仲直り大作戦 Vol.7
『仲直り大作戦』完結です。
あの喫茶店で、敷戸は『僕が早瀬のことをどう思っているか』をまだ口にしていないと気づき、「私は話したんだから」と追及してきた。
目を輝かせる早瀬を前に僕が言葉に詰まっていると、タイミングよく敷戸のスマホが鳴った。
電話の相手は母親らしく、詳しいことまではわからないが、どうやら約束をすっかり忘れていたようで「早く帰ってきなさい」と急かされている様子だった。
電話を終えた敷戸は、テーブルにお金だけを置いて慌ただしく帰っていった。僕はこの件がとりあえず保留になったことに、胸をなでおろした。(このまま忘れてほしい)
*
——「やっと期末テスト終わった~!」
期末テスト最後の科目が終了して、クラスの皆が同じ言葉を口にしていた。結果はもちろんすぐにはわからないが、僕自身は手ごたえを感じていた。
これで安心して夏休みを迎えられそう……と言いたいところだがルカからの啓示『戸田と敷戸を仲直りさせる』はまだクリア出来ていない。もし達成出来なかったら、その後の僕に何があるのか全くわからない。そんなプレッシャーの中、この啓示も最終局面を迎えようとしていた。
*
あの日敷戸が慌ただしく喫茶店を出て行った後、僕らは敷戸と戸田が、お互いの気持ちをちゃんと伝えられる場所を考えていた。
そして、早瀬からの提案で——『期末テストが終わった後の土曜日に長濱神社で夏祭りがあるらしいわ』——僕らはここに2人を誘うことにした。
部活動を終えて駐輪場へ向かう道すがら、僕は戸田に声をかけた。
「戸田、土曜日夜はひまか?」
「どうしたん?」
戸田は何の曲かわからないが、鼻歌を歌いながらドラムスティックを両手に持って、エアードラムをやっていた。
「いや、やっと期末も終わったことだし打ち上げがてら、長濱神社の夏祭りでも行かないかと思ってな」
「お?そういやそうだった長濱様だな。夏祭りか~全然OK大丈夫わかった」
戸田、YESの単語が渋滞してるぞ。1つ言えば十分だ。
「そうか、じゃあ、土曜日18時に長濱神社の前で待ち合わせよう」
僕は戸田との友達権限のお陰であっさりと約束を取り付けることが出来た。
敷戸の方は早瀬からLINEがあって、土曜日は大丈夫と連絡があった。
これでお膳立ては完了だ。後は当日、上手く2人を引き合わせられれば、お互いの気持ちを伝えあうことが出来るだろう。
*
——長濱神社夏季大祭の当日(友近晧太郎)
僕は待ち合わせの10分前に長濱神社へ着いたが、戸田は既に鳥居の前で待っていた。
何やら見知らぬ女性と話していたが、暫くしてその女性は戸田に手を振って去って行き、同じように戸田も手を振り返していた。
「戸田、お待たせ。結構早く着いてたんだな」
「おう、友近」
戸田は幾何学模様の半袖のオープンカラーシャツに、黒のワイドパンツを合わせていた。普通、夏祭りは浴衣が定番だが、僕らは移動に自転車を使うので浴衣は難しかった。
「さっきの女性は知り合い?」
「ん?いや知らない人。一緒に行かないかって誘われちゃったけど、友達待っているからって断った」
戸田は右手を後頭部に回しながら少し困ったような笑みを浮かべていた。
まあ戸田の見た目なら、女性に困ることはなさそうだな。それが良いのかどうかはわからんが、羨ましい限りだ。
「それじゃまずはお参りしてから、店でも回ろうか。さすがにお腹減ってきたわ」
僕らは鳥居の前で一礼して、神社の敷地内に入った。
*
——長濱神社夏季大祭の当日(早瀬櫻)
私は敷戸さんと神社の脇にある、通りで待ち合わせをしていた。10分前に到着したけど、敷戸さんはまだ来ていないみたいで、スマホを胸の前で持ちながらキョロキョロと周囲を見渡していた。
この前のライブハウスでのことが頭をよぎり、少し人の視線が気になってしまう。すると敷戸さんが小走りでこちらに気づいて手を振りながら走ってきた。
私もほっと胸をなでおろし、近づく敷戸さんに小さく手を振った。
「ふぅ~、はやっち、お待たせ」
「ごめん、間違えて反対側の通りに行っちゃってたよ~」
「大丈夫?私ので良ければ水を飲んだ方がいいわ」
私は手提げのバッグから小さなペットボトルの水を敷戸さんに差し出した。
「ごめん、ありがとう。せっかくだから貰うわ。ゴクッ、ゴクッ……ぷはー」
「ふぅ~復活!」
敷戸さんは水を豪快に飲み干すと、私の分まで空にしてしまった。まあ後で買えばいいかな。
「敷戸さん、今日は友近くんも戸田くんを誘っているから、予定通りだと19時過ぎに境内の外で合流することになるけど大丈夫?」
「ん……わかった」
敷戸さんは少し気後れした様子で、視線を落とした。
*
お参りを済ませた僕らは屋台に立ち寄った。戸田は焼きそばとたこ焼き、唐揚げ棒を買って、僕は焼きそばとチョコバナナを買って境内の外で食べることにした。
「なんだろうな、外で食べる飯って美味いんだよな。そう思わね?友近」
戸田は焼きそばを3口食べ終えてから、4口目になるたこ焼きを割り箸で挟みながら、しみじみと言った。
「そうだな、僕も同感だ。きっと美味しくなる魔法がかかっているのだと思う」
答えが欲しそうな戸田に、僕はメイド喫茶お決まりの名ゼリフを返した。
「なんだよ、それ。そんなわけねーだろ」
冗談が通じないヤツだな。
「いや、戸田が外で食べるとなぜ美味いのかと言うから、答えただけだろ」
「ところで食べ終わったらさ、境内の周りを少し歩かないか」
そろそろ19時になるので、僕は今回の目的である2人を引き合わせるための場所へ戸田を誘うことにした。
「ん?まあ別に構わんけど」
そして、僕らは食べ終えたゴミを所定の場所に捨ててから、境内の外に向けて歩き始めた。
※
私と敷戸さんは少し時間をずらして、境内に入る。2人並んでお賽銭を入れてお参りをした。敷戸さんは何をお願いしたかは勿論分からないけど、私は贅沢にも2つお願いしてしまった。
——「(この仲直り大作戦が成功しますように)」
——「(こうくんが私の事だけを想ってくれますように)」と。
「はやっちー、少しお腹すいた~」
敷戸さんが両手でお腹をさする仕草をする。
「じゃあ、あそこでたこ焼きとりんご飴を買いましょ」
私と敷戸さんはたこ焼きとりんご飴を買って、境内の隅にベンチがあったので、2人並んで座った。そして、私たちの間にたこ焼きの舟を置いて、割り箸を手に口へと運ぶ。
「外で食べるたこ焼きって何でこんなに美味しいんだろうね~」
敷戸さんはハフハフと息を吐きながら、満面の笑みを浮かべている。
「きっと友達と一緒に食べているからかもしれないわ」
「あー、それな!うんうん」
私たちは、あっという間にたこ焼きを食べ終えると、りんご飴を舐めながら、この後のことを話した。
「もうすぐしたら、友近くんと戸田くんが境内の外を歩き出すと思うから私たちも行かないといけないわ」
「んー……そうだね。本当に会うんだよね……なんかライブより緊張する」
いつもと違う雰囲気の敷戸さんを見ると、少し肩を竦め、顔には不安を滲ませていた。
「大丈夫、きっと上手くいくわ」
(こうくんが必ず成功させてくれるはず)
ここは私が自信を持って、敷戸さんを勇気付けないといけない。
私たちは食べ終えるとゴミを所定の場所に捨ててから、こうくんと戸田くんがいる境内の外を歩き始めた。
※
(敷戸明日香)
はやっちに長濱神社の夏祭りに誘われた時、この前喫茶店で話した約束を果たそうとしてくれているんだと分かった。
私はともちんに「敦と仲直りしたい」と打ち明けたけれど、いざ実行するとなると心臓が破裂しそうなほど緊張してしまう。
今まで生きてきた中で、ここまで緊張したことはないかもしれない。——本当は今すぐにでもこの場を逃げ出したい。
でも、この機会を逃すと、きっと敦とは二度と仲直りできないままになってしまう。
だから、はやっちから誘われた時、私は「このままじゃいけない」と心に決め、二つ返事で返した。
今、私は敦と会うため、この長濱神社の境内の外を歩いている。一歩足を進めるたび、心臓が早鐘を打つ。
でも、はやっちは「大丈夫」と言ってくれた。
——だから私は……はやっちとともちんを信じよう。
2人を信じていれば、きっと私と敦にとって——最高の結末が待ってくれてるはずだから。
※
境内の外の人だかりも大分減り始めてきた時、遠くから2つ並んで歩く人影が見えてきた。こちらに向かって来ているようだったので早瀬と敷戸だと僕は気づいた。
そして数歩先まで近づいてきた時、戸田と敷戸の視線がぶつかった。
「明日香……なんでここに」
戸田は目を丸くして、困惑の表情を隠せないでいた。
「敦……あの……わたし」
明らかに緊張している敷戸は戸田から目を逸らし、俯きながら弱々しく声は震えていた。そんな敷戸を、早瀬がそっと背中を押した。
「あのさ、私、その……」
敷戸が1歩踏み込んだと同時に、戸田は表情を歪め、顔を紅潮させた。
「おい、友近!」
「お前、わざと俺と明日香を鉢合わせさせただろ!」
戸田は血相を変え僕を睨みつけると、声を荒らげて怒り散らした。
「明日香!てめぇも知ってたのかよ」
今度は敷戸に向いて、怒声を浴びせる。
「あ……うん」
敷戸は視線を落としたまま、声を震わせ、戸田の怒声に肩を竦ませた。
「おい!どういうことだよ、すげームカつくな」
「あー!俺は友近のこと信じてたのによー、こんな姑息な手を使いやがって」
自分だけがのけ者にされたという戸田の悔しさは憤怒に変わり、顔を赤くしたまま両拳を握りしめ、わなわなと震えていた。
「あー、もう気分わりー帰るわ」
もはや憤懣をどこにも向けられないことが分かると、戸田は僕らに背を向け早歩きでその場を立ち去ろうとする。
「あ……あつし……待っ」
敷戸は手を伸ばし、戸田を引き留めようとしたが、その前に——。
「おい待て!戸田!」
「お前、また逃げんのか?敷戸から」
僕は敷戸に全く向き合おうとしない、戸田の態度に煮えたぎる程、腹が立った。
「あ?」
「お前に何が分かんだよ!」
戸田は小走りで戻ってくると、僕の胸ぐらを掴み、睨みつけながら顔を近づけてくる。
「何度でも言う!お前はまた敷戸から逃げるのか?男だろ!」
僕も引き下がる訳にはいかない。戸田を睨み返し、声を張り上げた。
「っ!てめぇ、言いたいこと言いやがって!」
激昂した戸田が拳を振りかざし、僕を殴ろうとする。僕は咄嗟に顔を背け、ぐっと目を閉じた。
——「もう!やめて!!」
すると、敷戸が一段と大きな声を張り上げた。
戸田は殴ろうとする手を止め、敷戸に顔を向けた。
「もう、やめてよ……2人とも」
「なんとなくこうなると思ってた……。敦ごめんね……騙すような真似しちゃって。でも——」
——「敦には、ちゃんと話を聞いてほしいの」
戸田は僕の胸ぐらを掴んだまま、敷戸の顔を見つめていた。
「もうわかってると思うけど、友近くんと早瀬さんは私たちを仲直りさせたくて、ここまでやってくれたんだよ」
敷戸は大粒の涙を流しながらも、目を逸らさず、戸田をまっすぐ見つめ訴える。
「だったら何だよ。余計なお世話だろ」
「敦には余計だったかもしれないけど、2人には必要なことだったんだよ」
——「2人にとって大切な友達が、友達同士で喧嘩しているところを見ていて、辛くない訳ないでしょ」
「本当は2人だって、私たちがこんな状態でなければ4人で揃って友達として勉強したり遊びに行ったりしたいと思ってくれてるんだよ。でも私たちが今のままだと、気兼ねなく話せる友達なのに、ずっと気を遣われなければならなくなるんだよ。そんなの私、いやだよ!」
「敦……私は敦と仲直りをしたいよ」
「…………」
戸田は僕から手を放し、無言のまま、まっすぐ敷戸の顔を見つめていた。
敷戸は少し乱れた髪を直すと、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「今、言うことじゃないかもしれないけど……」
——「私ね、敦のことが好き」
「敦はあの時、応援はいらないとか言ってたけど、私はどんな敦でもずっとみていたかった。頑張って輝こうとしている敦を見ていたかったの」
「だがら……ぐすっ、ひっく……」
「…………」
「明日香……昔は俺の方が泣き虫だったのにな」
戸田は大きな溜息をついた後、敷戸にゆっくりと歩み寄り、泣きじゃくる敷戸に苦笑いを向けた。
「いつからお前が泣き虫になってんだよ……ったく」
そして、戸田はそっと指で敷戸の頬を伝う涙を拭った。
「ば、バカにしないでよ……私泣き虫じゃないもん」
敷戸は涙を浮かべながらも目を逸らし、ぷくっと頬を膨らませる。
「はは、いいよ。今は泣き虫でもさ」
戸田はニンマリと柔らかい笑みを浮かべながら、自身も目じりにうっすらと涙を滲ませた。
——「俺も明日香のことが好きだよ」
「!」
敷戸は目を丸くして、恥ずかしさから真っ赤に顔を紅潮させて、再び瞳に涙を溜めた。
「だから仲直りしよう。俺が悪かった、ごめん。もう逃げたりはしないよ。約束する」
戸田は優しく包み込むようにゆっくりと敷戸を抱きしめた。
「わ、私の……方こそ、ぐすっ、ごめんね。ごめんね」
敷戸は戸田の胸に顔を埋めて泣きじゃくった。その涙はもう悲しみのものではなく、確かな喜びへと変わっていた。
早瀬が2人を横目で見ながら、僕の方に駆け寄ってくる。
「こうくん、大成功なのかな?」
「あー、そうだな。これで戸田と敷戸は仲直り出来ただろう」
「それにしても、戸田のあまのじゃくはめんどくさいな」
「ほんとに殴られるかと思ったよ」
僕はやれやれと言わんばかりに肩を竦めながら、笑っていた。
「ふふ、その時は私が『全身』を使って、こうくんを付きっきりで介抱するわ」
早瀬は僕の方に顔を向けて、上目遣いで悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「いや、それは止めてくれ。僕の気が持たない……」
「えー、残念」
早瀬がぷくっと頬を膨らませた。
——約束通り、一学期が終わる前にルカから啓示された『戸田と敷戸を仲直りさせること』は達成できた。
——これからも僕の夢を邪魔するのはクールな女子・早瀬だけじゃないだろう。けど、ひとまずは安心して夏休みを迎えられることに安堵した。
次回は幕間です。




