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軽音楽部の合宿編 Vol.0

夏合宿前、1つの問題を抱えたままになっていた新・軽音楽部の回です。

 ——夏合宿前の新軽音楽部は大きな問題を1つ抱えていた。


「ともちんさ~、ベース2人もいらなくない?」


「いやベースが2人の方が曲に重厚感が増して良いだろう」


「いやいや、ベースが2人もいたら重低音で建物ぶっ壊れちゃうよ?」


「みんなの心も建物も揺らす、凄いじゃないか」


「は?何言ってんの?そんなわけないでしょ」

 こんな不毛なやり取りを僕と敷戸でやっいる理由は、敷戸が入部したことで、ベースが2人になってしまったためだ。敷戸の入部は非常に有難いのだが、——目立たなくて済む、僕のベースという地位は今まさに敷戸から攻め入られ崩れ落ちようとしている。


 「た、確かにべ、ベースは2人も、いらない、から、私は、敷戸さんで、いいと思う」

 「鍵山先輩、俺もそう思うっす。友近の下手くそベースより明日香の方がいいに決まってる」

 「友近くん、諦めて私とギターをすればいいわ、私が手取り足取り教えてあげる」

 

 全員に否定された僕は苦虫を嚙み潰したような顔になりながらも、結局ベースを諦めざるを得なかった。それにしても戸田に下手くそと言われるのはさすがにむかつくな。敷戸の肩を持つのは一歩譲って仕方ないと思うが。——お前の方がもっと下手だろうよ!


 「ところでよー、まあ楽器はそれぞれパートを決めたけど、ボーカル誰やんの?」


 「…………」

 鍵山先輩と戸田、敷戸の3人の視線が僕と早瀬に向けられる。


 「え、別にギターがボーカルってわけじゃないだろ。そこは一番上手い敷戸でもいいんじゃないか?」


 「えー、私、弾き専だから無理!」

 なんだよ、弾き専って聞いたことないぞ。


 「まあ、俺が歌ってもいいけどよぉ。ドラムだと前に出られないしなぁ」

 戸田、お前は絶対にやめとけ。ドラムで手一杯なのにそこに歌が入ったら、曲全体が瓦解《がかい》するだろ。


 「じゃあ、鍵山先輩は…………あー難しいですよねぇ」

 鍵山先輩は視線を泳がせて、拒絶するように首を横に振っていた。まあ……あれじゃ無理だよな。


 「じゃあ、ボーカル候補はともちんか、はやっちでいいじゃん。帰りにカラオケ行ってさ。決めようよ」


 「くっ、敷戸。僕を殺せ……」


 「はいはい、ともちんの話はつまらん!行くって決めたら行くの」

 もはやこの手は敷戸に通じないようだ。まあ元々通じてないか。


 こうして、僕たち5人は部活動が終わった後、カラオケへ行くこととなった。

 ちなみに鍵山先輩はかなり情緒不安定になっていたが、早瀬と敷戸に両脇を固められ、ほぼ無理やり連行されていた。——おい、一応先輩だぞ。

 

 *


 僕たちが目指すカラオケ店は学校から自転車で15分ぐらいの所にある。しかし大分は7月下旬ともなると、夕方でもまだ日差しは高い。照り付ける西日は走らせる自転車の風でも全く涼しくはなく、額や体から汗が浮き出てくる。

 

 僕の前を走る早瀬も同様に、背中やチラチラ覗かせるうなじから、汗を浮かばせていた。そんな早瀬の背中を見つめていると、薄く水色の下着がシャツの上から主張していることに僕は気づいた。誰も気づいていないようだったが、僕は見てはいけないものを見た感覚になり、誰にも悟られないよう、視線を泳がせながら自転車を漕ぎ進めた。


 「ふぅ……あっちぃなぁ、俺もう喉渇いてきちまったよー」

 「私もあっつ、汗で溶けちゃいそう……」

 戸田と敷戸はシャツの胸元を指でつまんで、バサバサと煽《あお》り、体の中に風を送り込んでいた。そして、背の高い戸田は敷戸が煽るシャツの隙間から見える胸元に顔を赤らめていた。


 僕たちは早く涼みたくて、急いで中に入るとエアコンがしっかり効いていた。一様に皆「生き返る~」と脱力した声を上げていたが、僕は外気温との差に身震いした。あまり当たりすぎると風邪をひきそうなレベルだな。

 

 僕らが店のロビーで涼んでいる間、敷戸は店内のカウンターに向かい、店員に5名と伝えるとマイクやタッチパネルが入ったカゴを預かり。「こっちだって~」と僕らを誘導してくれた。

 部屋は8名ぐらいが余裕で入れる広さで、目の前にはテレビモニター、中央にはローテーブルが配置されている。

 右側のソファーには、戸田と敷戸。左側は鍵山先輩と早瀬、僕と並んで座った。


 「じゃあ、早速はじめよっか。どっちが先に歌う?」

 敷戸は交互に僕と早瀬へ視線を送る。


 「僕は後でいいよ、早瀬が先に歌ってよ」


 「わかったわ。あんまり歌わないから、よくわからないのだけれど、最近覚えたのがあるわ」

 早瀬はタッチパネルを手にもってタッチペンで選曲して送信ボタンを押す。曲名がモニターに映し出され曲が始まった。確かに最近の曲のようだった。


 ——そして、僕らは早瀬の歌声を聞いて驚愕する。


 「~♪」

 早瀬は気持ち良く歌い終えると、静かにマイクをおいた。


 「………………」

 誰もが目を丸くして、口をぽかんと開けたまま固まってしまった。


 ——そう早瀬は音痴だった……。

 もちろん品のある綺麗な美声ではあるのだが、残念なくらい音程があっていない。どうやればそこまで下手に歌えるのか、早瀬に問いただしたい気持ちにもなるが、今は拍手を送っておくしかない。


 「どうかしら?私のうた」


 「う、うん、良かったよ。はやっち……」

 「あーそうだな、いいんじゃねぇか」

 「は、早瀬さん、よ、よかった、よ」

 僕もそうだったが、鍵山先輩と戸田、敷戸はみな一様に良かったとしか言えなかった。


 「友近くんはどうかしら?」

 僕が何も言わなかったので、早瀬はぐっと身を寄せて訊《き》いてきた。仰け反りそうになる僕などお構いなしに、その品のある白く綺麗な顔を至近距離まで近づけてくる。


 「あ、う、うん、早瀬はとても綺麗だ」

 「…………」

 「え?あ、ありがと……」

 早瀬の顔があまりにも近くて、気が動転してしまい、僕は全く関係のないことを口にしてしまった。そんな僕の爆弾発言に、早瀬は視線を逸らして恥ずかしそうに小さくつぶやいた。


 「おーい、はやっちー、ともちんー」

 「ちょっとぉ、2人だけの世界に入んないんでくれる?こっちも見ていて恥ずかしくなってくるんだけどー」

 敷戸のツッコミに、僕らはハッとなり、慌ててお互い背を向けて俯《うつむ》いてしまった。


 「ほら、友近、恥ずかしがってねぇで、次お前だろ?」

 戸田が早瀬の前にあるタッチパネルを手に取り、僕に渡してくれた。


 仕方ない……知っている曲がほとんどない僕は顔を上げて考えを巡らせた。そして、曲を決めるとタッチパネルで選曲して送信を押した。


 「~♪」

 久々に歌ったが、割とちゃんと歌えた気がして心なしか僕は満足した。


 「うぉぉぉー、友近~。お前めっちゃうめぇなぁ!」

 「ともちん、すごいじゃん!もうボーカル決定」

 「こうくん……ぐす」

 「と、友近くん……ぐす」

 なになに?どういうことだ?戸田と敷戸はかなり興奮気味だし、鍵山先輩と早瀬はなぜ泣いているんだ。(しかも早瀬はうっかり僕をあだ名で呼んでるし。)


 「いやー友近って、あんなに歌が上手いとは思わなかったぜ。もうお前がボーカルやるしかねぇよ。」

 「待て待て、みんな一体なにを言ってるんだ?僕の歌がそんなによかったのか?」

 戸田はめちゃくちゃ称賛してくるし、僕の理解が全く及ばない事態になっていて頭がおかしくなりそうだった。


 「ぶ、部長から、の、し、指示です。友近、くん、ボーカルを、やりなさい。お、お願い」

 自分では全く気付いていなかったが、要するにかなり上手かったということのようだ。

 結局、部長である鍵山先輩の指示で僕は不本意ながらボーカル兼ギターをやるはめになった。


 そしてボーカルが決まった後、戸田はマイクを手にはしゃぎすぎてジュースをこぼすわ、敷戸はジャンプしながら歌って転ぶわで、軽音楽部のカラオケはどんちゃん騒ぎで幕を閉じた。


 ——ギター弾きながら、果たして僕は歌えるのか。そして夏合宿が始まる。

 

次回から本編に入ります。

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