ううん、それは大丈夫」
「あ、タピオカガールズのベースの人じゃん!めっちゃファンでっす」
廻栖野さんは、前をぶるんと揺らしながら敷戸さんの方を向いて、敬礼のような仕草を見せていた。
「あ、うん、ありがと。敷戸って言います。はやっちと同じ軽音楽部です」
「……ということは晧太郎も来てるの?いや晧太郎のことはどうでもいいんだけど」
廻栖野さんはこうくんのことが絶対気になっている。いやあの感じは間違いなく、好意を持っているわ。——だって私がモヤモヤするもの。
「あ、晧太郎って、ともちんのこと?そりゃ来てるよ、同じ軽音楽部だし。それにしてもともちんってこんな巨乳と知り合いなんだ。隅におけないねぇ、はやっち」
さっきまであんなに優しい目をしていたのに、もう意地悪な目になってる。敷戸さん、私がもっとモヤモヤしてしまうわ。
「おーい、晧太郎!いなくてもいいけどいるのか~?」
廻栖野さんは男湯との仕切りに向かって大声を張り上げた。やめてほしい、そんなことでこうくんの気を引かないで。
「…………」
「楓~、あんまり大きな声出すとほかの人にも迷惑だからやめなよ」
廻栖野さんの友達というより同じ部の人かな。反応がなくてガックシする廻栖野さんの肩に手をおいて落ち着かせていた。
「そういや鍵山先輩は?」
近くに鍵山先輩が見当たらず、敷戸さんが湯船に浸かりながらあたりを見回していた。
すると、鍵山先輩は少し離れた露天風呂のふちにある岩で顔を真っ赤にして突っ伏していた。
「あーーー、大変じゃん!鍵山せんぱーい」
「ふ、ふにゅぁ~…………」
廻栖野さんが、のぼせた鍵山先輩を助け出し、近くの休憩用の椅子に座らせて事なきを得た。
賑やかになった露天風呂だったけど、立ちのぼる湯煙のように――私のモヤモヤが晴れることはなかった。
次回は合宿編の温泉回「友近サイド」です。




