幕間(新・軽音楽部と廻栖野楓へのお礼)
幕間です。夏祭り後の軽音楽部と廻栖野へのお礼が出来ていなかった早瀬のお話になります。ちなみに廻栖野は大分市の難読地名の1つです。
——新・軽音楽部——
——夏祭りの翌週、2人から付き合い始めたことを僕と早瀬に報告された。
「まあそりゃそうなるよな。良かった良かった」と思っていたら、最近何かと早瀬が僕のことをチラチラ見てくるようになった。
何かを期待されているような視線を感じるが、とりあえず僕は見なかったことにしている。
そういえば、もう1つ良かった事がある。
——夏休み前、敷戸が軽音楽部に、入部届を出してくれた。
「私、部活とバンドの掛け持ちになっちゃうから、部活に出られない日はごめんね」
入部届を提出した当日、敷戸は両手を合わせて頭を下げたが、僕ら素人とは違うから大丈夫だろう。
寧ろ僕たちが足を引っ張らないようにしないとな。特に彼氏くん(戸田)には頑張って欲しい限りだ。
そして、部活の雰囲気にも変化があった。一学期で皆春先輩たちは実質引退となるため、2年の『鍵山穂乃果』先輩が新部長に就任した。
鍵山先輩はツインテールに四角いメガネという、いかにも「生徒会長」然とした出で立ちをしている。担当はキーボードで技術も凄いのだが、曲の空気感を作り出す能力は、とてつもなく高い。これには僕も本気で感動させられた。そんな彼女の、唯一にして最大の欠点は——。
「し、新部長の!か、鍵山、です!よ、よろしくお願いします!」
鍵山先輩はかなりのあがり症だった。ただの挨拶だというのに、日本語をカタコトのように喋るので、皆春先輩から「鍵山、しっかりしろよ」と突っ込まれていた。当然、鍵山先輩はますます緊張してしまい、びっしりと汗をかいていた。
「と、とりあえず、夏休みに入って、は、8月に、軽音、部で、夏合宿をします!」
うーん読点が多いな。聞いてる方も、まるでDJがスクラッチをしているかのようで、分かりづらかった。
要するに、夏休みに入った8月、別府で夏合宿を行うということらしい。宿は観海寺温泉(別府八湯の1つ)の予定で、練習はそこから徒歩5分ほどのスタジオを貸し切るそうだ。
そして2泊3日の合宿最終日は、海水浴という日程になっている。軽音楽部に海が必要なのかと疑問を覚えたが、毎年恒例行事らしい。
——はぁ、なんだか嫌な予感がする。
とはいえ、これで新たに5名となった新・軽音楽部は部の存続の危機も脱して、順風満帆に文化祭を迎えられると思ったが——僕たちは1つの問題を残したままになっていることを誰も気づいていなかった。
*
——廻栖野楓へのお礼——
(早瀬櫻)
敷戸さんのライブに行った日、ナンパから助けてくれた廻栖野さんとは、LINEで連絡を取り合っていた。本当は早くお礼をしたかったのだけれど、期末テストや敷戸さんたちのことがあって、お互い予定を合わせられないままだった。
やっと夏休み前に廻栖野さんと会う約束ができたから、こうくんには、きちんと伝えておこうと思って部活の帰り道、自転車を押しながら私は打ち明けた。
「早瀬を助けてくれた人は男の人ではなかったんだ」
「そう、私と同じ高校生の女の子。彼女の高校は羽屋って言ってたわ」
「ふーん、すごいな、女子高生でナンパを退くなんて」
目を輝かせているこうくんを見ると、表情が豊かな人だといつも思う。私にとって——あの頃と全く変わらないのが嬉しい。
「彼女、空手をやってるらしく、黒帯だって言ってたわよ」
「空手か~すごいな~小学生の時友達で空手やってたやついたな。ところでその子の名前は?」
「廻栖野楓さん」
「な!廻栖野……?」
「こうくんどうしたの?」
「いや、珍しい苗字だなって思って」
なんだが廻栖野さんの名前を聞いた途端、こうくんの様子がおかしくなった。何か思い当たるとこがあるのかしら。
「うん、確かに珍しい苗字だわ」
「それで、今度その廻栖野さんにお会いするのだけれど」
「良かったらこうくんもどうかしら?」
私はどうにも、こうくんの様子の変化が気になってしまった。もしかして、廻栖野さんと何か関係があるのかもしれない。
ここはひとつ、私はこうくんにも来てもらうことにした。
多分こうくんは、聞いても教えてくれなさそうだし——何より私が少しモヤっとするの。
「僕も行った方がいいの?」
こうくんは、あからさまに「必要なの?」って表情を浮かべる。まあ、そう思うのも当然だわ。
「いやなの?私はこうくんが居てくれると嬉しいわ」
「別に……嫌とかじゃないから大丈夫だよ」
最近のこうくんは、私が瞳を少し潤ませて上目遣いでお願いすると、露骨にドキマギし始めて折れてくれる。
——ふふ、そんなこうくんも可愛いって思ってしまう。
「ふふ、ありがとう、こうくん」
こうくん、姑息な手を使ってしまってごめんなさい。でも私は——こうくんのこと、もっと知りたいから許して欲しい。
*
(友近晧太郎・早瀬に言えなかったこと)
早瀬には言えなかったが、廻栖野は僕が小学生の時に唯一2人で遊ぶ程、仲が良かった友達だ。その頃から既に空手をやっていて、僕はやられ役になることがしばしば……うーん良くあった。だけど廻栖野はその男勝りの性格もあってか女子と遊んでる様子を僕は見たことがなかった。
*
(廻栖野楓・joyfullでの一幕)
早瀬から廻栖野とJoyfull(ファミレス)で待ち合わせになっていることを聞いていた。一応廻栖野には友達も一緒に行くことを伝えているらしい。
2人で待っている間、僕からも廻栖野は小学生の時、よく遊んでいた友達だということを早瀬へ打ち明けた。すると早瀬はなぜかジト目で僕を睨み「……そう」と一言つぶやいた。
僕と早瀬は、しばらく店内の窓際4名席で待っていると、店の自動ドアが開き、1人の女子高生が入ってきた。
黒髪のポニーテール、切れ長でルビーのような鮮やかな瞳、少し日に焼けた肌、そして前もかなり……あるな。まるでモデルのようなスタイルだった。
僕は廻栖野のことを小学生の時しか知らない。ここまで色々な所が成長していることに驚きと目のやり場に困っていたが、当時の面影は確かにあった。
そして、向こうも気づいたのか早瀬に手を振り、席まで近づくと立ち止まる。
「あ、皓太郎……?」
「あー、廻栖野だよな、僕のことを覚えてくれたんだ。ほんと久しぶり」
「ふん、ボクは別に皓太郎になんか興味はないんだ。たまたま小学生の時に遊んでいたから覚えていただけ」
なぜか、僕から目を逸らす廻栖野だったが、見た目だけでなく雰囲気も少し変わっている様子だった。
何かに勘づいたのか、早瀬は少し目元をピクっとさせたが、いつもの品性は保たれていた。
「廻栖野さん、今日はわざわざありがとう、ここ座って」
「ありがとう、早瀬さん」
「別に嬉しくもないけど、まさか晧太郎だとは思わなかったよ」
再び早瀬が目元をピクピクッとさせる。
「早瀬さんと晧太郎は友達なの?付き合っていない?」
「そんなこと気にするのか廻栖野。友達だよ」
今度はしょんぼりとした早瀬だが、廻栖野はなぜか「よかった」と言った気がした。
「さ、廻栖野さん、約束通りお礼をさせてほしいの、なんでも頼んでいいわ」
早瀬は早瀬で顔を少し引き攣らせている気がする。僕が早瀬を見つめると、ジト目で返してきた。——何なんだ一体。
早瀬は注文用タブレットを手に取り、廻栖野に渡した。廻栖野は「おいしそー」と喜びながらタブレットをひたすらタップしまくっていた。
もしかしたら廻栖野に何でもは失敗だったかもしれない。運動部女子の食欲は凄まじかった。店員が運んできた廻栖野の料理はメインに牛ステーキとチキンステーキ、さらにハンバーグ、極めつけにご飯は大盛2つ。
僕らは目を丸くして驚愕した。追加で早瀬はクールな笑みを浮かべつつ、青ざめていた。
そして、廻栖野はなぜか僕らより早く食べ終えていた。
「ふぅ、ボクはお腹いっぱいだよ。ごちそうさまでした」
「そ、それは何よりだわ……」
お腹いっぱいで満面の笑みを浮かべる廻栖野に対し、早瀬は不安な表情をもはや隠せないでいた。
ドリンクバーからジンジャーエールを持ってきて、がぶ飲みした廻栖野は、げっぷが出そうなのを抑えながら僕のことをじっと見つめる。
「あ、あのさ、別に晧太郎のことは何とも思ってないんだけど、そのボクとLINEの交換してあげてもいいよ」
なぜか、上から目線の乙女顔になっている廻栖野は日に焼けてわかりづらいが、明らかに視線を落とし、顔を赤くしていた。
「あー別にかまわ……」
「ちょっと待って!」
僕がスマホを取り出そうとした瞬間。早瀬が声を張って僕の言葉を遮り、まるで空手の突きの速度で、僕の手を制止させた。
「今日は、私から廻栖野さんへのお礼の日だから、また今度にしましょ、ね!」
いつものクールな笑みの早瀬は完全に顔を引き攣らせ、目元はピクピクさせている。そして冷ややかな視線を僕に向けた。
「え、いやボク……」
そんなオーラを発する早瀬の様子に、廻栖野は気圧されていた。
「ま、そうだな。今日は早瀬のお礼だから、また今度にしよう」
「うん……そうだね。また今度にしよう」
廻栖野は寂しさも含ませた笑みを浮かべていたが、一応は納得した様子だった。
こうして、早瀬のお礼は、廻栖野の想定外の食欲に圧倒されながらも滞りなく終了した。
——そして、レジの前でいつものクールな早瀬が半泣きになっていたのは言うまでもない。
次回は夏合宿編となりますが、軽音楽部の問題が1つ残っています。それを解決してから本編に入る予定です。




