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仲直り大作戦 Vol.4

 【早瀬櫻】

 ライブを観に行った次の日、私はまだこうくんと話せないでいた。こうくんへ失敗したことを伝えるのが憚(はばか)れるのもあるけれど、その日の夜に私は体調を崩してしまったのだ。

 ベッドで横になりながら、LINEを開いてこうくんにメッセージを書いてはみたけれど、送信を押す勇気がどうしも湧かなくて、書いたメッセージを削除する。

 本当はこうくんに会って、このことをちゃんと話した方がよいのはわかってる。でも彼に嫌われるかもしれないという私の気持ちはどうしても拭えなくて、布団の中で涙が出そうになりながらスマホを握りしめた。

 ——ごめんね。こうくん。

 

 ※

 

 6月中旬、九州は梅雨入りしたせいか、 今日は天気が悪い。

 朝から雨がずっと振り続けている。


 僕は登校すると早瀬が居なかったので、何かあったのかと思っていた。

 するとHRで高橋先生は早瀬が風邪で休みと言っていたので事情が分かり少し安心したが、昨日の事で体調を崩したかもしれないと思うと申し訳なさで胸が痛んだ。

 当然だが、昨日の夜以降、早瀬からのLINEは一通も届いていない。


 僕は啓示の期限が残り1か月に迫っていることもあり、敷戸へ早瀬が聞き出せていたのか気になっていた。

 けれど今は早瀬が体調を崩しているのだから、さすがにLINEで訊くのも無粋な行為と思い憚(はばか)れた。

 

 とりあえず僕は敷戸の方を見てみる。いつも通りの様子で、敷戸の表情だけでは伺い知れない。


 (敷戸に聞いてみるしかないか……。)


 敷戸には先日のライブのことを早瀬から聞いたことにしておけば声はかけやすい。でもライブの後、早瀬が敷戸と話をしたかどうかはさすがに聞くことは出来ない。

 ただ直接ライブのことを訊けば、敷戸の反応や表情で察することは出来るはずだ。2人が話をしたかどうかを確かめる術は、そこに賭けるしかない。

 

 僕は午後の授業の間を見計らって、意を決して敷戸に声を掛けた。


 「敷戸、今いい?」

 敷戸は肩肘をついて少し眠そうにしていた。


 「お、ともちん、私に用事とかめずらしいね」(誰がともちんだ。勝手にあだ名を作るな)


 「いや、早瀬から聞いたんだが、この前ライブやったんだって?」


 「さすがともちん、はやっちから聞いたんだ。そうだよん、ライブしたよ。」


 「それにしても、二人だけで情報共有、仲がいいね~」

 敷戸はニヤリと口角をあげ、目がキラーンと光りそうな表情で僕を茶化しにかかる。


 「い、いや、それはどちらかというと早瀬が積極的というか……」

 僕は少し怯(ひる)んだ。

 

 「ほう、ともちんモテまくってんね」

 さらに怯み、顔が熱くなってくる。


 「う、そんなわけない……」

 このままでは僕が敷戸のペースに飲み込まれてしまう。


 「と、とりあえず話を戻そう。早瀬はライブに行ったんだよね」

 僕は一息ついて、このまま本題から逸(そ)れるのを防いだ。


 「そうだね、来てたよ。私、ライブ中あんま人とか気にしないんだけど、はやっちって綺麗だからさ、ライブハウスの一番後ろにいたのすぐ気づいちゃった」


 その後、敷戸はライブの様子やステージで滑りそうになったことなど、僕が訊(き)いてもいないことを楽しそうに話しをしていた。


 うーんこの様子だと、早瀬は敷戸と話は出来ていないかもしれないな。まあ、はっきりとはわからないけど。


 「だけどさ~本当はともちんも来た方がよかったと思うよ。この前のライブの場所って都町にあるから、変な奴多いんだよ」

 「はやっち一人だったから大丈夫かなって思ったんだけど今日休みだからわかんないだよね」


 「え?都町って、あの都町?」


 「ともちん何言ってるの、他に都町ないでしょ」


 僕ははっとした。ライブハウスがどこにあるかなんて考えもしなかった。まさか歓楽街にあるとは、だったら僕はなんて馬鹿なお願いを早瀬にしてしまったんだ。

 どう考えても女子高生があんなところに夜一人で行かされて、不安にならないわけがない。

 僕はライブハウスの場所を聞いた途端、敷戸と話ができたかなんてどうでも良くなった。——僕は浅はかだった。

 ライブハウスがどこにあるかも調べないで、早瀬なら何とかできると都合よく思い込んで押し付けていたのだ。

 これでは、早瀬の気持ちをろくに考えず、無理やり行かせたようなものじゃないか。——自分に対する怒りで頭がどうにかなりそうだった。


 「ん?どうしたともちん?」


 「いや大丈夫、じゃあライブ大盛況だったんだな。」


 「そりゃ、もちのもち」

 

 僕は放課後、戸田に部活へ行こうと誘われたが断った。(すまん戸田、今は早瀬が優先だ。)そして、鞄を持って急いで教室を出て行った。


 外は今も雨が降っていたが、今はそんなことに構っていられない。一刻も早く早瀬の元に行ってちゃんと謝りたかった。具合が悪いかもしれない。いきなり押しかけられて迷惑かもしれない。それでも自分がしでかしたことがどれだけ卑劣でみっともないものだったかと思うと焦燥感(しょうそうかん)に駆られてじっとはしていられなかった。


 自転車で向かう途中、脳内で声が聞こえる。ルカからだ。

 なんでこんな時にと腹が立ったが、聞こえるものは仕方ない。


「早瀬さんと会った時、抱きしめたり抱きしめられたりされないようにね。よろぴく」


「意味がわからん。本当に僕の夢に関係するのか、それは」


 僕はルカへ訊いたが、ルカはその一言だけで返答はなかった。

 とりあえず僕は謝りに行くだけなのだから、そんなイベント起きる訳がないと確信し、早瀬の家まで自転車を走らせた。



 大分駅から少し離れたところの高層マンションに早瀬の家はある。僕は駐輪場に停めロビーへ入ると、オートロックのため早瀬の家の番号を押そうとして手が止まる。

 くっ、情けないこんな状況なのに僕は恥ずかしくなってくる。震える指で早瀬の家の番号を間違えないよう選び、そして恐る恐る最後に呼び出しボタンを押した。


 「……はい」

 か細い早瀬の声が聞こえた。


 「友近です。ごめん……具合が悪いのにいきなり押しかけて、でも早瀬にどうしても言いたいことがあるんだ」


 「え」


 「…………」

 暫く沈黙が続いたが、どうぞと一言早瀬はつぶやき、ロビーの自動ドアが開いた。


 玄関の前に到着すると僕は改めて扉の横にあるインターフォンを押した。

 暫く反応はなかったが、鍵を開ける音が聞こえて中から早瀬が出てきた。

 パジャマ姿で現れた早瀬の目は見るからに疲れていて、熱のせいか顔全体がぼんやりと赤くなっていた。


 「いらっしゃい……こうくん」

 

 「ごめん、いきなり押しかけて、具合は……大丈夫ではなさそうだ……ね」


 「ううん、いいの。ありがと。私の部屋はここ」

 早瀬の部屋は水色を基調とした壁紙と若草色のシャギーラグが真ん中に敷いてあった。ベッドは白っぽいピンク色の掛布団が可愛かった。


 早瀬はベッドに座り、僕はそのラグの上に座った。


 「…………」

 暫くお互い無言が続き、早瀬の机にある時計の秒針の音が余計に緊張感を煽(あお)っていた。


 「早瀬、今日敷戸から聞いたんだ。ライブのこと」


 「あ……そうなんだ」


 「…………」


 「いや、結果はいいんだ……それよりもライブハウスの場所、都町だったんだな」


 「うん、少しね、緊張した……わ」

 早瀬は俯(うつむ)いたまま、具合がよくないこともあり、辛そうな表情をしていた。


 ——僕は居住まいを正して、謝罪の言葉を口にした。


 「本当にごめん!僕がライブに行って敷戸と話をすればよいとお願いしたばかりに、あんなところへ早瀬を行かせてしまって僕が馬鹿だった」

 

 「終わったことを謝っても仕方ないと思うけど、それでも早瀬の気持ちを考えず、無理やり行かせてしまった。だから本当にごめん……」

 

 僕は深く頭を下げた。


 「こうくん、それはいいの。気にしないでこうくんは悪くない。私は私自身で決めて行くことにしたんだから」

 頭を下げたままの僕に、早瀬は優しく声を掛けてくれた。その優しさの中に混じる囁くような声色は体調のせいかもしれないが、なぜか僕の耳に心地よく響いた。


 「それよりも、こうくんに伝えたかったのは、私、失敗しちゃったの。だから敷戸さんとも話せてない」

 「ライブの後、敷戸さんを待っていたんだけど、ナンパされそうになってしまって。近くに居た人が助けてくれたから、それはもう平気なんだけど、そのせいで敷戸さんに声をかけるタイミングを逃しちゃったの。こうくんはあんなに期待をしてくれていたのに、失敗してしまって……ごめんなさい。私、こうくんに嫌われちゃうのが怖くて……」


 「早瀬のことを嫌いになるわけなんて……ないよ」

 

 僕は早瀬のことを理解できていなかった。早瀬はきっと僕の頼み事なら何でもやろうとするかもしれない。それぐらい僕のことを考えてくれているのだろう。

 僕は気づかないうちにそれに甘えていたのだ。だから早瀬の気持ちも考えることが出来ていなかった。

 僕はルカからの啓示をクリアすることだけ考えていたせいで、自分の都合で早瀬の気持ちを利用してしまっていたんだ。

 

 ——本当は早瀬の気持ちにもっと寄り添うべきだった。


 「でも、でも、失敗しちゃった」


 「いいんだ、気にしないで、僕だって失敗して今があるんだから」

 

 「これは早瀬を凄く怖い思いをさせた僕の責任なんだ、怒ったり悔しがったりはするわけないよ」


 「こうくん……うん、ありがと」


 そんな健気な早瀬を見ていると僕は居た堪れない気持ちになった。

 そして、僕は早瀬の傍に立って、そっと頭を撫でた。


 「こうくん……恥ずかしいよ~」

 早瀬は首を横に少し振って顔を上げた。目には溢れそうなぐらい涙が溜まり、その一筋が早瀬の瑠璃色の瞳から零れ、白い頬を伝わって落ちていった。


 ——その瞬間、僕の中でこれと同じ光景が蘇ってきた。

 「あ、さくら……ちゃん」

 

 「こうくん?」

 思い出した、早瀬とは幼稚園の時に会っていた。早瀬は卒園が近づくひと月前、親の都合で引っ越している。その最後の日、ブランコに俯いて座る早瀬を僕が見つけて、頭を撫でた時に見せた姿と同じだった。


 「大丈夫。僕がなんとかするよ。だから早瀬、また一緒に頑張ろう」


 「うぅ……こうくん……ごうぐん……ごめんね。ありがとう」

 

 「うわぁぁん!あぁぁ」

 

 早瀬は徐(おもむろ)に僕に抱き着く、思いっきり泣く早瀬の震える背中を優しく抱きしめてあげた。想像以上に細くか弱い存在は僕の中にある恥ずかしさなんて忘れさせ、ただ目の前の人を守らないといけないと思わせてくれた。

 

 結局、僕はルカから言われた啓示を無視したけど、それでも——今は早瀬の方が大事だった。


 そして、次の日僕が風邪を引いた……。

 

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